kara

 

 俺は物心ついた頃から1人ぼっちだった。

 ふと気づくと、1人でいたのだ。親とか兄弟とかいうものは見た事も聞いた事もない。俺は街をさまよいうろついて、残飯や落ちているもので空腹をしのいでいた。

 ある日、施設とかいう所に連れて行かれ、俺はそこで生活するようになった。雨風はしのげるようになったが、状況は前とそれほど変わらなかった。

 俺と同じように目だけ大きくてガリガリにやせた奴らがたくさんいて、みんないつも腹がへっていた。

 食事は日に3度あるかないかで、それも固いパンが少しと水といったような具合だった。それでもそこで何とか暮らしていたら、ある日俺を引き取りたいという変わった人物が現れた。

 これといった特徴のない、メガネをかけたサラリーマンで、子供を1人でも減らしたい施設は大して調べもせずに喜んで俺を手放した。

 その人は「子供がいないから、君を引き取ったんだよ。これからは私たちが家族だ。」と言ってくれた。

 けれど、優しかったのは最初のうちだけで、だんだんと俺を育てるのがめんどうになってきたらしく1日中放っておかれるようになった。

 俺は別にそれでもよかった。ただ、男は何かイヤな事や気に入らない事があると、手を上げるようになった。

 初めは俺がコップの水をうっかりこぼしてしまい、茫然としているとパシ、とかるく頬を叩かれた。

「悪いことをしたら謝りなさい」

 男は言った。

「…ごめんなさい」

と俺はあやまった。

 その時はそれだけで済んだが、体罰はどんどんエスカレートしていった。

 ある時なんか夜になって俺が寝ていると、遅くに男が帰ってくるなり部屋に入ってきて、布団の中から俺を引きずり出し有無を言わせず家の外へ放り出した。

 俺はドアをドンドンと叩いたが、男は

「うるさい! 静かにしろ!」と怒鳴るだけだった。

 その日はすごく寒くて、じっとしていると凍えてしまいそうだった。ふるえる体を抱きしめながら、家の横にある倉庫に入って毛布がないか探し、ぼろきれにくるまって夜をすごした。


 そんな感じで俺と男の仲は険悪になっていった。

 彼には妻もいた。やはり最初は優しかったが、男の態度が悪くなるにつれて彼に追従するようになった。

 俺の味方は誰もいなかった。でも、それでもかまわなかった。前とそんなに変わったわけじゃない、そう自分に言い聞かせた。


 その夜も俺は何かヘマをして男にボコボコに殴られ、痛む顔を冷やしながらうとうとと眠りに入っていた。すると、ふと誰かが外で呼んでいるような気がして目がさめる。

「……?」

 俺は起きあがって窓の方を見た。と、コン、と石がガラスにあたる。

 近づいて外を見ると下に誰かがいて手招きをしていた。

 一体誰だろう……上着をはおってこっそりと外に出る。

 

 待っていた人物は、見た事のない青年だった。(といっても20歳前後くらいだったろうか)

「だれ……?」

 聞いても何も答えず、ただわらっている。

「何か用……?」

 俺は警戒を強めながら再び問う。と、彼が俺の後ろを指さした。

「君の願いはかなったよ」


 何を言っているのだろう……と、後ろから突然 ゴウ!と熱い風が吹き荒れる。

 思わずふり返ると、さっき出てきた家から炎が吹き出し、家全体を包もうとしていた。


「な……」

 俺は言葉を失ってその光景に釘づけになる。

 唖然としている俺の後ろから、彼が近寄って耳元でささやいた。

「君は彼らから虐待されていただろう? その顔の痕からも一目瞭然だ。僕は君を助けに来たんだよ。」

「これで君を傷つける者はいなくなった。よかったね」

 そう言うとほほえみながら夜の闇へと消えていった。

 俺は茫然としながら、消防車や救急車のサイレンの音を他人事のように聞いていた。


―――――――俺はそれから病院へ運ばれて、無傷だったが大事をとって何日か入院した。その間に何度か刑事が事情を聞きに来た。その人達から聞いたのだが、養親は2階で寝ていたので2人とも煙に巻かれて助からなかったようだ。

 俺はその日あった事をそのまま話した。けれど、あの青年の事はなんとなく言わなかった。

 もし話したら彼が捕まるんじゃないかと思ったからだ。

 冗談じゃない…! 俺の家と養親を奪ったあいつを警察なんかに渡すものか。俺がこの手であいつに復讐してやる。

 俺は心の中でそう誓うと、ぎゅっとこぶしを握りしめた。


 そんな訳で、退院後はまた孤児院へ逆戻りとなった。前とは違う所だったが、どこも似たような感じだった。俺はそこで18歳になるまでじっと耐え、成年に達すると晴れてそこを出た。

 俺はどうしてもあいつに仕返しをしたかった。それ以外はどうでもよかったから、仕事も施設が紹介してくれた車の整備工場に言われるまま面接を行ってそこに就職した。

 仕事はわりときつかったが、体力はあったしビルの中で働くよりも体を動かしている方が性に合っていた。

 休みの日はあいつの情報がないか探し回っていた。季節が過ぎ、空気が乾燥するころになると自然と火事もふえた。おれはそういった事件を1件1件調べてあいつが関わってそうなものは現場に行って手がかりがないか調べてみた。

 ある日、日が沈んで辺りが暗くなった頃 近所で消防車のサイレンが聞こえてきた。俺はなんとなくピンときて、自転車に乗って車を追った。急いだが先へ行ってしまい、方向が分からなくなってきょろきょろしていると、右手に煙が上がっているのが見えたのでそちらへ進んだ。

 まもなくその方向の空が明るくなり、角を曲がるとゴウゴウと燃えさかる家が目に飛びこんでくる。すでに炎に飲みこまれ、辺りを明るく照らし、肌に熱気が伝わってきた。


「……」

 俺はその光景に圧倒され、しばらくの間立ちつくす。周りには大勢の野次馬がいて、消防士達もせわしなく走り回っていた。

「これだけ燃えていると、中に人がいても助からないかもねえ」などという声がどこからか聞こえてくる。俺は唇を噛みしめた。

 と、かすかに笑い声が聞こえたような気がした。

 ふりむくと、俺より10歳くらい年上に見える男が口元をゆるめながら燃えている家を見つめている。


 ……どこかで見た事があるような……

 俺は彼をじっと見つめる。と、視線に気づいた彼がこちらを見てふい、と横をむいて雑踏の中へ消えていこうとした。


 ……あいつは、もしかして。俺はある事に気づく。

 あの日見た青年にどことなく似ている気がしたのだ。

 俺は自転車を空き地に置いて、彼の後をつけ始めた。

 しばらく青年の後を追っていると、やがて大きな洋館が見えてくる。

 中にそのまま入るかと思ったら、ふと立ち止まってそのままの姿勢で彼は口を開いた。

「……何か僕に聞きたい事でもあるのかい?」

 ……つけられているのに気づいていたか。俺は内心驚くが、隠れていてもしょうがないので彼の前に姿を現す。


「……俺たち、前に会った事がありませんか?」

 それを聞いて彼はまじまじとこちらを見つめた。

「……よく覚えていないけど……」

「そうですか。」

 俺は息を吸う。

「……もしかして、あなたが火をつけたんですか?」

「……何の事?」

「…いや、何でもないです」


 彼はしばらくの間沈黙していたが、ふうと息をつくと

「まあ、お茶でもどうだい」

と俺を家の中に招き入れようとした。

 俺は少し迷ったが、ままよとその館に足を踏みいれた。


* * *


「温かいものが飲みたくなる季節になってきたね」

と、彼はティーカップの紅茶を一口飲んだ。俺の前にも同じものが置いてある。

 俺は毒でも入っているんじゃないかと少し警戒していたが、彼が飲んでいるのを見て、少しだけ口をつけた。

 あたたかさが体の中に染み入ってじんわりする。

「そうですね……」

 ちょっとだけ気が緩む。

 と、彼が

「さっきの質問なんだけど、どうしてそう思ったの?」

と聞いてきた。


「……前に似たような状況であなたを見かけたような気がしたので…」「それと、あの家には子供がいたみたいで救急車で運ばれて行ったから」

「よく見ているんだね。……そうだよ。あの子は親に虐待されていたんだ。だから助けてあげたのさ」

「街を歩いていると、ときおり見かけるんだよ。体にやたら痣やケガをしている子やビクビクしている子、やけにサイズが合ってない服を着ていたり、男の子でも髪が長い子とか。

 そういう子たちを調べて、もし助けを求めていたら応えてあげるんだ。」

「……ふうん」

 はらわたが煮えくり返りそうだ。そうやって俺の家族を奪ったのか。

 そしらぬふりをして

「すごい事をしているんですね」と感心したような態度をとる。

「まあ、あまり人には言えないけれど……君には僕と同じような匂いを感じたから」

「そうですか」

 肯定とも否定ともとれるような返事をする。


「……よかったら、また来てもいいですか。家も近いみたいなので」

 そう言うと、青年は

「うれしいな。友人がほとんどいないから、歓迎するよ」

とにっこり笑った。

「そういえば、」別れぎわに俺は聞く。

「名前、何て言うんですか」

「何でもいいよ」彼は言う。

「友でもいいや。トモだとそのままだからユウにしようか。……君は?」

「サイ、です。災難の災」

「かっこいいね。じゃあサイと呼ぶよ。よろしく」


* * *


 それから何度か会ううちに、だんだんと彼は打ち解けてきて、そのうち彼の仕事(?)を手伝うようになった。

 子供の家を燃やすのは心苦しかったので情報を集めたりするのはきちんとやったが、実行に移す時は気づかれない程度にこっそりと邪魔をした。それでもやはり彼は遂行してしまうので大して意味はなかったが。


 そんなある日、夜も暮れてからユウの家にふらりと遊びに行くと、彼は珍しくソファで眠りこんでいた。


 ……チャンスだ。

 俺はそっと呼気をたしかめると、気づかれないように静かにキッチンへ行って包丁を取り出し、戻ってきて両手でそれを握りしめると、彼の胸へ思いきり突き立てる。

 ユウはカッと目を見開き、血をゴフッと吐いた。

 何が起こったのか分からないような顔で茫然としていたが、自分の胸に刺さっている刃物を見つめた後、辺りを見回して俺がいるのに気づく。


「……サイ……?」

 俺は血に濡れて震える手をおさえつつ、倉庫部屋から灯油を持ちだして辺りに撒く。

 そして、いつも持ち歩いているマッチ箱を取り出してシュッと擦り、それを床に落とした。


 ボウッ、とたちまち部屋に火の手があがる。

「…サイ……なんで…」

 彼は呆然とした表情で俺を見ている。


「10年前も、お前はある家に火をつけて男の子を助けただろう。……あれは俺だ」

 俺は奴に言う。

「ずっとお前を探していた。お前を燃やすために」


「……」「ハ…ハハ……」

 彼は笑いだす。

「何がおかしい」

 俺は尋ねる。

「まだ分からないのかい? ……僕は君の幻だよ。」


 俺はあっけに取られる。

 ……こいつは何を言っている…?


「君が養親を憎んで、でも良心にさいなまれて僕という別の人格を生みだしたのさ。そして彼らを殺した」

 そう言うとまた高笑いをはじめる。

「嘘だ……!! お前はそこにいるじゃないか…!」

と言っているうちに彼はみるみるうちに形をなくし、炎だけになってしまう。


 そんな…… そんな馬鹿な……

 ユウは俺なのか……?


 動揺して後ずさり、そばにあった灯油のポリタンクを倒してしまう。

 残っていた中身がこぼれて火の勢いがますます強くなり、俺にも火がついた。両手を見るともう燃え始めている。

「……はは……」

 俺は嘲笑わらいはじめる。


 ……そうだ。あの夜、俺はガスの栓をひねりマッチに火をつけて台所を燃やし、外に出てきたんだ。そして親を殺した……


 笑いが止まらない。俺は嬉しくてたまらなかった。なぜかって?

 ずっと復讐を誓ってきた奴が今まさに死にそうになっているんだ。もうすぐそいつは跡形もなく消えてしまうだろう。やっと積年の恨みが晴れるんだ。

 俺は最高の気分になる。


 ……そうか。俺の名前には「火」の字が入っていた。だから文字通り火になって消えるんだな。


 俺は妙に納得しながら、思考も何もかも全てを炎に包みこまれて意識を無くしていった。



[了]

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kara @sorakara1

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