玉子焼き殺人事件
佐倉島こみかん
玉子焼き殺人事件1
あれは、雪のちらつく年の瀬でした。最初はDVか何かで逃げてきた方かと思ったんです。
「あの、すみません」
彼女はそう言って、ひどくオドオドした様子で、交番に来ました。
見るからに部屋着のようなヨレヨレの白い長袖シャツに、ダマの出来た薄手のグレーのカーディガンを着て、色褪せた黒い長ズボン、そして素足に薄汚れた古いスリッパを履いていました。見るからに寒空の下を歩く格好ではありません。
白髪交じりの髪を1つに束ね、化粧っ気もなく、こけた頬にクマのある目元を見て、中年女性かなという印象を受けました。
「どうされましたか?」
見るからに訳アリだと思ったので、なるべく優しい声と笑顔を心がけて答えました。奥にいた上司の山本さんも、私の声に気づいて出てきましたが、彼女の様子に『そのまま君が対応しなさい』というような目配せをしてきました。
山本さんは来年定年とはいえ男性だったので、女性の私が対応した方がいいと判断したのでしょう。遺失物の対応や道案内、重くても交通違反の取締や酔っ払い同士の諍いの仲裁が中心の平和な地域です。交番勤務6年目にして初めての家庭内暴力の匂いに、私は気を引き締めて女性を中に促しました。
私の声に恐る恐る中に入った女性は、悲壮な声で言いました。
「夫を、殺しました」
見た目よりも、ずっと若い声でした。
後に『玉子焼き殺人事件』と呼ばれ、世間を賑わせた事件の犯人は、28歳の女性でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます