第57話名も知らぬ花の川辺(異能戦国動乱篇)

その後、すぐだったのか、時間が経ったのか?



もう、時間と言う物が曖昧だ…



ハル…ハル…と、自分のもう一つの名を呼ぶ声が遠くからする。



この声を聞くと身体がピクピし、優はどうしても反応するようだ。



ここは、何処だろう?



そして、いつだろう?



目覚めようとするが、何故か重い瞼。



その内、うっとりしそうな位優しい指で髪を誰かに撫でられた。



そうされるのが余りに快感で、ずっとこのままでいられればいいのに…と思うのに、無理矢理の様に開く。



「ああ、なんだか本気で寝ていた…」



優の意識がある身体が、全く優が思っても無い事を勝手に言い、何一つ思う通り身体が動かない。



今自分の精神が入っている身体が誰のものか分からないが、優は、ただこの身体の両目を通してこの世界を見ているだけなのだ。



ヤバイ…あのまま飛ばされて、又おかしな事になった。



誰かの身体の中に入ってしまった。



優は焦るが、身体に二つの魂がある事はもう一人の魂の持ち主は気づかない。



しかし、小川の横の緑の斜面に縦に横たわっていた身体は、すぐ口付け出来る位間近から顔を見下ろし、さっきまで髪を撫でていた人物を見詰めている内、優もその人物の顔全体を鮮明に確認した。



あ、朝霧さん?…



しかし、時の狭間の記憶は全て失われるはずなのに、鮮明に全て覚えている。



そう、全て…



朝霧と過ごした、あの激しい夜の事も…



だが、その思い出に一瞬引き込まれそうになったが、浸ってはいられなかった。



「折角気持ち良さそうに休んでたけど、そろそろ行かないと町に着くのが遅くなるぞ…」



横に座り直した、小袖と袴を着て腰に刀を携えた朝霧に似た男の喋り方がとても砕けていて、いつもの朝霧と違う。



「でも…ずっと…このままでいられればいいのにな…」



朝霧に似た男は、小声で呟いたが、それは優と、優の居る身体の主には聞き取れなかった。



「ん?今何て?」



「いや…何でもない…」



「そうだな…行くとするか…」



そう言って、優の居る身体の持ち主が見上げだ空は雲一つなく快青。



続けて回りを見渡すと、穏やかな春風が吹き、名も知らぬ色とりどりの花が咲

き、蝶が舞い、馬二頭がのんびり草を食んでいた。



そして、少し惜しそうに立ち上がると、目覚めに顔を冷たい水で洗おうと川を覗き込んだ。



すると…



優に瓜二つの顔が水面に映り、突然、その頭に二つの小さな角、口にも二つ牙が見え、優と身体の持ち主も驚愕させた。




「え!?」



「どうした?」



怪訝そうに、朝霧に似た男が近寄る。



だが、再び水鏡を見ると、牙も角も消えていた。



映るのは、長い髪を上段で結んで下ろした、やはり優に似た武士。



自分に似た男。



そして、横に朝霧に似た男。



この身体は、自分の前世の春陽だと、そして、目の前にいるのが前世の朝霧で、紅慶の力で戦国時代にジャンプしたのだと優は確信した。



でも、俺と一緒に来てくれた朝霧さん

は、何処なんだ?!



そして、優を抱き締めていた朝霧の腕の強さを思い出す。



「いや…何でも無い…貴継…ちょっと寝呆けてた」



春陽は、朝霧に笑い掛けた。



朝霧もそれに答える様に、柔らかい笑みを浮かべた。



でも、さっきの、鬼の様な姿は…



優と春陽が戸惑っていると、斜面の上の道から大声がした。



「兄上!良かった。追いついた」



今よりほんの少し幼さが残る印象の姿の西宮そっくりの男が、馬で向かって来る姿が優に見えた。



兄上?



もしかして、春頼さん?



優が驚きながらした予想は、正しかっ

た。



西宮の前世、春頼は馬を止め駆け寄り、春陽に抱きついた。



「酷いですよ、兄上。私を置いて行くなんて!」



「春頼。お前、父上の手伝いは?」



春陽は、兄の自分より身体の大きな、おおいかぶさってくる弟をさも慣れた感じで抱き止め、呆れたように溜息を付い

た。



「残念ながら延期になりましたよ。だから、一緒に町に行ってもいいでしょ

う?」



ニコニコとして甘える春頼の過剰なスキンシップに動揺しながら、彼がいつもの西宮同様キラキラして眩しくて、抱き締めると、西宮に感じるほっとする安心感を優は感じる。



「それとも、貴さんとの最後の外出でしたから、二人きりの方が良かったです

か?」



春頼のその言葉に、春陽と朝霧の肩がピクリとした。



「そんな訳有るはずないだろう。でも、最後に貴継に上手いものでも食べさせてやろうとは思ったから、お前にも食べさせてやるよ」



春陽は、弟の広い背中を更に抱き締めて頭を撫でてやり、兄弟で笑い合った。



だが、それを傍らで見ていた朝霧は、複雑な笑みを浮かべた後目を伏せた。



そして、何かを思いながら黙って、風の吹き抜ける低い草の覆った傾斜を登り始める。



まさか自分と同じ様に、朝霧さんも西宮さんも前世の自分の中に居るのか?



無事なんだろうか?



西宮さん、朝霧さん…



観月さんと定吉さんは?



今、何処に居るんだろう?



観月さん…



定吉さん…



本当に、今、どこにいるんです!?



あの時は、思わず勢いだけで来ちゃったけど…でも、この状況、どうしろって言うんだ?



それにあの後小寿郎は、ちゃんと帰れたかな?



それに、早くあの化け物も見つけない

と!



にこやかな前世の自分に反して、優に矢継ぎ早に心配と焦りが押し寄せた。



でも…朝霧さんと、最後の外出って…どう言う事だろう?



春陽が何気に見詰める朝霧の背を、優は同じ瞳から見て不安を覚えた。








































































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