185 ダンジョンデート(中編)

「やるな。さすがギルドマスター」


「いやいや。ここまでになったのは最近のことなんだけどね……」


 俺が言うのもなんだけど、芹香もAランクダンジョンを一人で踏破できそうに見えるよな。

 Sランク探索者であってもAランクダンジョンのソロ踏破は難しいと聞くんだが。


「さあ、さくさくっと片付けちゃお」


「そうだな」


 俺がダンジョンマスターの技能で道順を示すせいもあって、探索はおそろしい勢いで進んでいく。

 道中、芹香の固有スキルやステータスについても話してたんだが、交互に敵を倒しながらだったので、部分的な話になってしまった。


「あ、そうだ。あれのことを話しておかないとだった」


 俺はひとつ芹香に伝えそびれてたことを思い出す。


「えっ、何?」


「これのことなんだけど……」


 と、俺は耳につけた「祈りのイヤリング」を指さした。


「私があげた『防毒のイヤリング』だよね。まだ使ってたんだ。あ、返すって話ならいいからね?」


「いや、そうじゃなくて」


 俺は「祈りのイヤリング」を外し、


「鑑定してみてくれるか?」


「いいけど……」


 芹香は不審そうにしながらも「鑑定」のスキルを使った。

 以前は「鑑定」は持ってなかったはずだから、最近覚えたんだろうな。


 鑑定結果を見て、芹香が目を見開いた。


「えっ、なにこれ!?」


Item──────────────────

祈りのイヤリング

あらゆる状態異常を完全に防ぐ。

朱野城芹香が窮地に陥った時に、その近くに自動的に転移する。

蔵式悠人専用。不壊。譲渡不可。盗まれることがない。

────────────────────


「ダンジョン崩壊を阻止したご褒美に、神様が改造してくれたんだ」


「……いや、ありえないでしょ。ああもう、どこからつっこんだらいいのやら……」


 芹香は頭痛でもするかのようにこめかみを揉んでから、


「そもそも、神様とやらからご褒美でアクセサリを強化してもらったって話自体が、とんでもなくぶっ飛んでるんだけど……」


「まあ、神様の存在自体が知られてないしな」


 繁盛してたジョブ世界の断時世於神社とはちがって、こっちの世界の神社ははっきり言って寂れてる。

 ジョブチェンジという重要な仕事がある向こうの神様に対し、こっちの神様がやってるのは特殊条件への介入くらいみたいだからな。

 その特殊条件がほぼほぼ知られてないんだから神社に人が来ないのも無理はない。


「その神様の話は置いとくとしても……『あらゆる状態異常を完全に防ぐ』って何よ!? 全状態異常に完全耐性のアクセサリなんて聞いたことないよ!?」


「やっぱりそうなのか」


「そりゃそうだよ! もしそんなアクセサリが見つかったら、探索者ならいくらお金を積んででも手に入れたいはずだからね。ううん、お金で手に入れようとするならまだマシなほうで……」


「ああ、『殺してでもうばいとる』って発想に至る奴もいそうだな」


「まあ、悠人専用って書いてあるから奪っても意味はないんだろうけどさ……。その『悠人専用』っていうのも大概おかしくて」


「ないのか? ゲームで言うところのバインド装備的なものは」


 MMOなんかだと手に入れた人しか使えない売買不可のアイテムもあるよな。


「もちろん、知られてないだけで絶対にないとは言い切れないけどね。発見したとしてもそれを公表するとは限らないし」


「そうだよな」


 俺だって、この「祈りのイヤリング」のことをわざわざ公表するつもりはない。

 俺専用だとわかっていても、なお研究目的とかで手に入れようとする奴もいるだろうし。

 そもそもこんな便利な究極装備を手放す理由が思いつかない。

 それ以前に、芹香や神様の気持ちを思えば、それを捨てるなんてとんでもない!という話だ。


「でも、いちばんおかしいのはこれでしょ! 何よ、『朱野城芹香が窮地に陥った時に、その近くに自動的に転移する』って!? なんでアイテムの効果が私だけを指定してるのよ!?」


「神様の話だと……その、な。このアクセサリには芹香の想いがこもってるから、そういう効果が付けられた、と」


「わ、私の想いって……」


 ちょっと気まずく解説する俺に、芹香が顔を赤くした。


「ま、まあ、ともあれ、このアクセサリの効果を覚えておいてほしかったんだ。芹香が知らなくても発動しそうではあるけど、芹香にとっては保険になるだろ?」


「う、うーん。私が窮地に陥るような状況に悠人を巻き込みたいかっていうと微妙なんだけど……」


 たしかに、芹香で対処できない状況に俺が召喚されても、二人ともピンチになるだけって可能性もある。

 今の俺が打開できないような窮地というのはちょっと想像がつきにくいが、それを言うなら芹香が窮地に陥るような状況だってそうはない。


「……でも、俺の知らないところで芹香が窮地に陥ってるのかと思うと落ち着かないからな。たとえ何もできないとしても、駆けつけることすらできないよりはずっといい」


「ゆ、悠人……」


 芹香は消え入るような声でつぶやいて、うるんだ瞳を俺に向ける。

 その反応で、俺は自分がかなり恥ずかしいことを言ったと遅まきながら気がついた。


「あ、いや! そういうんじゃなくてだな……!」


 否定しようとするが、考えてみると言葉通りの意味しかない。

 自分の気持ちをそのまま口にしてしまっただけだからな。


「……ありがと。私だって、悠人がピンチなら、自分にできることがなくても駆けつけたいし。このアクセサリだとそこまではできないみたいだけど」


「だな」


 俺としては、俺が勝手に陥った窮地に芹香を巻き込まないで済むとも言えるんだが。


「っていうか、何よ、これ。私がどこにいてもその場所に転移できるってことだよね? 転移ってだけでも相当めちゃくちゃだけど、二重の意味でめちゃくちゃだよ……」


 その後も「悠人といると私の常識が壊れる……」とこぼす芹香とともに、俺は新宿中央公園ダンジョンをしごく順調に踏破していく。

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