サンタがやって来る

雨野 優拓

1

「なあ。サンタの正体って誰か知ってるか?」


 給食が終わって掃除の時間。冷たい水を吸い込んだぞうきんに手を悴ませながら廊下を拭いていた優真の背に声が掛かった。誰かと見上げると、ホウキを杖のように廊下に押しつけて立つクラスメイト、尚道の姿があった。


「誰って……」


 言いながら優真は立ち上がる。


「サンタさんはサンタさんでしょ?」

「それがな、違うんだってよ」


 尚道は世紀の大発見を報告するかのように、厳かに言った。


「ここだけの話だけどな……サンタって実は、おれたちの親なんだよ」

「そんなわけないじゃん」


 なーんだ、と優真は肩すかしをくらった気分になる。


「そんなことより掃除しないと。先生に怒られちゃうよ」

「掃除なんて適当にやっとけばいいんだよ。ほら、貸してみ」


 尚道は優真の手からぞうきんをひったくると廊下に投げ置き、それを手ではなく足で押さえてキュッキュッと床を拭き始めた。


「こうした方が楽だよ。手も冷たくならないし」

「でもそれじゃあちゃんと拭けてなくない?」

「いいんだよ。廊下なんてどうせすぐ汚くなるんだから」

「でも……」

「いいんだって」


 尚道はそう言いながら先生に指示された区画をあっという間に拭いてしまうと、「はい、おわり!」とぞうきんを足先に引っかけてバケツの中へと投げ入れた。


「だいたい、掃除なんてみんな適当にやってるからいいんだよ、適当で。何かもらえるわけでもないんだし。意味ないって」

「まあ、うん……」


 言われてみれば確かに、掃除をしたところで誰かに褒められたことも感謝されたこともない。ただ先生に言われたからやってるだけだ。やりたくてやっているわけじゃない。


「ほら。それより話の続き」

「サンタさんの?」

「うん。優真、お前。まだサンタが本当にいると思ってるのか?」

「思ってるもなにも……」


 優真は真っ直ぐな目で尚道を見かえす。


「サンタさんは、サンタさんでしょ?」

「ばかだなあ」


 尚道が笑う。


「サンタなんているわけないじゃん」

「え、なんで?」


 優真には目の前の少年が何をいっているのか理解できなかった。


「なんでもなにも。あんなの親が言うことを聞かせるための嘘だよ。本当はサンタなんかいないんだ」

「いるよ。サンタさんは」


 優真は少しムッとして言い返す。なんでそんなことを言うのか、と。


「じゃあ、見たことあんのかよ? サンタ」

「それは……ないけどさ」

「ほら、優真も見たことないんだろ。だったらいるかどうかわかんねえじゃん」

「け、けど。毎年プレゼントは届いてるよ」


 去年も一昨年も、毎年クリスマスの朝には優真の枕元にプレゼントが置いてあった。優真は毎年それを見るやいな、両手でそれを持って両親に自慢しにいくのが常だった。

 尚道が「バカだなあ」と再び笑う。


「そんなの親が寝てる間にこっそり置いてるからに決まってるだろ」

「じゃあさ、じゃあさ。尚道くんはどうやってサンタさんがいないってわかったの? 尚道くんもサンタさんのことは見たことないんだよね?」

「まあな」

「それなら、いないってこともわからないじゃん」

「だから、いないもんはいないんだよ。そんなに言うんだったらさ、クラスの皆にきいてみろよ。みんな、サンタはいないって言うぜ」

「で、でも」

「――あっ、やべぇ。先生だ!! ほら、ぞうきん持て。掃除のフリだ。急げ!」


 尚道は廊下の角から現れた先生を見るやいな、バケツの中からぞうきんを取り出すと優真に押しつけるようにして持たせ、自分は手に持っていた箒で適当に廊下を掃き始めた。

 渡されたぞうきんはバケツの水を吸ってベチョベチョに濡れていて冷たかった。ぞうきんから垂れた水滴で廊下に小さな水溜まりができる。

 優真はモヤモヤを心の内に抱えたまま、ぞうきんをバケツの上で絞るとおとなしく掃除を再開した。通りがかった先生は真面目に掃除をする二人の姿を見て「ヨシ」と小さく頷くと、すぐにどこかへ消えていった。



 その後、掃除の時間が終わると尚道に言われたとおり、優真はクラスの皆にサンタについて聞いて回った。


「え、サンタさん? 去年までは信じてたけど、今はねぇ」

「サンタ? ああ、あれってお父さんなんでしょ? 皆そう言ってるし」

「うーん、どうだろう。私はあんまり信じてないんだけど、プレゼントは貰いたいからパパとママには言ってない。あ、これ内緒ね」

「別にどっちでもいいよ。プレゼントが貰えるなら、いてもいなくても変わらないし」


 聞き込みの結果、サンタの存在を信じているのは少数派だと言うことがわかった。その事実は優真に大きな衝撃をもたらした。


「……もしかして、サンタがいるって本当に信じてるの?」


 聞き込みの途中、クラスメイトの一人にそう訊き返された。

 今朝の優真なら間違いなくそれを肯定していたが、自分がマイノリティであることを知ると途端にそれが恥ずかしいことのように思えた。だから、つい「そ、そんなわけないじゃん。ただ聞いてみただけだよ」と嘘を言ってしまった。


「どうして皆信じてないんだろう……」


 優真にはそれが判らなかった。

 その理由を聞いても皆は「いないからいない」としか言わない。

 少し前にテレビで、どこかの国の偉い人が「今年もサンタは来る」と言っていた。日本ではないけれど国が認めてるんだ。それなのに疑う方がおかしい。僕は間違ってない。皆が間違ってるんだ。そう思ってやまなかった。


 だから、優真は決めた。

 今年のクリスマスに、サンタさんが本物であるという証拠をつかんで皆にサンタさんがいると認めさせてやる! と。

 それが信じる者の使命であり、皆のためであり、サンタのためだと思った。

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