114 幻覚説、破綻?

 ――そう。

 RPGの終盤とかでよくある展開だよな。


 ラスボスを倒すための力を手に入れるために、主人公たちが神だの精霊だのの試練に挑む。

 試練では、主人公たちのトラウマをえぐる体験だったり、逆に願望がすべて満たされた心地のいい夢だったりを見させられる。

 幻覚から目覚めなければ、そのままトラウマや夢に呑まれて戻れなくなってしまう。


 だがもちろん、ゲームの主人公やその仲間が試練に失敗して戻ってこれないなんてことはない。

 試練の中で我を取り戻し、自分の本当の望みに気づき、無事元の世界に戻ってくる。


 そういう展開がありがちなのは、人間にとって普遍的なテーマだからかもしれないし、単にラスボス前の修行回として使い勝手がいいからかもしれない。


 ――俺が今置かれている状況も、これと同じものなんだろう。


 だとすれば、ここからの脱出方法もゲームの定跡通りなんじゃないか?

 つまり、俺が「これは現実ではない」と気づきさえすれば、試練はクリアとなる可能性だ。


 だから、力いっぱい、こんな目に遭わされた怒りとわずかばかりのドヤを込めて、大きな声で叫んだのだ。


 だが、




「…………何も起こらないな」




 たっぷり数十秒ほど待ってから、俺は気まずくつぶやいた。


 見破ったと思って力の限り叫んでしまったが、授業中のどこかのクラスに聞こえたりしてないだろうな……。

 もし聞かれてたら恥ずかしいなんてもんじゃないぞ。


「ど、どういうことだ……」


 完璧なロジックだったはずなのに。

 まさか、何も起こらないとは。


「……何か特別な終了条件があるってことか?」


 ありがちなのは、この世界で何かの力を手に入れるとか?


「いや、そもそも試練のための幻覚だって説がまちがってる可能性もあるのか……」


 違和感はあったんだよな。

 違和感と言っても、朝からひっきりなしに感じてるアレのことじゃなくて、普通の意味での違和感だ。


「あの神様が造った試練にしては……なんていうか、性格が悪すぎるような気がするよな」


 神様は俺にボーナスを与えるために簡単にクリアできるダンジョンを造ると言っていた。

 いわば談合だ。

 そのときに、そのダンジョンが「幻覚を見せる試練」のようなものだとは言ってない。

 しかも、その「幻覚」が的確に俺のトラウマをえぐるものだときてる。

 試練としてはある意味ふさわしいかもしれないが、あの人のよさそうな神様が騙し打ちでそんなことをするだろうか?


「まあ、それが乗り越えるべき試練なんだと言われれば納得できなくもないけど……」


 それにしたところで、「楽勝のダンジョンを造った」なんていう騙しを入れる必要はなかったはずだ。

 ついさっきまで「騙された」こと自体を忘れてたんだからな。

 正しく事実を告げたとしても、忘れさせてしまえば同じことだ。


「そもそも、試練のダンジョンとやらに突入した覚えがないんだよな」


 ダンジョン崩壊の阻止。

 勝鬨かちどきを上げるクダーヴェ。

 神様の声がかかって神社へ。

 褒美の話になってダンジョンに戻る。

 神様が空隙ブランクを利用して試練ダンジョンを造ろうとする。


 だが、それが失敗する。


 試練ダンジョンは後日ということになって帰路につく俺。

 芹香との通話。

 黒鳥の森水上公園から自転車で家へ。

 深夜の国道。


 家に着いてみると、自転車は高校時代の通学用チャリになっていた。

 リビングで寝落ちしてた母親の顔が記憶より若かった。

 部屋に戻ってから、俺は高校の制服を脱ぎ捨てた。


「……切れ目なく続いてるように思うんだよな」


 ダンジョンの入口ポータルに入ったというならまだわかる。

 ダンジョンの内部が俺の精神世界を反映してた……なんて展開は、RPGのラストダンジョンなんかじゃありがちだ。

 この世界はゲームではないが、ゲーム文化に合わせて「翻訳」されてるらしいからな。

 神様が俺のために造った試練ダンジョンだというなら、トラウマを乗り越えろ的な展開になるのは自然かもな。


「家に着いた時点ではもう、俺はほとんどこっちの世界の『俺』になってたんだろうな」


 ベッドで見たスマホが妙にダサく思えたりしたのは、元の世界の意識がまだ残ってたからか。

 俺が高校のときの最新機種が、今の俺から見て古臭く見えるのは当然だ。


「国道は……どうだったかな」


 ロードサイドにあるチェーン店って結構入れ替わりが激しいよな。

 ひきこもり状態を脱して水上公園ダンジョンに初めて行ったとき、国道沿いに新しい飲食店やホームセンターができてて驚いたものだ。

 でも、昨夜は疲れてたし、深夜で道の脇は暗かった。


「こういうのって、いきなり意識が飛んで、気づいたら別の世界にいた、みたいになるもんじゃないのか?」


 分岐点はどこだろう?

 芹香とスマホ越しにしゃべったときはまだ元の世界の俺だったはずだ。


「ああ、そのあと寝落ちしてるのか」


 からくりUFOは驚くほど揺れないし、キャノピの外は星空だった。

 耳に心地いい芹香の声を聞くうちに俺は眠くなって……


「あれ? でも、そのあと源内に起こされたな」


 「シークレットモンスター召喚」で呼び出したからくりドクター・源内は、UFOを水上公園の駐車場に降ろしたあと、俺を揺さぶって起こしてくれた。

 その時点でこっちの世界に来てたのなら、「シークレットモンスター召喚」が使えるわけがない。

 そもそも、こっちの高校生魔剣士はからくりドクターを仲間にしたりはしてないしな。


「うーん……。きっぱりどの時点でってことではないのか。徐々に元の世界の俺からこっちの世界の俺に……すり替わった、というか」


 だが、そのばあいでも、確実にその時点までは100%元の世界の俺だった、といえる時点があるはずだ。


「奥多摩湖ダンジョンの崩壊を阻止した時点では確実に元の世界の俺だった。神様が試練ダンジョンを造り出した時点でもそうだ」


 そこまで考えると、俺の脳裏にとある光景が蘇る。


 ダンジョンを造ろうとしてる神様が、突然声を上げ、俺に何かを警告しようとした。

 それはたしか――



『むっ、これは……!? いかん、悠人! すぐに――』



「そう、それだ!」


 だが、その直後の記憶は、神様がダンジョン作成に失敗して謝る場面になっている。

 あきらかに話の流れがおかしいよな。


 しかしそうすると、


「……思った以上に厄介な事態みたいだな」


 神様が空隙ブランクを原料に俺専用のダンジョンを造ろうとした。

 だが、それはなんらかのアクシデントにより失敗した。

 その直後から、俺は元の世界の俺からこの世界の俺へと、シームレスに置き換えられていった。

 ところどころで違和感を覚えてはいたが、なぜかそのときには違和感を掘り下げる気にならなかった。

 家に帰ったときにはすり替えは既にほとんど終わりかけており、翌朝目覚めたときには細かな違和感を残すだけになっていた。


 違和感以外では……そうだ、芹香にもらった「防毒のイヤリング」が装備したままになってたな。

 でも、それ以外の装備は消えている。

 アイテムボックスに入ってる可能性はなくもないが、現状では「アイテムボックス」のスキルが使えない。


「使えない……よな?」


 俺は元の世界の感覚で「アイテムボックス」を使おうとしてみるが……手応えがない。


「やっぱりか」


 そうなると問題になってくるのは、


「……この世界はなんなのか、だよな」


 神様が用意した試練としての幻覚という線も、まだ完全に否定されたわけではない。

 だが、ダンジョンを用意しようとしてた神様自身がアクシデントに見舞われてたみたいだからな。

 もしこれが試練だったとしても、神様の意図したものとは異なるものになってる可能性が高い。

 少なくとも、俺がさっき試したように、「これは幻覚だ!」と気づけばそこでクリアとなるような甘いものじゃないことは確定だ。


「可能性はいくつかあるな。まずは、やっぱりこれは試練のための幻覚で、単に俺がクリア条件を満たしてないという可能性」


 これが正しかったばあい、俺は明示されてないクリア条件を探し出す必要がある。

 これが幻覚だと気づくだけでは不十分で、幻覚の中で何かを成し遂げなければならないってことだ。

 でも……現実と見紛うくらいにリアルなこの「幻覚」の中で、なんのヒントもなしに条件を探せと?

 かなりの無茶振りだよな。


「でも、それはまだマシなほうの可能性なんだよな」


 できれば当たっていてほしくない予想だが……俺の感覚ではこっちのほうがありそうに思える。

 つまり、


「……この世界が幻覚じゃないって可能性だ」


 さっき俺は、「現実と見紛うくらいにリアルな」幻覚だと言った。


 そう、本当にリアルなのだ。


 元の世界からシームレスにすり替わったこの世界は、肌で感じるリアリティにおいて、元の世界とまったく区別がつけられない。


 夢の中でそれが夢だと気づかないのはよくあることだ。

 だが、夢の中での感覚は、現実のそれとはまったく違う。

 単にそれが夢だと気づくのが難しいだけで、夢特有の感覚を現実の感覚と区別できないわけじゃない。

 俺は見たことがないが、世の中には明晰夢を見られる人もいるらしいし。


「まあ、その現実感まで含めて幻覚だと言われたら否定のしようがないんだが……」


 しかし、それを言い出したら、この世界のことだけではなく、元の世界での「現実」まで疑う羽目になりかねない。

 元の世界だって、突然ダンジョンなんてものが日常化してしまった「狂った現代」だったわけだからな。


「そう、厄介なのは、これが『現実』だったばあいなんだよな」


 これが現実だったばあい――すなわち、これが元の世界とは別の世界だったときのことだ。

 元の世界とは別に、この世界もまた確かに実在してるという可能性だな。


「まさか……パラレルワールドとか、世界線とか、そういう話か?」


 もしそうだとしたら、俺の置かれた状況はかなりマズい。


 あのとき、なんらかのアクシデントで俺が並行世界に飛ばされたとしたら、元の世界に戻る方法を見つけるのはとてつもなく難しい。

 クリア条件を満たせば自動で戻れるなんて親切な設計にはなってないってことだからな。

 しかも、そのアクシデントは、その場に居合わせた神様ですら対処ができないようなものだったってことになる。

 元の世界に戻るには、それこそ最低でも神様クラスの存在の力を借りる必要があるってことだ。


「……って、待てよ。そうか、その手があったか」


 俺がこの状況に置かれてるそもそもの原因は神様だ。

 すくなくとも、あの場で神様が関わってたことはまちがいない。



 そして、この世界の俺の記憶によれば、この世界にも神様はいる。



「会いに行ってみるか」


 もっとも、この世界の神様は、俺の知る神様とは少し違った存在のようなのだが……。

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