第10話
ひと月ほど暮らしている新しい家にも少しずつ慣れてきたから、折角だしルームツアーをしてみようと思う。
まずわたし達が住んでいるこの建物の紹介から。
地下五階建て、地上三十二階&屋上の地上約120mもの高さを誇る空の宮駅正面に建つこのビルは、天寿の関連企業が手掛ける駅前再開発の一環として建設されて去年完成したばかりの真新しいもの。
駅の真正面だけあって地下街が繋がっているらしいけどわたしは通ったことがない。
地下と地上五階まではブティックや高級ブランドが立ち並び、近隣にある歴史あるデパートが別館として入居しているらしい。
六階から十九階まで天寿関連のオフィス、二十階から三十二階までレジデンスとなっているらしい。
伝聞になってしまうのは、わたしが前に波奈さんから聞いた話をそのまま言っているだけだからだ。
高級ブランドには縁がないし、オフィスは論外。レジデンスの他のフロアにも特に関心はないから知らなくても困らないだろう。
空の宮駅の規模が縮小されてできた土地のため横長な建物の一階、裏通りからアクセスする緑あふれる敷地を通って入る住民専用のエントランスがある。もちろん表のブティックエリアからも専用の入口からカードキーを使えば直接入れる。
二十四時間常駐しているコンシェルジュ兼受付の脇のエレベーターから通常のレジデンスフロアへ向かえるが、わたし達の暮らす三十二階、つまりペントハウスへはエントランスから更に扉一枚隔てたロビーを経由して直通エレベーターに乗って向かう。
ペントハウス住民専属の上級コンシェルジュがいるけれど、住民がわたし、麗と波奈さん、結唯さんの四人しか居ないから暇なんじゃないかなって勝手に想像している。
上に行くほど細くなる構造の建物だけどペントハウスは四室しかないためそれぞれの部屋がとても大きい。
エレベーターホールの先にはほんの小さな会議室程度しか共用の廊下はない。
廊下に面した部屋の扉は大きくて重厚感のある立派な木製のもの。一見とてつもなく重そうに見えるけど軽い力で開く。
一度ノックしたことがあるけどちゃんと本物の高級木材を使っているのか純粋に金具がしっかりしてるのかなと思ったり。
玄関とウォークインのシューズクロークだけでビジネスホテルの一部屋くらいありそうな広さ。お店が開けるくらいの数の靴を入れられそうだけど、わたしは撮影の後で頂いた十数足しかもってないから麗のも合わせても二十段くらいあるうちの三段も埋まらない。
玄関から直角に通路が伸びていて、左側から三つの寝室といくつかの小部屋(と言っても二十平米くらいある)が並んでいて、防音室とダンスルームもこの並びにある。
一番突き当り、建物の角にあたる部分に百五十平米くらいのリビングがあり大きなアイランドキッチンがある。
わたし達はあんまり料理をしないから分からないけどお手伝いさんが色々な調理器具を持ち込んでいるから、それなりの広さがあるけど全体がきちんと活用されていた。
リビングはL字型になっていて大きなダイニングテーブルがあるキッチン側とテレビやソファーがある側に分かれてて、わたしたちは用途によって使い分けていた。ちなみに天井からスクリーンを出せばホームシアターにもなる。
角部屋と言っても壁はゆるいカーブを描いているから開放感はものすごい。
大理石のフローリングは暖かみのある内装とうまい具合にマッチしていいアクセントになっている。
防音室には麗が使う楽器とか歌の練習をするためのマイクと音響機器が置いてある。
ダンスルームは壁の一面が鏡で、その反対側にはバレエ用なのか手すりがついていたりして色々なことができる環境が整っていた。
わたし達の部屋は少しずつ広さは違うけど四十平米くらいあって、キングサイズのベッドを置いて勉強机とか大きな本棚とかを入れても余裕があるから、色々な物を置けそう。
麗なんかはお気に入りのギターを飾れるって言って喜んでいた。
それぞれの部屋にあるバスルームからは外の様子が見れるようになっていて、最初はあまりの高さにびっくりしていたけど段々慣れてきた。
洗面所も広々していてメイク道具もたくさん並べておけて便利なのは嬉しいポイント。
わたし達の部屋やリビングを囲むようにぐるっと存在するウッドデッキのテラスには端の方に自動開閉屋根付きのジャグジーもあるし、その気になればバスケをできそうな広さがある。
ここには寝椅子とミニテーブルを置いて日光浴や星空観察もできるようにしているけどまだ少し肌寒い季節だ。
東京と比べて街の規模が小さいからなのかは分からないけど、星はとっても綺麗に見える。
ここからは街中が見渡せるし、夜になると光の海が浮かび上がって素敵な夜景を見ることができるけど、正直カーテン閉めちゃうからあまり見ていない。
けどジャグジーに入ってのんびりするときは屋根を明けて星を見ながらゆっくり過ごすという趣味を新しく見出した。
裸でアツアツのお湯に浸かりながら、フチに頭を乗せて身体から力を抜いて空を見上げる。
たまに浴槽から出て火照った身体を冷やしつつ。
ただただ頭を空っぽにして星を眺めることで心が落ち着いてくる。
名前も知らない明暗さまざまな星々に想いを馳せる。
……現実逃避の一環であることは自認しているけれど、心が荒んだときとか、わたしを思い出したいときによくやっている。
最近、わたしと『わたし』とは何か分からなくなってきた気がしてならないから。
まだあの時の麗の言葉が頭をよぎる。
時間が経てば忘れて、勝手に解決するだろうと思っていた。
けれど考えずにはいられなくて、余計よく分からなくなるし心のうちのモヤモヤが大きくなってきていた。
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