74 強みの在り処

 断時世於神社の境内に入ると、


「おお、久しいの」


 狐耳の童女に出迎えられた。

 高級そうな和服の似合う、白髪の座敷童といった雰囲気の童女である。

 ふさふさの狐耳と腰の後ろから突き出た狐の尻尾。

 「気配探知」でも捉えられない気配のなさ。

 本人の弁を信じるなら、この国の神様だという。


 神様は本殿の縁台に腰掛け、両足をぶらぶらさせていた。


「暇なのか?」


「いきなり暇かとはご挨拶じゃのう。永き時を生きる者として、退屈には慣れておるよ」


 神様は両足を軽く振り上げ、その弾みで縁台からぴょんと跳ぶ。

 上目遣いで俺をしげしげと観察してから、


「活躍しておるようじゃな」


「おかげさまでな。見てたのか?」


「いや、今読み取った」


「そんなことができるのか」


「当然じゃ。我をなんと心得る?」


 神様だもんな。愚問だったか。


「今日は俺に用事でもあったのか?」


「何を言っておる。用事があるのはおぬしのほうであろう?」


 たしかに、俺は悩みごとの真っ最中だ。

 神様に相談したいと思ったわけじゃなかったが、俺の深層心理だかが働いて、この神社に行き着いた……のかもしれない。


「相談に乗ってるくれるのか?」


「暇じゃからの」


 からかうように言ってくる神様。


「そういうことなら聞いてもらうか」


 俺は今悩んでることを頭の中で整理する。


「武器を扱うスキルを鍛えていこうと思ってるんだが、なかなかしっくり来るものが見つからなくてな」


 現状、候補は「剣技」か、「片手持ち」併用での「槍術」だろう。

 それとは別枠で、遠距離物理攻撃兼「強奪」効率化のために「弓術」か。


 だが、これらにしても、是が非でもって感じでもないんだよな。

 魔法や特殊攻撃のスキルと比べるとどうしても見劣りする感が否めないというか。


「それぞれ、そのスキルを専門にしてる探索者がいくらでもいるんだよな。魔法メインの俺が同じ土俵で競争しても中途半端にしかならない気もするんだ」


「成る程のう」


「ありふれた悩みで済まないな」


 探索者に限らず、あらゆる人が直面する悩みのような気もするよな。


 一日は24時間で、気力体力には限界がある。

 自分の才能や適性、性格や好みの問題もある。


 そんな中で、何にエネルギーを注ぎ込むか?

 あるいは、何にはエネルギーを注がずあきらめるか?


 高校野球からプロを目指すなら勉強時間は犠牲になるだろうし、司法試験に受かりたいなら友人と楽しく過ごす時間を犠牲にすることになるだろう。

 大雑把に言えば、これと決めた分野に集中投資したほうが、専門性の高い仕事につながるはずだよな。


「神からすれば、人の子の悩みにありふれておらぬものなどありはせん。しかし、それでよいのじゃ。おぬしは今、人間というものの抱える普遍的な悩みの一端に触れておるということなのじゃからな」


「……どういう意味だ?」


「おぬしの言う『ありふれた悩み』に悩むことは、おぬしが他の子らをより深く理解するための良きよすがとなるであろう。真剣に悩んだ者でなければ、悩める他者の気持ちはわからぬということじゃ」


「そうかもな」


「……何やら説教じみたことを言ってしまったの。おぬしの悩みへの答えを、ともに考えてみようではないか」


「ともに考える? お告げじゃなくて?」


「正真正銘の、お悩み相談じゃな。お告げという形を取るまでもない話であろう。じゃが、心配するな。人の子らを有史以前から見守ってきた我が智慧を貸そうと云っておるのじゃからな」


「そうだな。頼むよ」


 俺がうなずくと、


「おぬしは、自分の強みをどのように心得る? いや、そもそも『強み』とは何であろうか?」


「強み……か」


 俺はしばし考えて、


「誰にも負けない俺だけの何か……とか?」


「ふむ。そのようなものがあるのであれば、それは確かに絶対的な強みであろうな」


 神様の口ぶりからすると、どうも正解ではなかったらしい。


「おぬしの場合は、実際にそれに極めて近い特殊性を持っておるのじゃがな……」


「SP稼ぎの効率がありえないほどよくて、スキルがほとんど取り放題に近いことか?」


「うむ。じゃが、それとて真に絶対のものであると云えようか? おぬし以上に多くのスキルを持つ者が絶対におらぬと云えようか?」


「そうそういないだろうけど、絶対にいないとは言えないな」


「『強み』とは、畢竟ひっきょう、どこまでも相対的なものなのじゃ。幾ら熱心に自分のへそばかりを見つめたところで、自分の強みなど浮かび上がっては来ん。強みらしきものが見えたとしても、それは現実に根ざさぬ虚妄に過ぎぬ。自分が自分の強みであると思い込んだ……否、自分の強みであると思い込みたい・・だけの、独り善がりな願望の産物に過ぎぬのじゃ」


「手厳しいな……」


 でも、言ってることはわかる。


「中学のクラスで勉強が一番できたやつが、自分の強みは頭の良さだと思っても、同じレベルの生徒が集まる高校でも一番が取れるとは限らない。むしろ、そこではスポーツだったり芸術だったりがそいつの『強み』になるかもしれないな」


「うむ。おぬしは相変わらず理解が早いのじゃ」


「『強み』は、比較対象があって初めてわかることだって言うんだな」


「絶対に揺るがぬ『強み』など、現実にあるものではないということじゃ。もしおぬしが最強の探索者になったとしても、おぬしの『強み』は比較対象によって変わるであろう。現実は驚くほどに複雑なのじゃ。願望に過ぎぬ偽りの『強み』に固執すれば、いずれ足下を掬われることになろうぞ」


「かといって、ただ『強み』を捨てればいいわけでもないんだろ?」


「無論じゃ。相対的なものとはいえ、折角の『強み』を生かさないでどうするのじゃ。戦いに勝つ要諦は、己の強みで敵の弱みを突くことじゃからな」


「俺の『強み』は敵によって変わる……いや、そうか。俺のどのスキルが『強み』になるかは敵によって変わるってことか」


 考えてみれば当たり前のことなんだが、「どの武器スキルを伸ばすか?」に思考がロックされてたせいで気づけなかった。


「そうなると、状況に応じて相対的な『強み』を生かせるように立ち回るってことか。あるいは、状況に応じて相対的な『強み』を作り出す……?」


 相手が剣を使うのなら、俺は槍や弓を使えばいい。

 相手が弓を使うのなら、スキルで矢を弾いたり、魔法で吹き散らしたりすればいい。

 多くのスキルを持つ俺は、相手の出方に対し、相対的に強い選択肢を選べるということだ。

 いわば、後出しじゃんけんだよな。


 たしかに、これは強い。

 「強み」そのものを状況に合わせて変えられるということは、常に自分を敵より「強い」状態に置けるということだ。


「でも、そんなことをしたら器用貧乏にならないか?」


 俺は、自分は不器用な人間だと思ってる。

 器用に多種多様なスキルを使いこなせるようなタイプじゃない。

 愚直にひとつの技を磨くほうが俺の性に合ってるような気がするんだよな。

 ひとつひとつのスキルの使い込みも甘くなるし、複数のスキルを瞬時に使い分ける判断だって難しい。


「おぬしがこれまで不器用な生き方をして来たのは事実であろうな。いや、今現在もまだまだ不器用な生き方をしておるようじゃ。もっとも、人間、才気が走り過ぎておるよりも、少し不器用なくらいのほうが好ましいとは思うがの」


「なら……」


「じゃが、忘れてはおらぬか? それはあくまでもおぬしの生き方の話じゃ。おぬしの『ステータス』はどうなっておる? おぬしの『ステータス』を見て、なお、おぬしは自分が不器用じゃと思うかの?」


「そ、そうか……!」


 今の俺は、敏捷と幸運の値が飛び抜けている。

 敏捷は30万超、幸運に至っては75万近い。

 この二つには「逃げる」によるプラス補正が働いてるから、今後もさらに伸びるはずだ。

 この二つはまだ能力値強化系スキル(「敏捷強化」「幸運強化」)を取ってないにもかかわらず、他の能力値をぶっちぎってる。


「ステータス的には、今の俺は器用なのか!」


 敏捷は動きの素早さのみならず、動きの正確さや器用さなどにも関わっている。

 幸運は、クリティカル率の他、命中や回避にも関わるらしい。


「何も武器スキルをひとつに縛る必要はなかったんだな……!」


「むしろ、何故縛る必要があるのじゃ? 他の探索者と比較せば、おぬしの『弱み』は、ひとつひとつのスキルの使い込みが甘いことであろう? 逆に、おぬしの『強み』は、多種多様なスキルを扱えることじゃ。戦い方を一つに絞ることは、おぬしの『強み』を封じて『弱み』で戦おうとすることに他ならぬ」


「その『弱み』を克服するという発想は……いや、ダメだな。他の探索者と比べて不利なところで勝負してもしかたがない」


 スキルの使い込みが甘いことは、俺がたくさんのスキルを扱えるという「強み」に、必然的にともなう「弱み」である。

 この「弱み」を克服しようとすれば、今のところ匹敵するもののいない稀有な「強み」をむざむざ殺すことになってしまう。


 逆に、この「強み」を最大限に生かすとすれば――


「……助かった。道筋が見えてきた気がするよ」


「うむ。迷いの晴れた顔になったの。その様子ならば心配はあるまい」


「そうとわかったら早速試すか……!」


 と、本殿裏のポータルに向かおうとする俺を、


「ああ、待って呉れ。一つ気になっておることがあるのじゃ」


 神様が俺のマントのすそをつかんで制止する。


「な、なんだよ?」


「このところ、ダンジョンの状態が不穏でな」


「不穏……?」


「うむ。一部のダンジョンに、過剰な資源が流れ込んでおるようじゃ」


 資源か。俺が雑木林ダンジョンを枯渇させたときには、「資源」が蓄えられるまで枯渇状態が続くと「天の声」が言っていた。


 資源が過剰ということは、枯渇とは逆の状態だろう。


「まさか、フラッドが?」


氾濫フラッドであれば、ダンジョンの変化はもっと自然な推移を辿るはずなのじゃ。どうにも奇妙な動きじゃな」


「前回のダブルフラッドの余波とか?」


「いや、それとは無関係であろう。あれは既に鎮まっておる」


「神様にも見通せないことなのか?」


「我にも何もかもが見えるわけではないのじゃ。通常の人の子らの営みとは異なる何かが働いておるのではないかと思っておる」


「……気になるな」


「おぬしならば大丈夫じゃろうとは思うが、ゆめゆめ油断はせぬことじゃ」


「わかったよ。気に留めておく」

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