2-4.アンハイムからの使節団
あまりりす亭の夜から数日。週が変わって、アンハイム王国の使節団がやってきた。
その日は朝から皆がそわそわしていて、まぁ……わたしもその一人だったのだけれど。
関係が無いと思っていたブルーム商会も数日前から何かと慌ただしかったらしい。疲れたような父と兄の様子に、母と顔を見合わせてしまった。
聞けば使節団を出迎える為の準備品の注文がなかなかに細かいものだったそうで。今までにもこういった他国の為の注文を受けた事はあったけれど、ここまででは無かったというのだから、何か事情があるのかもしれない。
そうなると心配になってくるのはノアの事だ。
護衛任務にあたると言っていたけれど……大丈夫だろうか。ノアが言っていた【嫌な予感】が頭をよぎった。
「アリシア、いらっしゃるみたいよ」
もうすぐでお昼休みになろうかと、そういう時間の事だった。
本を載せていたワゴンを戻したらちょうど休憩の時間になるだろう。そう思っていたわたしのところに、ウェンディがやってきてそんな言葉を口にした。
「使節団の方々ね。わたし達は外に出なくていいのよね?」
「ええ、館長達が外に出て出迎えるみたいよ。わたし達はお昼に上がっていいって」
本棚の間からカウンターを覗いて見れば、交代の司書の子が座っている。
それならワゴンを戻して、早めに食堂に向かう方がいいだろう。そう思っていたら、何か音楽が聞こえてくる事に気付いた。
ウェンディにも聞こえていたようで、二人で首を傾げてしまう。
どうやら外から響いているようだ。窓に近付いてみると王都に続く道の両端には使節団を見ようと集まった人達や、出迎える為に外に出ている館長達や文官の方々がいた。整列と護衛の為に騎士団が出ているのも見える。でもそこにノアの姿はない。
道の向こうから音楽が近付いてくる。
現れたのは楽団だった。規模は小さいながらも、美しい音楽を奏でる彼らは、足並みを揃えて進んでいる。
「……使節団の方は演奏家だったかしら」
「違うと思うけれど。アリシア、見て、後ろに居るのが王女殿下じゃないかしら」
楽団の後ろにはアンハイム王国の国旗を振る兵士。その他にも槍を手にした兵士が居て、守られるようにして歩いているのが、ウェンディのいう通り王女様なのだろう。
淡い金髪が陽に透かされてきらきらと輝いている。口元に笑みをたたえて手を振るその姿は、まるでお人形のように美しかった。
「綺麗な人ね」
「ええ、とっても。輿入れが決まっていて、これがアンハイム王国での最後の外遊になるらしいわよ」
「そうなの。素敵な思い出を作って貰えたらいいわね」
ウェンディの教えてくれる情報に頷きながら、その一団にまた視線を戻した。
王女様の後ろに続く女性たち。その後ろにも人が列をなして歩いている。中々に大規模な使節団となっているようだった。
「あら、もうお昼の時間ね。使節団の到着と重なるから鐘が鳴らないのを忘れていたわ」
「わたしはワゴンを戻してくるから、先に行っていて」
「分かったわ」
腕時計に目をやると、確かにお昼の時間を少し過ぎている。まだ外では楽団の美しい演奏が流れているけれど、それもゆっくりと遠ざかっていくようだった。
急いでワゴンを戻して食堂に向かうと、席についていたウェンディがわたしの分も食事を準備していてくれたようだった。
「ありがとう、ウェンディ」
「気にしないで。さ、早く食べちゃいましょ」
今日のメニューはロールパンに白身魚の香草ソース、夏野菜のサラダとかぼちゃのポタージュ。
祈りを捧げてからまずはスプーンを手に取った。綺麗なオレンジ色をしたポタージュにスプーンを沈ませる。口に運ぶとほんのり甘くて、とっても滑らかだった。口に入れると濃厚なのに、後味がさっぱりしている。これはパンを浸しても美味しそうだわ。
「そういえば護衛任務の件は聞いた?」
パンをちぎりながらウェンディが問いかけてくる。それに頷きながら、今度はソテーされた白身魚を切り分けた。ナイフを入れると皮目が香ばしく焼かれているのが伝わってくる。
「ええ、しばらく忙しくなるって。団長も忙しいんでしょう?」
「騎士団からも護衛の任務にあたるから、やっぱり仕事量は増えるみたい」
「何もないといいわね」
「やだ、不穏な言い方ね。何かあった?」
くすくすと笑みを漏らしながら紡がれた言葉に、わたしは目を瞬いていた。
自分でも気付かない内に、不安が心を満たしていたのかもしれない。一口大に切り分けた白身魚を口に運べず、わたしはカトラリーを置いていた。
「……ノアがね、嫌な予感がするって。それに引き摺られているのかもしれない」
「そうだったの……。でもきっと大丈夫よ。二週間の任務だし、王都を離れるわけじゃないわ」
「そうよね。前みたいに会えないわけじゃないし……ふふ、ちょっと気にし過ぎていたかもしれない」
そう言葉にしながら、自分でも大きく頷いた。
ノアだけで護衛任務にあたるわけじゃないって彼も言っていたし、交代制だから休めないわけじゃない。忙しくなるといっても、会えないわけじゃないんだもの。そう、少し気にしすぎていただけ。
水で満たされたゴブレットを持ち、口に寄せる。冷たい水を飲んだら少し落ち着いてきたかもしれない。
再度カトラリーを手にしたわたしは、途中だった白身魚を口に運んだ。バジルの香りが爽やかに広がって、淡白な白身魚によく合っている。うん、美味しい。
バジルソースにはチーズも混ざっているようだ。コクを感じるのはそれも一因だろう。
「ねぇ、そんな事より。もう準備は進んでいるの?」
ウェンディが話題を変えてくれる。その気遣いに感謝しながら、わたしは笑みを深めていた。手にしたロールパンは艶々で綺麗な焼き色がついている。それを小さく千切りながら口を開いた。
「やっとドレスのデザインが決まったところなの。うちの母とアインハルト家のお母様が選ぶのを手伝ってくれて、何とか決められたわ。でもそれに合わせるお飾りを選ぶのに、また苦労してる」
「あら、お飾りは紫色でしょう?」
「それは、そう……なんだけど」
紫に金色。ノアの色を纏いたいとそう願って、お飾りの色だけは決まっている。
でも改めてそれを問われると何だか恥ずかしくなってしまって、わたしはパンを口に押し込んだ。
そんなわたしを見てウェンディが朗らかに笑う。いつもと同じようなのに、やっぱり少し違う表情。幸せが形を成しているようなそんな笑みに、わたしの心も弾んでいくようだった。
もやもやと掬っていた不安は、どこかに消えていった。
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