エピローグ

 担当天使のロココ調の猫足テーブルの上で

ウェッジウッドのピターラビットのマグカップが馥郁ふくいくとするダージリンの香りを漂わせている。


 紅茶を冷やさないようにポットに被せたティーコーゼには上司お手製のウサギの模様がついている。


 ガラスの葡萄皿ぶどうざらにはエミリーが好きなアルフォートを箱から出して盛り付けられている。


そして、湯気のむこうには気持ちわるいくらいに慈愛に満ちた上司の顔。


とりあえず勝負服のゴスロリに着替えて、髪の毛もツインテールに結い直したエミリーはたったまま、深呼吸一つして、「なんのようでしょうか?」と平静を装い声をかけた。


 なにしろ壁際のでかい鏡は更に上の上司や果ては神様まで監視できている仕組みで、本当はお酒がいいのよと前に上司すらこぼしたほどにめんどくさいものなのだ。


 上司は「まぁまぁあんたをもてなすことも私の査定のうちだし、そこに座ってあんたの好きなものをお食べなさいなぁ」と答えた。


 とりあえず猫足の椅子をひいて、座りチョコをほおぼる。この世にGODIVAとか高級で美味しいチョコもあることも知識としてエミリーは知っているが、コンビニエンスストアで買えるチョコの方が自分の口には合うとわかっているのだ。


 「落ち着いたわね」と上司は微笑んでつぶやいた。


 「はいっ」とエミリーも答える。


 「私も本来の性との乖離性かいりせいがあるし、これからエミリーにいうことが自分にできているとは思えない。それでも化け物よばりされるくらい女装が似合わないあたしのことを笑うことをしないし、バカにもしないあんたのことは中立的な立場を逸脱いつだつするほど好きかも知れないわ。」と一気に話し、嫌そうな顔するエミリーとは逆に嬉しそうな笑顔で言葉を続けた。


 「エミリー、今のあんたは頭でだけはわかっているのよね。自分に自信をなくしたりきらいになることは、神様に愛されて生かされている生命を粗末にしていることを…。ましてやあんたは境遇が悪かったとは言え、自殺という最悪な方法を選んでしまった…。」


 そこで言葉に一瞬つまり、エミリーのことを透視し始めた。


 そうして、おもむろにまた話し始めた。


 「エミリー。あなたもわかっていたのね。あんたのことを記事にした新聞記者はお店で生き生きと看板娘で働くあんたを見初めて《みそめて》いた。そうして、あんたも憎からずその人に惹かれていた。だからもし、あんたか新聞記者がもっと違う形で勇気を出してたら人生は変わったかも知れない…」


 そこまで言いきって、涙をこらえようとどこかの宮殿みたいな部屋の天井を仰いだエミリーに優しく囁く。


 「エミリー。泣いてもいいから、あたしの顔をきちんと見なさい。あんたにはまだ死神の仕事とこの仕事を終えた後にあんたが天使になることよりも希望している人としての生まれかわりがある。」


 ひっくひっくと泣き出している私の悲しみを掌をそっとかざし浄化すると、さらに続いて言った。


 「難しいけど、自分を好きになると他の人も好きになれるし、他の人からも好かれるようになる。お互いを大切にして、一緒に幸せになれるの。しかもそれは縁した人だから、あんたが仕事で関わった人々だったり、過去にあんたを傷つけたり、あんたが傷つけた人々だったりするかも知れない。」


 そして、にっこり笑って最後の言葉をつぶやいた。


「それはエミリーが頭だけでなく、言動や言葉でわかった日に訪れるの。ねぇ、エミリーあんたがいきなりあたしの元から消えたら寂しいからもう少しだけそばに居なさい。そうね。まず次の快晴の日があったら仕事を依頼するわ。でも今日は疲れたようだからお帰りなさい」


 そう、一喝いっかつするとエミリーの身体がムンクの叫ぶ人になりながら、よじれて気がつけば自分の部屋にいた。


 お気に入りのゴスロリの服たち以外は寄宿舎かと思うほどに質素な部屋の椅子の上に座っていた。


                fin



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