56 すこぶる実利的な勧誘
「『パラディンナイツ』に?」
俺が聞き返すと、
「うん。悠人も探索者を続けていくならいずれはギルドに入るでしょ。それならうちはどうかな……っていうお誘い」
「有り難いけど、いいのか? 芹香の知り合いってことで入ったら他のメンバーと温度差が出たりとか」
「たしかに悠人は私の幼なじみだけどね。でも、優秀な探索者であるのもまた事実。身びいきを抜きにしても、ギルドマスターとして勧誘するのは当然だよ」
「光が丘公園の2ランクフラッドを単独で収めたのでしょう? 実績としては十分すぎます」
と、灰谷さんもうなずいてる。
「だが、俺はソロで活動してるんだぞ? 今後もパーティでの探索はできないと思う」
「べつに、ギルドのメンバーとパーティを組んでくれなんて言うつもりはないよ。悠人の事情はわかってるから」
「私は蔵式さんの事情を聞いてはおりません。ですが、特別な事情があるというのならなおのこと、知己である芹香さんがマスターを務める当ギルドに所属するのがいいのではないでしょうか?」
「それはそうかもしれないが……」
「逃げる」がらみの話を他人にしたいとは思えない。
その意味では、芹香が便宜を図ってくれるならありがたい。
とはいえ、それは芹香に迷惑をかけ続けるってことでもあって……。
「遠慮しなくていいんだよ? 悠人が実力的にはSに届く優秀な探索者だってことは確かなんだから。こっちとしてはむしろお買い得なくらいだよ。そりゃ、事情を明かせないのはわかるけどさ」
「でも、ギルドかぁ……」
ギルドに属せば、芹香がなんと言ってくれようと、しがらみが生じるのは避けられない。
さらに言えば、ギルドに属するということは探索者協会にも属するということだ。
実力があればなおさら、協会がらみの面倒ごとに巻き込まれるおそれがある。
「やっぱり、当面はフリーのままで……」
「どうして? 私のギルドじゃいや?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだが……世話になりっぱなしもどうかと思うしな」
「そんなの、私がいいって言ってるんだからいいじゃない」
渋る俺に、芹香が不満そうに頬を膨らませる。
「マスター。今は私情は抜きに説得してくださいね?」
「うっ、わかってるけど……」
「蔵式さんも。もう少し話を聞いてから判断されてもよいかと思います」
「いや、話といってもな」
「実利的な側面から申し上げれば、探索者がギルドに所属することにはさまざまなメリットがあります。いえ、ギルドに所属しないことにデメリットが多い……と言ったほうが正確でしょう」
「ギルドに所属しないデメリット?」
「ええ。最初に挙げられるのは、保険です。蔵式さんは現在、探索者保険には加入しておられますか?」
「い、いや」
「なぜです?」
「忙しくて考える暇がなかったのもあるけど……怪我をしてもエリクサーがあるからな」
怪我で病院にかかる機会はなさそうだ。
「では、死亡した場合には?」
「自分が死んだらそれまでだろ。扶養家族もいないしな」
探索者としてのみならず、人生の面でも俺はソロだ。
ひきこもって散々迷惑をかけた両親に金を遺すのもいいが、両親はべつに金に困ってるわけでもない。
保険なんてかけようとしたら、いらん心配をするなと怒られそうだ。
「ご病気になって探索ができなくなったときにはどうするのですか?」
「う……ま、まあ、貯金はできたし」
1300万円がいざというときの備えとして十分かどうかはわからないが、それなりに安心していい額ではあるはずだ。
「探索者保険って高いんだろ? 俺の稼ぎじゃ割に合わないよ」
探索者は、職業柄怪我が多い。
いや、怪我どころか、死亡することも稀ではない。
保険会社が保険料を高く設定するのも当然だ。
「たしかに探索者保険は高額ですが、実力のある探索者なら保険料をいくらか抑えることができます」
「そうなのか?」
「はい。たとえば、マスターのようにレベルランキングに入っているほどの探索者であれば、実力から言って、無用な怪我や死亡の確率は低くなります。その分保険料がお安くなるということです」
「ああ、なるほど」
うなずく俺に、
「でもね、悠人。ギルドに所属してない探索者が自分の実力を客観的に証明するには、どうしても欠かせないものがあるの。なんだかわかる?」
芹香の言葉にしばし考える俺。
「……そうか、レベルか」
「うん。保険は条件が複雑だけど、ものすごく単純化すれば、レベルが高いほど保険料が安くなるんだよ」
「でも、探索者には自分のステータスを明かさない権利があるんじゃなかったか?」
「そうだけど、任意契約の保険を結ぶために自分からレベルを開示するのは、ステータスの開示を強制されたとは言えないから」
「レベルと合わせて、主に探索しているダンジョンのランクやパーティの実力、探索の頻度、所属しているギルドなどを総合的に勘案して保険料が決まるそうです」
「……そうか。だとすると、俺は保険には入りづらいわけか」
ギルドに所属しておらず、ソロで活動していて、しかもレベルは1ときた。
保険会社からすれば、いかにも死亡率の高そうな探索者だよな。
「ギルドに所属すれば、ギルドのランクに応じて保険料が下がります。また、ギルドによっては団体で保険に入っているところもあります」
「『パラディンナイツ』もそうだよ」
「マスターが以前助けた方の縁で、保険会社から特別によい条件で契約を結んでもらっているのです。他のギルドでもここまで保険料が安いところはないはずです」
「保険料が安くなったのは翡翠ちゃんの交渉のおかげだけどね」
見た目の印象通り、灰谷さんはやり手らしい。
「ま、まあ、保険は貯金でカバーするとして……」
と、言い抜けようとする俺に、
「保険はそれでいいとしましょう。ですが、税金対策はどうなさるおつもりです?」
灰谷さんが次の矢を放ってくる。
「ぜ、税金? ダンジョンでの収入は非課税なんじゃなかったのか?」
「それは、モンスターが落としたマナコインからの収入に限っての話です。ダンジョンで手に入れたアイテムを売って収益を得た場合には、通常の物品売買と同じように所得税がかかります」
「……マジで?」
「嘘を言ってどうするのですか。毎年確定申告をする必要がありますよ」
「なん、だと……」
「とくに、蔵式さんの場合、販売するアイテムは高価なものが多いでしょう? なにせ、エリクサーをお歳暮感覚で知り合いに配るような方ですからね」
「そもそもエリクサーは国の指定探索物だから、ほんとは勝手に売り買いしたらいけないんだけどね。知り合いの探索者同士でのやり取りはDGPで決済できちゃうから、事実上見逃されてるってだけで」
「探索者がダンジョンで得た収益を非課税と主張していることに対し、国税庁をはじめ、役所は相当おかんむりだそうです。ですので、探索者がDGP以外で大きな金銭のやりとりをすると、税務署から徹底的にマークされます。ずさんな金銭管理をしていると、たちまち追徴課税をくらいますよ」
「ひえっ……」
社会人経験の乏しい俺は、帳簿管理なんてしたことがない。
ひきこもりだったせいで、自分の社会保険料や健康保険がどうなってるのかすら理解が怪しいくらいだ。
「だいたい、ギルドに属さずにどうやって高価なアイテムの取り引きをするおつもりなのです? 足元を見られて買い叩かれるおそれもあります。そうでなくても、相場がわからないのではありませんか?」
「うぐっ」
「翡翠ちゃんは優秀だからね。主要なアイテムの取り引き価格は常に把握してるんだよ。信用できる販路をいくつも確保してるし、ものによっては価格交渉もしてくれる」
「それもこれもマスターの信用があってのことです」
「翡翠ちゃんは税理士の資格も持ってるから、税金対策もばっちりなんだ。ギルドに所属する探索者は相談だけなら無料だし、各種手続きの代行も格安の手数料で受けてくれるよ」
「そ、そうなんだ。すごいんだな……」
予想以上にハイスペックな人だったらしい。
「……と、いうわけですが。蔵式さん、どうでしょう? 私たち『パラディンナイツ』に参加していただけませんか?」
こんなときだけにっこり笑ってくる灰谷さんに、
「……お、お世話になります……」
俺は、絞り出すような声で答えたのだった。
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