247 雑誌記者・春原(2)
「おもしろい話?」
訊き返す俺に、春原は身を乗り出して、
「ああ。凍崎の養母である実の祖母のことは知ってるか?」
そんなことを言ってくる。
「なんだかややこしそうな関係だな」
「凍崎の祖母が孫である凍崎を養子縁組して引き取ったらしい。まあ、それだけならその時代にはなくもないことだったみたいだし、今でもそういうことがないわけじゃないんだが……」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「問題ってわけじゃねえよ。ただ、凍崎を引き取った祖母は、その筋では有名な霊媒師だったらしい。戦時中には国の中枢に入り込んで軍人たちにアドバイスをしてたとかいう怪しげな話もある。もっといかがわしいのだと、ルーズヴェルトを呪殺しようとしてたなんて話もあるな」
「ルーズヴェルトって……アメリカの大統領のか。さすがに荒唐無稽すぎないか?」
「いや、あるんだよ。ルーズヴェルトが急逝したのは日本の軍上層部が僧侶を集めて敵国調伏の呪詛を行わせた結果だって話が。以前、オカルト雑誌にいた頃に取材したことがあってな」
「そういう仕事もやってたのか」
考えてみればこの世界の春原は高校中退の学歴のはずで、文秋時報のような一流出版社に新卒で入社したわけではないんだろう。
俺同様、ジョブ世界に比べて苦労してきたみたいだな。
「まあ、そこは本題じゃないんだが。凍崎の祖母は霊媒師――要は恐山のイタコみたいなシャーマンだった。なんでも、戦死した日本兵の霊を口寄せして戦況に関する情報を引き出そうとしたりもしてたらしい。そんなことをしてたせいか、それとも、敗戦のショックからか、戦後になって精神に変調を来し、妄執に取り憑かれることになった」
「口寄せ、ね」
「信じられねえかもしれねえが、さっきあんたのやったことだって似たようなもんだろう」
「それもそうか……」
天狗峯神社の修験道もどうやら本当にオカルト的な効力があったみたいだからな。
ダンジョン出現以前のこの世界に細々と「本物の」魔術があったとしてもおかしくはない。
「俺はああやってスキルで召喚するからいいが、イタコみたいに自分の身体に『降ろす』となると話は違ってくるんだろうな」
「たしかに、そのあたりが凍崎
「妄執に囚われたって言ってたな。そのことが凍崎の生い立ちに影響するのか?」
「ああ。夜羽は、神国が敗戦に至ったのはこの国の指導者に王たる器がなかったからだと思ったらしい。そこまでならまあ、あの時代ならそういう考えに至る奴もいただろうって感じだが、夜羽はそこからが違った」
「どう違ったんだ?」
「夜羽はこう考えた。この国に王の器を持つものは存在しない。だが、それはこの国の罪ではない。人間に己というものへの執着がある以上、完璧な王の器を備えることは人の身では不可能だ。つまり、この国に一億何千万もの人間がいようが、王の器の持ち主は自然発生しないというんだな。自然発生しないのならば、人工的に作り出すしかない。幸か不幸か、夜羽にはその方法に心当たりがあった。人間の己への執着が邪魔になるというのなら、それを完全に奪うことができれば、完璧な王の器を人為的に作り出すことができるのではないか……」
「己への執着を奪う……」
「夜羽は霊媒師だ。他人の魂を自分の身体に降ろすには、自分の魂が邪魔になる。己の魂を『殺す』先祖伝来の術を夜羽は体得していたというんだな。その自分の魂を殺す技術……特殊な修行法みたいなもんらしいんだが、適性のある子どもに物心のつく前からそれを叩き込むことで、王の器を人為的に作り出せるのではないかと考えた」
「じゃあ、凍崎は、祖母である夜羽にその術を施されたってことか?」
「凍崎自身、幼くして霊能力の素質を見出されていたらしい。その凍崎に目をつけた夜羽は、凍崎を養子として引き取って、手ずから魂を殺す術を施すことにした」
「いや、待てよ。その理屈だと、凍崎には己というものがないってことにならないか? 世間の凍崎へのイメージとは正反対だと思うんだが……」
「サイコパスのエゴイストにして、ブラック企業の冷酷な経営者。たしかに、それが凍崎の世間一般におけるイメージだろうな。でも同時に、凍崎への人物評には一定の傾向があるんだ。凍崎と話していると、別の誰かと話しているような錯覚を覚える、と」
「……どういうことだ?」
「そのまんまの意味だ。凍崎は、あるときは冷酷な経営者になる。それは事実なんだが、そのときの凍崎は、とある有名な別のブラック企業経営者によく似てるらしい。似てるというか、似すぎてる。凍崎は、また別の時には、老獪な政治家になる。そしてそのふるまいは――」
「……別の政治家に似てるってことか」
「ああ。街頭演説の様子はまた別の政治家に酷似してる。経営者として振る舞う時でも、部下に対する時と、社外の相手に対する時とでは人格がまるで変わったように見えるらしい。実は冷酷一辺倒なわけでもなく、場合によっては人情家のように振る舞うこともある。ただし、その人情家モードの時の振る舞いは、とある芸能人にそっくりだ」
「演技、じゃないな。人格をコピーしてるような感じか」
「まさにそんな感じみたいだな。案外、祖母である夜羽の霊能力も、似たような能力だったのかもしれねえ。本物の霊を喚び出してるわけじゃなく、対象の人格を自分の人格として……なんていうか、エミュレートするような仕組みだったのかもしれない」
「まあ、幽霊なんてもんがダンジョン以前から存在すると考えるよりは合理的かもな」
演技と言えば演技だろう。
ただ、役者の演技でも、まるで何かが乗り移ったようだと言われることがある。
それをさらに突き詰めたのが凍崎夜羽の口寄せのからくりだったという可能性もある。
そこで、俺はふと気づいた。
凍崎の固有スキルである「作戦変更」。
あれはまさに、思考を特定の方向に偏らせることで、あたかも人格が変わったかのような効果を生み出すスキルだ。
凍崎が「作戦変更」に目覚めた背景には、祖母・夜羽の施した特殊な「教育」があったのかもしれない。
春原にはまだ、「作戦変更」については話してない。
こっちの計画にかかわる情報だから簡単に漏らすわけにはいかないのだ。
もちろん、春原自身に「作戦」がかかってないことは、ステータスを覗いて確認済みだ。
春原に「作戦」がかかってないのは、おそらく前の選挙の比例区で自政党に投票しなかったからだろう。
凍崎のステータスはシステムによって秘匿されていた。
春河宮勇人のステータスのプロテクトは俺の簒奪者のユニークボーナスが成長すれば覗けるようになるかもしれないが、凍崎のステータスを覗くには別の何かが必要だ。
もちろん、俺の計画はステータスを覗けなくても問題ないように立ててはある。
でも、凍崎の固有スキルの詳細がわからないのは不安材料なんだよな。
―――――
※ 凍崎のステータスの秘匿について作者の思い違いがあったため、241を少し修正しています。
今回書いたように、凍崎のステータスはシステムによる秘匿、勇人のステータスは本人の何らかのスキルか異世界由来の力によるプロテクトとなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます