88 追跡

「あっちです、悠人さん」


 ほのかちゃんが風防キャノピの外を指さして言った。

 ほのかちゃんのほっそりとした白い指が、進行方向のやや右、山の奥のほうに向けられている。


 日は既に沈んでいる。

 黒くこんもりとしたかたまりにしか見えない山々のあいまに、時折、人家の灯りや山道を走る自動車のライトが現れては消えていく。


 ほのかちゃんは、俺の膝の上に、お姫様だっこのような姿勢で乗っている。

 俺は腕の中にあるやわらかい体温から逃れるように、スマホの画面を凝視していた。


 え? なんでいきなりこんな状況になってるかって?


 それをわかってもらうには時を遡る必要がある。

 といっても、ほんの二十分ほどのことだ。


 俺が「シークレットモンスター召喚」で呼び出し、命名したからくりドクター改め「源内」は、見事、からくりUFOの製作に成功した。


 製作には、こいつ自身から盗んだ「からくりUFOの設計図」の他にもけっこうな数の材料を要求された。

 「導力炉」1個、「万能歯車」8個、「小さな歯車」120個、「装甲板」24個、任意のからくり系の武器4個、任意のからくり系の防具2個、「流体ミスリル」1個。

 「導力炉」はこいつ自身のドロップアイテム、「万能歯車」は久留里城ダンジョンの各層宝箱、「小さな歯車」はからくり兵他からのドロップ、「装甲板」はからくり戦車からのドロップで手に入れていた。

 任意のからくり系の武器4つは「からくりランス」を使い、防具のほうはからくり兵から盗んだ「放電盾」を選んだ。

 「流体ミスリル」だけは、久留里城ダンジョンでは入手していない。今は亡き(あるけど)雑木林ダンジョンのヒュージスライム君がドロップしたものだ。


 要するに、材料は手持ちでギリギリ足りた。


 残る問題は、源内の「からくり作成」に製作時間は必要なのか? という懸念だな。

 もし「からくり作成」のスキルが現実寄りの実装をされてたら、「からくりUFOの完成までに1200時間かかります」なんて言われる可能性もあった。

 だが、さいわいにも「からくり作成」はスキルとしてはゲーム寄りの実装になってたらしい。材料を源内に渡すやいなや、ノータイムでUFOができてしまった。


 その場に居合わせたほのかちゃんや山伏の人、皆沢さんは揃って口をぽかんと開けてたな。

 一瞬でUFOが完成したのはもちろん、完成品と較べて原材料のかさ・・があきらかに足りないし。

 現実のものづくりではなく、ゲームのクラフトのような効果だな。


 とはいえ俺は、この結果には納得してる。

 そもそも「からくり」なんてもの自体、現代科学からすれば胡散臭いことこの上ない。


 トチ狂ったとしか思えないこの現代ではあるが、こと科学技術に関しては、俺から見ても違和感のない進歩のしかたに留まってる。

 人工知能は急速に発達してると言われるが、まだロボットが人に変わって働き出すほどにはなってない。


 そんな現代科学の常識からすると、からくり兵が自律行動してる時点でおかしいからな。

 からくり兵って、歯車とぜんまいだけで動いてるようにしか見えないし……。


 「からくり作成」というスキルを「現実」に寄せようとしても、寄せる先の「現実」がなかったってことなんだろう。

 まあ、例によって「誰が」スキルを現実に寄せたりゲームに寄せたりしてるのかは不明だけどな。


 ともあれ、源内が一瞬でやってくれました的に完成したからくりUFOだが、ひとつ小さな問題があった。

 からくりUFOは2シーターだったのだ。

 からくりUFOには、操縦席と後部座席の二つしかない。

 後部座席からは火器管制ができるようなので、車というより複座の戦闘機に近い設計なんだろう。


 はるかさんの気配を追いかけるには、ほのかちゃんの「感応」が絶対に必要だ。

 だが、同時に、からくりUFOを操縦するやつも必要だ。


 車の免許すら持ってない俺に航空機の操縦なんてできるはずもない。

 パイロットは「操縦」のスキルを持つ源内で確定だ。


 しかしそうなると、座席が一つ足りなくなるわけで……。


 しかたないので、俺がほのかちゃんを横抱きにする形で抱えながら、後部座席に座ることになった。

 スペースの関係で膝の上に座るのではなく横抱きになったが、これだとほのかちゃんの顔がめちゃくちゃ近い。

 さいわい(?)、ほのかちゃんはスレンダーなので、肉体的な接触そのものはなんとか意識から締め出すことができた。

 もしこれがはるかさんだったら相当まずかったに違いない。


 天狗峯神社を飛び立つ前に、俺はパラディンナイツのギルドチャットで灰谷さんに連絡をとった。

 本当は芹香がいればよかったんだが、ちょうどフラッド中のダンジョンに出動中で留守とのこと。

 灰谷さんに通話をつないで、ことの次第を説明すると、


『あいかわらず前代未聞の事態に飛び込むのがお好きなようですね』


 と呆れまじりに言われてしまった。


 ちなみに、はるかさんがエルフであることはまだ灰谷さんには伏せている。

 クローヴィスについても、異世界から来たらしいという事実だけは伝え、エルフだということは今は伏せた。


「べつに好き好んで首を突っ込んだわけじゃねえよ」


 俺は、皆沢さんを保護したことを伝え、他にクローヴィスに囚われている探索者の名前を挙げて灰谷さんに確認をとった。


『すべて、ここ数日で行方不明になった探索者です』


「これですべてか?」


『……いえ、今蔵式さんが挙げられなかった方が十数人います』


「くそっ、やっぱりか……」


 おそらくは、都内やその近隣のダンジョンでフラッドを起こすために「使われて」しまったのだ。


『芹香さんを呼び戻してそちらに合流させたほうがいいのでは?』


「……今は時間が惜しい」


 俺には「ダンジョントラベル」のスキルがある。

 芹香に協会から近い光が丘公園ダンジョンあたりに来てもらい、俺が「ダンジョントラベル」で迎えに行けば、最低限の時間で合流はできる。

 とはいえ、フラッド中のダンジョンにいる芹香が地上に戻るまでにはそれなりに時間がかかるだろう。

 それに、クローヴィスはいないとはいえ、そっちのダンジョンだって放置していいわけじゃない。

 ギルドマスターである芹香までもが前線にいるということは、協会側の人員は相当に逼迫してそうだ。


 こちらに芹香を合流させたとしても、からくりUFOの定員の問題もある。

 協会からヘリを回させる? それこそ時間がかかるだろう。


『くれぐれもお気をつけて。もしあなたに何かあったらパラディンナイツは崩壊します』


「大げさだな」


『大げさではありません。あなたを失った芹香さんがどうなるか……想像したくもないです』


「……気をつける」



 ――と、そんな流れで現在に至るというわけだ。


「あの湖です!」


 ほのかちゃんが叫んだ。


「湖? あれか!」


 俺はスマホのマップアプリで現在位置を確認する。

 上空にいるせいか、移動速度のせいか、電波はかなり不安定だ。


 ひょっとしたら、からくりUFOにかけてる「ステルス」のせいかもな。


 レーダー網の整備されたこの日本で未確認飛行物体(文字通りの)が発見されたらどうなることか。

 自衛隊機のスクランブルを受けたばあい、こっちにあっちと通信できる手段はない。

 最悪、問答無用で機銃やミサイルを向けられる可能性まであるよな。

 他国のダンジョンフラッドで外に溢れたワイヴァーンがジェット気流に乗って日本の領空に迷い込んだ……なんて事件もあったらしいし。


 そこで思い出したのが、さっき手に入れたばかりのスキルのことだ。

 「スキル付与」。

 自分の所持品にスキルを付与できるというスキルである。

 からくりUFOの所有権は俺にあるらしく、「スキル付与」は問題なく発動した。

 付与したスキルは「ステルス」だ。


Skill──────────────────

ステルス

自分自身に光学的・音響的な迷彩を施すことで、他者に存在を感知されにくくなる。使用中MPを消費する。

────────────────────


 からくりUFOは動力として魔力を消費する。

 具体的にいうと、俺の持ってるマナコインを使うんだよな。


 「ダンジョントラベル」に続いてまた金か!と泣きたくなるが、動力がマナコインなのは、実は理にはかなってる。

 マナコインは現金化されるときに造幣局に転送され、転送されたマナコインは各地の魔力発電所で電力に変わる。

 マナコインはこの狂った現代における新たなエネルギー源でもあるのだ。


 もっとも、現代科学ではマナコインから直接エネルギー(魔力)を取り出すことはできていない。

 一般には公開されていない技術でマナコインを破裂させ、そこから生じるエネルギーでタービンを回し、発電機を作動させるという仕組みらしい。


 でも、このからくりUFOのエンジンである導力炉は、マナコインから直接エネルギーを取り出してるっぽいんだよな……。

 もしこのことが漏れようものなら、国や企業は血眼になってこのUFOを手に入れようとするはずだ。

 それこそ、ころしてでもうばいとるというレベルである。

 日本政府ならまだしも、他国のスパイだったら持ち主を殺すのをためらうことはないだろう。

 COCOMも真っ青の超重要軍事技術になりかねないからな。


 ともあれ、からくりUFOはマナコインで動く。

 「スキル付与」で付与した「ステルス」も発動に魔力(MP)を消費する点では同じだ。

 その意味で相性がよかったのか、マナコインの消費を増やすことで、からくりUFOは自動で「ステルス」を発動してくれる。


 ちなみに、からくりUFOの飛行コスト、とくに「ステルス」発動時のコストがどのくらいかというと……うん、ヤバい。

 久留里城ダンジョンのボス戦での稼ぎがみるみる溶けていくさまに、血の気の引く音が聴こえてきそうなほどだ。


 なお、クダーヴェのやつはいったん召喚を解除、今はどこともしれないところで待機中である。

 暴れ足りないとぶつくさ文句を言われたが。

 目的地に十分なスペースがあることを祈ってもらおう。


 飛び飛びの電波のせいで安定しなかったが、スマホのマップで大体の現在位置が確認できた。

 俺はギルドチャットで灰谷さんに、


『都心から見て西の山間部にある湖で、大きなダンジョンのある場所はないか?』


 と尋ねた。

 答えは二秒で返ってきた。


『奥多摩湖ダンジョンがAランクです』


「奥多摩湖か」


 俺のつぶやきに、


「きっとそこだと思います! クローヴィスというエルフは『精霊魔法』を使うんですよね? 大掛かりな儀式をするなら、たくさんの精霊が必要なはず。それも、属性が偏っているほど儀式には向いている……と、以前お母様が」


「なるほどな」


 ほのかちゃんの説明に俺はうなずく。


『フラッドが起きたダンジョンの位置関係を分析していたのですが、都心を横切り奥多摩湖へ向かう直線を挟むようにフラッドが発生しています。奥多摩湖が最終目的地だとすると平仄ひょうそくが合います。カスケードをそこに収斂させようとしているのでしょう』


 と、灰谷さんがテキストで。

 それを見たほのかちゃんは、


「龍脈、ではないでしょうか?」


「龍脈?」


「はい。大地の奥深くを流れるエネルギーのうねりです。魔力とも、霊気とも、それ以外のものとも言われますが、惑星そのものとも結びついた途方もない力の流れだと聞いています」


「そんなものまで利用しようってのか……」


 世界に風穴を開けようっていうんだからな。

 むしろ、そのくらいの準備は当然か。


「ほのかちゃん、はるかさんの居場所は?」


「ぼやけていますが……あのあたりです。ぼやけているのはダンジョンの中にいるからだと思います」


「源内、ゆっくり近づいてくれ」


 はるかさんが奥多摩湖ダンジョンの中にいるなら、クローヴィスも一緒だろう。

 クローヴィスだけがダンジョンの外で待ち構えているとは考えにくい。

 クダーヴェ相手になすすべがなかったサンダーグリフォンを外に残すとも思えない。


 でも、あいつには「魔獣召喚」のスキルがあるからな。

 しかもスキルレベルは5だ。

 サンダーグリフォン以外の魔獣を召喚し、見張りに置いてるという可能性はある。


 伏兵に備えて、俺はUFOを湖にゆっくりと近づけさせる。

 ダンジョンの入口の位置は、灰谷さんがチャットで送ってくれた。


 俺は機内から、「気配探知」や「索敵」で周囲を探る。

 からくりUFOにもレーダーのようなものがついてるが、どのくらいの精度があるかはわからない。

 ないと思うが、「ステルス」のスキルを持ってる相手が潜んでいたら、それを見破るにはレーダーよりも「気配探知」のほうが向いている。


「いないな」


 まあ、中途半端な戦力を外に置いても、俺がクダーヴェを呼べば足止めにもならない。

 それくらいなら戦力を手元に置いておくのが合理的な判断かもな。

 あるいは、俺がこんなに早くこの場所を特定するとは思ってなかったか。


 俺は源内に命じて、湖面の上にUFOを降ろさせる。


 湖面には、細い浮橋があった。

 ドラム缶のようなものを浮かべて板を渡した浮橋だ。

 湖を歩いて渡れるこの浮橋は、奥多摩湖の観光スポットのひとつだったらしい。

 だが、えてしてそういうところにこそダンジョンの入口ができてしまいがちだ。

 夜闇に紛れて見にくいが、浮橋の中ほどに黒い水鏡のようなものが浮いていた。


 UFOのハッチを開くと、夜の湖面の湿った空気が顔を打つ。


「行ってくる。源内、ほのかちゃんを乗せたまま、上空――いや、そうだな、少し離れた山陰にいてくれ。着陸できる場所があっても飛んだままでいい。地面近くにいられるなら『ステルス』は節約気味にな」


 と言いいながら、俺はDGPで所持するマナコインをすべて後部座席に吐き出した。

 後部座席の足元がマナコインで埋まった。

 これだけあっても、ステルス飛行をしてれば数時間で尽きてしまうだろう。


 「ダンジョントラベル」といい、今回は金食い虫が多すぎるな。

 まあ、ダンジョンに入って「逃げる」を使えば、毎回30±20%落とすわけだが。

 むしろボス戦後の金のあるタイミングでよかったともいえる。


「ま、待ってください! 私も……」


「ほのかちゃんは待っててくれ」


 有無を言わさず言う俺に、


「……う。はい、すみません、わかりました」


 ほのかちゃんが悔しげに下唇を噛んで引き下がる。


 ……いや、実力不足もあるけど、単純に「逃げる」の都合上困るからなんだけどな。

 時間がないからレベル封じの腕輪を使うつもりだが、この奥多摩湖ダンジョンでフラッドが起きてモンスターがレベルレイズされたばあい、戦うより逃げたほうが早い事態も起こりうる。


 もう薄々気づいてるんじゃないかと思うんだが、クローヴィスを倒すだけなら難しくない。

 はるかさんや物品化された探索者たちの救出も、困難とまでは言えないだろう。

 難しいのは、クローヴィスが儀式を完成させるまでのあいだに俺が奴に追いつけるかどうかだ。


 俺はほのかちゃんの頭を優しく撫で、後部座席に座らせる。


「大丈夫。はるかさんは必ず助け出す」


 俺は夜の浮橋に飛び移ると、すぐ近くにあった黒いポータルへと飛び込んだ。

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