2-20.お屋敷までのお散歩
ノアとわたしが結婚した後に住むお屋敷は、元々アインハルト伯爵家で持っていたものだ。お互いの職場である王宮の敷地内にも程近いのだけど、ブルーム家と離れてしまう。
歩いていけない距離ではあるけれど、時間が惜しくてマルクに馬車で送って貰った。
お屋敷の近くで降りて、後は歩く。
自然と手が触れ合って、どちらからともなく指先を絡めて手を繋ぐ。それが自然だと思えるくらいに、すっかりと馴染んでいるのが嬉しい。
「そういえば、そろそろ片が付きそうだぞ」
「……カミラ王女様のこと?」
曇り空だけど雨が降る気配はない。
人通りも少ない静かな道を歩く中で、思い出したようにノアが言葉を口にする。
「そう。さすがにやりすぎだと、ジーク殿下が陛下に直談判したらしい。陛下も問題続きで頭を悩ませていたらしくて、陛下と殿下が王太后様の所に行って抗議したそうだ」
「でも王太后様のパーティーが終わるまではいらっしゃるんでしょう?」
「そのパーティーも実際はいつ開くか未定だったそうだぞ」
「そうなの……」
そこまでして、王女様をこの国に留めておきたかったのか。
もしかしたらそれは……王女様に頼まれたから、なんていうのは穿った見方をしすぎているのかもしれないけれど。
「それっていつの話なの?」
「昨夜。ラジーネ団長もその場にいたらしくてな、俺にも話が回ってきた。……その時にお前が絡まれた話も、暫く休むっていう話も聞いたんだ」
「もしかして、それで今日はお休みしたの?」
「俺もそろそろ休みが欲しかったし。休みを合わせるのもいいかなって思ってさ」
軽い口調だけど、わたしを気遣ってくれているのは伝わってくる。
わたしが落ち込んでいるだろうと思ったんだろう。辛い気持ちに寄り添ってくれようとした、その優しさが嬉しかった。
右手はノアと繋がっているから、左手もその腕に絡めて寄り添った。
ノアの左腕にぎゅうぎゅうに抱きつきながら歩いても、ノアは文句を言ったりしない。視線を上げれば口端が弧を描いているのが見える。
「……ありがとう」
「別に礼を言われる事じゃねぇよ。お互い色々頑張ってるし、こうやってのんびりしたっていいだろ」
「ふふ、そうね」
何でもない事のようにノアが笑うから、わたしもつられて笑ってしまった。
この角を曲がれば、お屋敷まではもうすこしだったはず。
数回しか来ていないけれど、この辺りの街並みが凄く素敵だったから覚えているのだ。
街路樹が葉擦れの音を響かせている。きっと陽射しが強い日には、日陰を作り出してくれるのだろう。
馬車がわたし達の横を通り過ぎていくけれど、道幅が広いから危なくない。それでもノアはわたしの事をそっと庇ってくれていると知っている。それを言っても知らん顔をされてしまうだろうけど。
「ねぇ……片が付くって言ったけれど、それって王女様がお帰りになるっていうこと?」
「そう。三日後に帰るそうだ。王太后様は可哀想だって泣いてたらしいけどな、色んな方面から王女殿下の振る舞いに苦情や抗議の声が上がっていると聞いてすぐに泣き止んだらしい。このままだと責任の所在が自分にくるって分かったんだろうな」
何とも言えない話に苦笑しか漏れない。
振り回されたこちらとしては、堪ったものじゃないんだけれど。
「やっぱり苦情とかがきていたのね」
「
「……そうだったのね」
みんなわたしには何も言わないから知らなかったけれど、色々手を尽くしてくれていたのだ。それが嬉しいのと、何だかほっとしたのとで、深い息をついてしまった。
「たぶん……義兄さんは、今日も色々動いてるはず。朝方ちょっと騎士団の詰所に寄ったんだけど、いい笑顔をした義兄さんが王宮に入っていくのを見たぞ」
「昨日の事を家族にも話して、だいぶ怒っていたから……それかもしれないわね」
あまり過激な事をしていないといいのだけれど。
ノアの言う兄の姿が簡単に想像出来てしまうものだから、苦笑いするしか出来なかった。
そんなお喋りをしていたら、もう門の前だ。
高い鉄柵に囲まれているけれど、柵にも美しい蔦の装飾がされているから圧迫感はなかった。
鍵を開けたノアと一緒に敷地内に入る。まだ住んでいないのに前庭の芝は綺麗に整えられていた。これもノアが手配をしてくれているのだろう。まだ何も植えられていないけれど、花壇もある。
見上げたお屋敷は、やっぱり何度見ても大きいと思う。
三階建てのお屋敷は、一階に応接室や食堂、サロンや図書室、ゲストルームが用意されている。二階は家族の部屋で、三階には使用人の部屋が用意されている。
白い外壁に青い屋根。門からエントランスポーチに繋がる石畳は、様々な色の石で作られていて可愛らしい。
「相変わらず大きいお屋敷だわ」
「家族が増える事を考えたらこれくらいは必要だろ。それに階数はあるが、そこまで部屋だって多いわけじゃないぞ。違う家がいいなら今からでも──」
「建てなくて大丈夫。このお家はとっても素敵だし、住むのが楽しみなのよ」
「それならいいんだが……」
ノアは家を建てようとしていたのを忘れていた。
買うにしても建てるにしても、わたしの好きな家にしていいと。
この家が素敵なのは本当だし、二人で住むには大きいと思ってしまうだけで、きっとすぐに慣れるのだろう。
ポーチまでの道を進み、紺色に塗られた扉の鍵をノアが開ける。扉には金の装飾が施されていて、派手過ぎない華やかさだった。
「さぁ、どうぞ」
改めて手を差し出してくれるノアに、自分の手を重ねる。
足を踏み入れたエントランスホールには、美しいタイルが敷かれている。中央の階段に掛かる紺色の絨毯にも馴染むタイルは、ブルーム商会の職人が作ったものだ。
タイルも絨毯もノアと一緒に選らんだけれど、こうして実際に敷かれているのを見ると何だかそわそわして落ち着かなくなってしまう。
そんなわたしの様子を見て少し笑ったノアが、エスコートするように手を引いてくれた。
まずはどの部屋なんだろう。
わくわくする気持ちを抑えられずに笑みが零れた。
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