忘れんぼうのサンタクロース

紅りんご

忘れんぼうのサンタクロース

 男は自宅で外出の準備を整えていた。男の名は仮にS氏とでもしておこう。S氏は勤務先での仕事を終え、そろそろ日付も変わろうかという頃帰宅した。家族のいない家の中は暗かった。

 少し前から、街中に自分の写真が貼り出されるようになり、日中に街を歩くとソワソワして落ち着かない。だから働いているコンビニのシフトを変えてもらい、夜遅くに終わるようにしたのだ。


『やっと、実行に移す時が来たらしい。』


 居間に広げられた地図と荷物を見てニヤリと笑う。計画は万全、一年かけて地図も頭に入れてある。厄介なのは警察だが、その辺りはうまくやるしかない。年明けが近づく今頃はよく冷える。できるだけ着込み、あらかじめ用意しておいた制服を着る。この時の為にクリーニングに出しておいたのだ。

 荷物を肩に背負い、黒い靴を履いて玄関を出る。自分の顔が知られている以上、公共交通機関を使うことはできないし、警察の目を掻い潜る足が必要になる。もちろんそれも用意してある。ガレージに降り、そこに置いてある乗り物に乗る。乗ったS氏に先にいた相棒が目配せする。そして、S氏を乗せ、走り出した。


『ここだ。停めてくれ。』


 しばらく走った後、相棒に伝え、S氏はある豪邸の玄関前に降りた。ここには両親と女の子が1人住んでいる。玄関をノックすると、父親と母親が出てきた。


『ようこそ、いらっしゃいました。』


『寒かったでしょう。どうぞ、お茶です。』


『ありがとうございます。いただきます。』


 紙コップに出されたお茶を飲み、コップは自分のポケットにしまう。少し熱く、舌が痺れてしまった。


『子供部屋は2階です。』


『では、失礼して。』


 S氏は2階に上がると、すやすやと眠る子の姿があった。さすが大きい家だけはあって子どもの部屋だというのに豪華だ。枕元には靴下が置かれ、何かが入れられることを待ち侘びているようだった。


『それではお願いします。』


『分かりました。』


 頭を下げる親に重々しく頷くと、持ってきた白い袋に手を入れ、拳銃を取り出した。それを子どものこめかみに向ける。それを見た親たちは恐怖に震える顔になった。


『な、何をしているんですか!?』


『あ、あなたはサンタクロースじゃないんですか!?』


『あぁ、そうだよ。同じ格好してりゃ今日はどこの家にも入り放題だと思ってな。』


 慌てふためく両親を見てほくそ笑む。やはり計画は上手くいった。12月24日の夜から25の朝まで世界中の子どもたちにプレゼントを届けるサンタクロース。彼が実在すること、子どもなら誰でも信じているだろう。それは大人も同じ。

 どんな人間も家族を持ち、子供が産まれた時、政府からサンタクロースの実在を知らされ、12月24日から25日の朝までの間サンタクロースの格好をした男を家に入れるように指示されるのだ。

 かくいうS氏も昔は家庭を持っていたことがあり、そこでその事実を知った。しかし、何年も前に離婚。一年前強盗事件を起こし、指名手配される身になった。逃走を続ける中、今の相棒である男と出会い、顔を変え、アルバイトを始めて生活を続けてきた。

 だが、生活は困窮しており、その中で今回の計画に至った。一年かけて計画を練り、狙いを定める家の全てを調べ上げた。後は金を巻き上げて外に停めてある相棒の車でトンズラするだけだ。


『おい、さっさと金を用意しろ!!せっかく楽しそうに寝ている子どもを悲しませたくは無いだろう?』


『わ、分かりましたから。早く娘から離れてください。』


『き、金庫は私の部屋です。』


 怯える両親に銃を突き付けながら、父親の部屋へと入る。書斎のような場所で中央には消えている暖炉があり、煙突が上に伸びていた。金庫を探すが、目につくような場所にはない。


『おい、どこに隠している。早く出せ。』


『あ、あそこのクローゼットの中です。』


 言われてみれば、鍵のついた大きなクローゼットがポツンと置かれていた。隠し場所としては妙な気もするが、余程用心深いということなのだろう。

 鍵を開けさせ、クローゼットの中を覗く。中は薄暗くてよく見えないが、少なくとも金庫は見当たらなかった。


『おい、何も入ってない……。』


 それ以上を口にする事は出来なかった。凄い力でクローゼットの中に押し込められたからだ。同時に鍵も掛けられる。前から準備していたかのような洗練された動きだった。


『おい!開けろ!!ここからだせ!!』


 扉の向こうから笑い声が聞こえる。何度も叩くが、頑丈に出来ており、びくともしない。


『おい、いいのか?拳銃を撃つぞ。』


 扉の向こうがわからない以上、どちらもを殺してしまうのは避けたい。金庫の番号を知ることが出来なければ元も子もないのだ。質問に答えた方を殺し、その後に鍵を壊す。それがこれからすべきことだ。

しかし、俺の耳に届いたのはせせら笑う2人の声だった。


『撃てるんだったら、撃ってみたらいい。』


『あなたが睡眠薬を持っていて助かったわ。』


 手先が震え、瞼が落ちてくる。お茶だ。家に入ったときに警戒せずに飲んだお茶に睡眠薬を入れられていたというわけか。だが、何故? それはS氏の目が暗闇に慣れてくると明らかになった。


『……サンタクロース?』


 赤い服を着て帽子を被った老人がそこに座っていた。いや、座らされている、の方が正しいかもしれない。その赤さは服だけから来るものではなく、S氏の足元にまで流れる血がその理由を象徴していた。冷たいその身体は既に息をせず。死んでいるのだ、サンタクロースは。

 身体がだんだん言うことを聞かなくなってくる。わずかに残る意識が2人の会話を捉える。


『ようやく、大人しくなったわね。驚いたかしらあの人。』


『そりゃ、驚いただろうさ。自分が変装した当人が既に死んでいるんだから。』


『それにしてもあなた。強盗だと思って咄嗟に殴っちゃったのがサンタクロースだった時はどうしようかと思ったわ。』


『仕方ないさ。君が顔を合わせた時は煤汚れてよく分からなかったんだろ?去年まではあの人玄関から入ってきたじゃないか。まさか今年だけ律儀に煙突から入ってくるとね。』


『最近の子供たちがサンタクロースの存在を疑い始めているからかしら。まぁでも、これで心配いらないわね。警察にはこの強盗がサンタを殺し、私たちを脅したけれど上手く懐柔して眠らせたって言えばいいんだから。』


 ふざけるな。と言いたかったがもうそれも難しい。この夫婦にとってS氏は飛んで火に入る夏の虫、いや冬の虫だろうか。いくら顔を変えていても指名手配犯。この夫婦には罪をなすりつけられただけでは無く、賞金まで振り込まれるかもしれない。クッソたれ、何が聖夜だ。最悪の一日じゃないか。


『今日は最高の一日だ。これこそ私達へのクリスマスプレゼントだね。』


『ええ、乾杯しましょうか。』


 星降る空に駆けるソリは無く、彼を待つ子供達が枕元を見て泣き始める時にはまだ早い。だが、明けない夜はない。この日プレゼントを配り忘れた彼のあだ名は─────

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