これより僕の英雄譚を配信する

孔明ノワナ

第1話 この世界では星が降る


「やっほーこちらアルメリア。今日はこれから『大冥道』の冒険を配信するから、みんな是非見ていってね!」


――と。


 やや薄暗い闇の中、一人の少年が一匹の「蝶」に向け、笑顔で手を振っていた。誰と顔を合わせる訳でもなく、それは独り言にしか見て取れない。

 彼は一体誰に向けて名乗ったのか、そして「みんな」とは誰を指しているのかは全くの不明である。


「や、変なタイミングで配信始めてごめんね。『霊蝶』とリンクし損ねてたみたいでさ」


 それはまるで「蝶」の向こうに、誰かの視線を感じているような態度。立ち振る舞いも表情も、何者かに対して意識しているとしか思えなかった。


 桃色の髪を一つに纏めた、やや小柄に分類される体格の少年だ。中性的な雰囲気を持つせいか、髪を下ろせば少女と勘違いされても不思議ではない容姿が特徴である。


【待ってた】

【こんばんわ】

【お疲れー】


 ふと光の文字として、複数の人物と思われる返事が現れた。光の文字を映し出しているのは「蝶」であったが、しかしそこにはしっかりとした人間味を含む。


 それを読んだアルメリアは、しっかりと自分の声が届いていることに安心したように微笑んだ。


「まず皆に聞きたいんだけど、僕は今どこにいると思う?」


 そのセリフを聞いて「霊蝶」の向こうにいる彼らが連想するのは、配信の開幕でありがちな「私たちは今回、何処に来ているでしょうか!」という冒頭会話である。


 旅の様子を映す配信者であれば良くある光景で、何ら不思議なことでは無かった。

 しかしアルメリアの場合は特定の場所での配信をメインとする為、この質問を用いる配信者としては適していないのだ。


 故に視聴者たちの脳裏に浮かぶのはクエスチョン。


 何故アルメリアがこんな質問を?

 何か言葉に裏でもあるのか?

 そもそも一言目に「『大冥道』の冒険を配信する」と言っていなかったか?


 などなど、と。


 通常の流れであれば、「実は〇〇に来ていまーす!」と続きそうなものであるが――


【どしたいきなり】

【クイズ?】

【何かのゲームか?】


「いや、普通に迷子になっちゃって。僕は今どこにいるの?」


【何しとんねん】


「マジでここ何処どこなの?」


【知らねぇよ】


 アルメリアは膝を付き半泣きになりながら、視聴者に向けて助けを求める。


「誰か有識者ぁぁぁぁあ!!!」


 暗い洞窟の中で、彼の叫び声だけが響き渡っていた。





☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡






 この世界では、毎晩地上に星が降る。

 その日15の誕生日を迎えた人の数だけ、空は光に照らされるのだ。


――神雫シーダ


 それがその星屑の正体である。


 曰く神の能力の欠片だと言われるそれは、古来より僕らの頭上に降り注ぎ、特別な能力を授けてくれた。


「へぇ。アルメリアさん、今日が十五の誕生日なんですか」


「はい、実は。もう今から楽しみで楽しみで」


 僕はニヤつきをどうにか抑えながら、目の前に立つ行商人の男に言葉を返す。

 

 此処ここは僕の暮らしている、カタリベという名の小さな村だ。その小ささに比例して住民の数も少なく、辺りには僕と行商人さん以外に人は見当たらない。


 僕の返事を聞いた行商人さんは、微笑ましそうに口を開く。


「楽しみですよねぇ、分かります。そんなアルメリアさんに、俺から一つアドバイスをあげましょう」


 と、行商人さんは一本の指を立てる。


「アドバイスですか?」


「ええ。迷信紛いの話ではありますが――『なりたい自分を想像しなさい』と。人生の中で授かる神雫シーダは一つだけではありませんが、しかし十五の日に得る神雫シーダは当人の人生を導く特別なものだと言われています」


「……へぇ」


「将来の夢、希望……もしもそういったものがあるのなら、神様に伝わるように祈ってみてはどうでしょう?……本当に意味があるかは分かりませんけどね」


 そう言うと、行商人さんは小さく笑った。


 僕自身も既に一つの神雫シーダを持ってはいるが、今日授かるそれはまた別の意味を持つということなのだろう。


「アルメリアさんには夢、何かあります?」


「モテたいですね」

 

「凄いストレート。真顔やめてくれません?」


 つい反射的に答えを返してしまったが、別に嘘ではないしまぁ良いか、と僕。


「……変な雫と出会わないでくださいよね、ホントに。犯罪に使えるものもあるんですから」


「分かってますよ。僕は生粋の善人なんで大丈夫ですって」


 僕は赤色に染まる空を見上げる。


 神雫シーダが降り注ぐのは日が落ちてからである為、今すぐに何かが起こるなんてことは無いけれど、やはり逸る気持ちばかりはどうしようもなかった。


「あ、ところでこの野菜をあそこの倉庫まで運んどいて貰えます?」


「いやさり気なく仕事を押し付けないで貰えます?」

 

「はは、良いじゃないですか少し運ぶくらい。野菜運べる男はモテますよ」


「な訳あるか」


 と一度は断るが、しかし何やかんやで引き受けることに。


 断りきれない己を呪いつつも、特に用事もない今であれば無理に断る必要も無いかと、どうにか自分を納得させる。

 僕はほろに包まれた竜車の中を覗き込み、幾つも並んだ荷物に目をやった。


 運べと言われた野菜箱自体は既に外へと出されていたが、どうせアレもコレもと言われるのは目に見えていたので、僕は取り敢えず一通りを確認することにしたのだ。


 竜車に括り付けられた地竜は大人しく伏せており、荷台を揺らす様子はない。

 普段は逞しい四足で堂々たる姿を見せてくれるのだが、今ばかりは荷台を後ろから覗く僕に向けて、巨大なお尻を下ろしていた。


 その岩肌のように頑丈な肌は戦時となれば心強いけれど、抱き心地に関しては好き嫌いが分かれるらしい。

 僕は割りと好みなのだが、友人の女の子は苦手そうにしていたのでそういうことなのだろう。


「……で、それ以外にはどれ持ってけば良いんですか?そっちの箱も?」


「いえ、これは別の村に持っていくものですからご心配なく」


 僕は外に置かれた荷箱と似たような見た目の物を指差しつつ問うが、どうやら杞憂であったらしい。

 この時点で、僕に運ばせるつもりの荷物はそこまで多くないのかもしれないな、と感じ始める。


 しかし多種多様な物品を見る中で、それぞれの正体が気になった僕は、ついでとばかりに聞いてみることにした。


「そのやけに厳重な包みは?」


「少し高価な品が入っております。都まで運ぶものでして」


 これは触らない方が良さそう。


「……ふーん。その紙袋は?」


「魔獣の飼育に使う飼料ですねぇ。強力な魔獣を育てるには欠かせない、テイマー御用達の商品ですよ。この村に売る物ではありませんが」


 確かにこの村にテイマーなんて人は居ない。

 需要が無いのは事実である。


「なるほど。じゃあそのの檻は?」


「それは魔獣を閉じ込めるための檻です。とても頑丈に作られておりまして、今は小鬼ゴブリンを中に入れております。非常に知性の高い個体だとかで、ある方に輸送を頼まれ、て……。…………ん?」


「え?」


 小鬼ゴブリン小鬼ゴブリンと言ったのかこの男。


 彼のその呆然としたアホ面を見れば、何を考えているなど一瞬で分かった。


「……。小鬼ゴブリン、入ってたんですか」


「……入ってた、筈なんですけどねぇ」


 沈黙。


 この檻がどれだけ頑丈なのかは知らないが、取り敢えず扉は開いていた。

 透明な小鬼ゴブリンなんて聞いたことないし、普通に考えれば答えは一つ。


「……逃がした?小鬼ゴブリン逃がしたんですか?この平穏な村に小鬼ゴブリンを?」


「……………はい」


 ひゅう、と風が吹いた。

 絶望の匂いが鼻につく。


 ほんの一瞬、空気が凍りつくのが分かった。


「さぁアルメリアさん、ボケっとしてる場合ではありませんよ!急いで探しましょう!」


「誰のせいだと思ってんの!?」


 こんな言い合いをしている場合でもないのだが、しかし言わねば心が持たなかった気もする。


 僕は慌てながらも、周囲に意識を飛ばし耳を澄ませた。村の中で小鬼ゴブリンが現れたとなれば、騒ぎ立てるのが普通である。


 すると直後、少し離れた所から、小鬼ゴブリンの位置が分かる叫び声が僕に届いた。


『あれ、見慣れない顔ですね。もしかして旅人の方ですか――って小鬼ゴブリン!?』


 それはレナリーという名の少女の声。


 麻栗色のくせっ毛を肩まで伸ばした、奇抜すぎる性格が特徴の女の子である。泣き顔なんて一度も見たことがなく、そしてそんな顔を想像も出来ないくらいには活発な性格をしている友人だ。


 僕は慌てて駆け出す。


「くっ、……あ、ちょ、ちょっとこっち来ないでくださいっ!さては私を犯すつもりですか!?」


「だぁぁぁっしゃぁ!!!!(ドロップキック)」


「グゲェ!?!?」


 僕の渾身の一撃で、小鬼ゴブリンは二度のバウンドを繰り返して吹き飛んでいった。渾身の全力疾走により、どうにか取り敢えずのレナの無事を確保することに成功。


 しかし必死の形相で駆け抜けた僕とは違い、当人である筈のレナは今まさに小鬼ゴブリンに襲われそうになっていたとは思えないほどに、余裕そうな雰囲気だった。


「――っていやむしろなんで余裕なの!?レナってばワンチャン死んでたよ!」


「人間死ぬ時は死にますし、犯される時は犯されますよ」


「達観し過ぎでは!?」


 一体どんな経験を積めばそんな軽いノリで死を受け入れられるのだろう、と僕の胸の内にはドン引きめいた感情が生まれていた。


「それにアルが助けてくれると信じてました」


「過剰な信頼止めてよ怖いから」


「むしろ私が死んだらアルのせいです」


「とんでもない責任転嫁だ」


 おかしい、ちゃんと助けたのに追い詰められているのは僕の方とはどういうことなのか。


 謎の口撃にメンタルが震えるが、しかしそれはそれとしてこの小鬼ゴブリンをボコす必要はあるだろう。僕は僕のドロップキックによって倒れ込んだ小鬼ゴブリンに駆け寄って、マウントポジションを奪い取る。


 そして拳を振り下ろした。


「おらぁ!!」


「ギャ!?」


「ふんどぬぁ!!」


「グギッ!?」


 圧倒的有利。

 しかし僕が、若干拳の痛みに顔をしかめた瞬間――


「ギィ!!」


「おごっ!?」


――こいつ、金的を殴りやがった。


 身体の芯に、立つことすらままならない激痛が駆け抜けた。流石に魔獣と言うべきか、相手の子種を奪うことに一切の躊躇がない。


「ア、アル!?」


 聞こえてくるのは、レナの悲痛そうな声。それはレナ自身の身に危険が迫っていた瞬間よりも、遥かに感情の籠った悲鳴だった。


 あぁ己の身よりも僕を気遣ってくれるとは、レナはなんて優しいのだろう。僕は苦痛に身悶えながらも、僕を心配するレナの為にも負けられないと意志を固める。


 そして必死に立ち上がろうと――


「可哀想なアル……っ、まだ童貞なのに」


「ちょ、ちょっと黙ってろ……っ!別に潰れてないし、そもそもなんで知ってるのさ……っ!!」


「私の神雫シーダは『鑑定眼』ですよ?」


 そういえばそんな神雫シーダを手にしていたな、と僕は思い出す。僕よりも数ヶ月だけ早く十五の誕生日を迎えたレナは、早くも神雫シーダを使いこなしているらしかった。


 とはいえ童貞検出はエグすぎるだろ。万能にだって限度があるぞ『鑑定眼』。


「ギギッ!」


 前を見ると、既に立ち上がって此方を睨み付けている小鬼ゴブリンの姿に気づく。

 僕は股間の激痛に耐え切れず、折角手に入れた馬乗り状態という優位性を失った訳だ。今のチャンスで勝負を決めきれなかった事実を悔しく思いつつも、僕はレナを背にして小鬼ゴブリンと目を合わせて向かい合った。


「――ッ」


「ギッ――」


 するとそこにあるのは、思いの外に理知的な瞳だった。

 どういう訳か目の前に立つ小鬼ゴブリンは、野生に生きる魔獣とは思えない程に、溢れんばかりの知性を感じさせてくる。


「こ、こいつ本当に小鬼ゴブリンか?なんか僕よりも頭良さそうな雰囲気してない……?」


「アルの自己評価って凄く的確ですよね。見栄を張らないのは良いことです」


「やかましい」


 遠回しに小鬼ゴブリンよりもバカっぽいと貶されて、僕はシンプルに心を抉られた。

 行商のお兄さんの言っていた、「非常に知性の高い個体」というのは冗談ではなかったらしい。

 

「それにしても、小鬼ゴブリンなのに会話が出来そうな気すらしてきますよ。いやはや何とも恐ろしいポテンシャル」


「流石にそれは無いでしょ」


 と、僕はレナにツッコミを入れはするが、しかして僕も可能性は感じていた。

 瞳だけではなく表情や所作からも、なんとなく普通の小鬼ゴブリンとは違うように思えるのだ。


 そしてその推測は、すぐさま確信に変わる。


「ギッ」


「え?」


「うわぁ……」


 頷いた、ように見えた。


 骨格の問題か僕らのそれよりも遥かにぎこちなく、またその反応が本当に頷きなのかすら定かではなかったが、しかし少なくとも此方の言葉を理解しているのは間違いない。


「……ど、どうします?」


「ど、どうするったって、言葉が通じるとはいえ大人しく檻の中には戻ってくれないでしょ……」


「檻、ですか?」


「あ、うん。あの小鬼ゴブリン、元々あそこの人が檻に入れて連れてきた魔獣なんだよね。ほら、あの家の陰に隠れて応援してる人。あの人が小鬼ゴブリンを逃がした張本人」


「なんて迷惑な」


「ホントにね」


 特にレナなんて命の危険に晒されていた訳だし、苦言を洩らす権利くらいあるだろう。

 なんなら殴り飛ばしたって文句は言われまい。


 僕らが行商のお兄さんを恨めしい瞳で見つめていると、ふと彼が慌て始めた。

 なにやら行商のお兄さんは「前を見ろ」、と必死にジェスチャーを送ってくる。


 何をそんなに焦っているのだろう。

 正面に小鬼ゴブリンが立っていることくらい百も承知だが、はたして小鬼ゴブリン程度にそこまで慌てる必要があるのか。


 しかし訝しみながらも、僕とレナは改めて小鬼ゴブリンの方へと視線を向けることにする。


 すると、そこには――


「「…………え?」」


――とんでもなく巨大化しつつある、小鬼ゴブリンがいた。






☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡






「あーくそ、遠い……。ギリ間に合ったから良いものの、ガレリアから距離あり過ぎんだろこの村……」


 アルメリア達の暮らすカタリベ村に、一人の男が入っていく。


 野犬のように荒々しく、そしてガサツな風貌ではあるが、しかし身なりは整っていた。

 村人が着込む衣服とは異なり、それは先進的で言わば都会的なファッションというものに当てはまる。


「俺の『天気予報』が正しけりゃ、今日この辺りでが降るはずだが。さて、今回は当たるんかねぇ……」


 頭をガシガシと掻きながら、やけに雲の少ない空を見る。 ここ村を訪ねる為に用いた労力に値するだけの、「大当たり」を男は願っていた。


「……派手で配信映えする神雫シーダなら文句無し。頼むぜ、神様」


 所謂、スカウトマン。

 世界に見せつける英雄を探す男である。

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