清村クラのショートショート

清村クラ

第1話 うろうろするもの

 大学の友達3人と自宅で酒を飲んでいると、友人のYが言い出した。

「この近くにある個人病院の廃屋にでるらしい」

さらに仲間のKが聞く。

「でるって、なにが?」

しかしYの答えは明瞭でない。正確には明瞭でないものがでるらしい。


 俺はそれを聞いて笑った。安発泡酒を口に運びながらさらに笑った。

ばかばかしい。なにがなんだかわからない話だ。何が出るかもわからない。さらには「でる『』」だなんて出るか出ないかもわからない。


そんなものの話に盛り上がるのか?盛り上がった。

その廃屋にいくことになるか?行くことになった。


 そんなわけで俺たちは廃屋へ向かっていく。頭の悪いやつが集まっているので、みんな片手に安発泡酒を持っている。

時刻はすでに午前を大幅に回っていた。11月の暮れで風は一切ない、この辺りには民家は在るが動きはない。

自宅と大学は歩いて20分の距離であり、廃屋は俺たちの大学のある町の大学よりのはずれにあった。昔はこのあたりにも活気があったらしいが、今はない。海沿いに駅ができた所為で中心街がずれたためだ。

空地と空地に挟まれた白い壁の建物がそれだった。


 廃屋とのことだったが、想像していたものよりもきれいだった。窓ガラスは割られていないし、スプレーでの落書きもなかった。ゴミが落ちていない。人の気配がしなかったのだ。

それは空き地と空き地に挟まれた白い壁が覆う建物だった。思いのほか小さい、個人病院というよりはクリニックと呼ぶべきサイズだ。


 これまで酒を飲むばかりだったMが聞いた。

「出るって話だったけど、一体どんなのが出るんだ?幽霊?女?男?カッパ?」

カッパは出ないだろ、水場からも遠いし、と思っているとYはさあ?と答える。話を振ったくせに…と思っているとYは続けた。

「でも、なんかが、うろうろしてるらしい」

そう言うとゲップをして安発泡酒の缶を白い壁の上に置いた、俺がちゃんと持ち帰れと言うと「帰りに持って帰る」と流された。

俺たちはスマートフォンのライト機能を起動し、Yを先頭にK、Mが続いて廃屋へ入る。俺は最後尾だった。扉は施錠されていなかったようだ。扉を引いた。

からん、と軽い音がした。音の方を見ると先ほどYが置いた缶が消えている。壁の内側に落ちたらしい。

 

 中は想像していた様子ではなかった。廃屋然としていない、破れて綿の出たソファや不気味にとまった時計もない。無意味に挙げられた受話器と打ち捨てられた電話機もない。ひび割れた床、壊れた壁の破片が落ちていることもない。

 不気味さはない。ただ廃屋なので掃除はされていないようだ。ソファは無いが、本棚は残されている。ホコリがうすく積もっている。リノリウムの床はホコリと経年劣化で軽い粘つきがあるように感じられる。リノリウムの床を踏む音が後ろから聞こえた。

 当たり前だが入り口の扉の先は元受付室のようだ。左側にはキッズスペースのなれはて、右前はもと受付と思われるスペース、右に進むと引き戸がある。その先には診察室が並んでいるのだろう。思ったよりも新しい建物のようだ。

「なんかおもったよりも廃屋って感じしないな。」

Mがつぶやく。俺もそう思っていた、と同意した。


 Yが左手の引き戸を開けて進む。引き戸がきしむ音が聞こえた。油が切れているのか、どのドアも動きが悪いようだ。奥は思った通り、診察室が並んでいた。全部で4つのドアが左手に並ぶ。みんなが奥へ進むなか俺は一番手前のドアを開けてみる。

部屋の形になっているのではなく、衝立の壁が大きな部屋を仕切っているだけのようだ。奥は多分、全部の部屋がつながる廊下のようになっているのだろう。

細長い部屋の中には、ベッド、机と椅子が2脚あった。


 「うわっ!!?」Kが突然大声を上げた。

奥から2番目の扉の前で固まっている。

なんだなんだと部屋を覗くと先ほど開けた部屋と同じようにベッド、机、椅子が2脚あり、椅子の上にウサギのぬいぐるみが置いてあり、此方を見ている。

「だっせ!ウサギちゃんにびびったのか?」

Mが囃し立てる。

俺も当然Mと一緒になってからかった。

Kは「ちがう、そこに何かいたんだって」と言い訳をする。

何かってなんだよとMが聞くと「それはわからない」、と返事に詰まった。それを見てまたみんなで笑う。

 廊下の奥はまた扉になっていた。『処置室』と書かれたプレートがドアの上に嵌っている。当たり前なのだが、思ったよりも何もなく、Kが恥をさらしてくれたおかげで俺は満足しかけていた。酒も切れたし、と考えているとMが処置室の扉を開けて入っていくのが見えた。俺たちはウサギのいる診断室に入り、狭いだのなんだの言っていた。Mに追いつこうと部屋を出るとき、ふと後ろを見る。


大きな手が衝立の向こうへ消えるのが見えた。

思わず固まる。その手はあまりに地面に近い。


「あ゛っ」


Mの奇妙な叫び声が聞こえた。処置室の中からだ。

処置室を覗きながらYが「こけたのか?飲み過ぎだろ」と笑いながら言う。

「あれ、M?どこへ行った?」

処置室にはMの姿はなかった。

「い、いたずらかよ、やめろよ」とYが言う。

声は硬い。Mは演技がうまいやつじゃない。演技であの声は出ない。何かがあったんだ。でも何があったのかわからない。Kも、俺も声がだせなかった。Kがごくりと唾をのむ。俺たちが見たものと関係があるのか、いったいなにがあったのか、あったとしたら、あれはなんなのか。Yが部屋の奥を恐る恐る照らす。

「そ、そうだ、ケータイ!ケータイにかけてやろう!そしたらMがどこにいるかわかるし…」Kが上ずった声で言う。スマートフォンの液晶の光が青白くKの顔を照らしている。血の気の引いた顔だ。青白いのは液晶の光の所為だけじゃない。


ばんっ


突如、俺の真後ろで扉が勢いよくしまった。「うわあっ」Kは頭を抱えて声を上げる。俺も跳ね上がった。Mの仕業なんじゃないか、そう思いたい。顔をあげて部屋の奥側に目を向ける。俺は目を見開いた。

「あれ…Y、Yどこ行った……?」Yが消えた。Kは恐怖でゆがんだ顔だが、無理に笑おうとしているようだ。ライトを動かして部屋の奥を照らす。突き当りは廊下があり、先ほどの診察室の奥側につながる道があるのだろう。そこに音もなく動く影が見えた。大きな手が一瞬ライトに照らされる。

その手にはスマートフォンが握られていた。まるで子供のおもちゃのようなサイズ感だ。画面は光っていた。

Kを見るとKは汗を流している。俺は悟った。KM

「に、にげよう」Kが言う。俺の後ろのドアに手をかけた 、きしんだ音がする。


ばたばたばた


先ほどまで誰もいなかった方から走る音が聞こえる。体がひきつったように硬い。振り向いたが何もいない。しかし、先ほどみたが後ろを通り過ぎた。がここをうろうろしている。何をされるんだ、あいつはいったい―――


「うわああああっ、ああ、」Kが走り出す。恐怖に背中を押されて、扉を押し開けて走り出す。真っ暗闇のなかから手が伸びた。大きな手だった。

「わ゛あ゛っ――――」


Kが消えた、今度は俺の目の前で。あの扉は通れない。向こうはどうなっているんだ……。奥を回れば……いや、奥もMとYが消えた…


 奥に目をやった。ライトを向ける。暗闇がライトで薄く晴れる。奥にMのスマートフォンが落ちている。どん、と背中に衝撃があった。壁だ。部屋の隅にもたれかかるように俺は立っている。息が上がる。後ずさってここまで下がってしまった。壁の方側面はホコリの綿が張り付いて不気味だ。ライトを向ける。窓はない。

あいつが、がここをうろうろしている。あいつに出会っちゃだめだ。何をされるかわからない。ライトを足元に向ける。


大きな手だった。動いている。ぐるぐると俺のいる隅のふさぐようにあいつがいた。


俺より小さいが、ずんぐりしている。体の表面はぶつぶつと汚らしい。短く太く大きい脚が音も立てずにうろうろと俺の前を歩いている。


 の顔を見る勇気はなかった。ライトを動かす勇気も。

震える俺の手があいつの歯を照らした。嗤っていた。なにが可笑しいんだろう。

何をされるんだろう、こいつは………


あいつは呆然とする俺の真正面で止まった。ライトの薄明かりがあいつの嗤いを照らす。


大きな手が俺の眼前に広がる。ようやく知ることになる。俺がされるのかを。






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