第63話 忍び寄る黒い巨影5
ここで隠れているわけにも、いかないからな。早くみんなを探さねぇと。
倉庫から出ては、敷地内の捜索へ。
大神製紙工場には、数多くの建物が存在する。従業員の宿舎と思われる平屋から、作業道具や荷物が置かれるコンテナハウス。他にも大型設備が配置されるカマボコ型の倉庫に、事業所となっている高層の建物。
人を探すなら、高い所の方が良いよな。
目の前に現れたのは、大神製紙工場の象徴。モクモクと煙を排出していたという、大きく高い三本の煙突。
煙突を上るわけには行かないし。次に高い建物は、あれか。
数ある建物の中から、事業所だろう場所へ行く決断。
煙突を除けば、事業所の建物は高い。一階建てと二階建てが多い敷地内で、五階建ては頭一つ抜けているだろう。
凄い量の木だな。
事業所に向かう途中で、目の前に現れたのは木屑の山。製造過程の途中で排出されたのだろう。木特有の独特な匂いは、今も周囲に漂っている。
「ん!? ……んんっ!!」
木屑の山を眺めていると、背後から何者かに口を塞がれた。突然の事に驚くも、そのまま建物の影まで引き寄せられていく。
「しっー! あそこを見て!」
顔を傾けて確認すると、そこにいたのはハルノ。見ろと訴えているのは、木屑が積まれる山の先。
言われるがまま注視すると、地面を這いずる屍怪の姿。下半身ないなど欠損ある者を含め、十体以上と相当数を確認できた。
「……んんっ!!」
言いたい事は理解できるも、未だに口を塞がれたまま。鼻呼吸のみとなっては息苦しく、腕を叩いて解放を求める。
「ぶはぁ! 屍怪がいるはわかったけど。早く手を離せよ! 苦しいだろ!」
「そうじゃないわよ! ほら! あそこ!」
解放に際して苦言を呈すも、ハルノが訴えていた本質は別のようだ。
指先を追って再び注視すると、そこには黒き毛皮のヒグマ。転がる屍怪に牙を突き立て、バリバリと咀嚼音を響かせている。
「あれってきっと、屍怪を食べているわよね?」
驚愕するハルノの言う通り、ヒグマは屍怪を食べていた。
食べられる最中も、動き続ける屍怪たち。中には最期の抵抗を見せ、ヒグマに噛み付く姿も見える。
「ってことはあの熊も、感染しているよな?」
「可能性は高いわね」
ハルノと事態を見つめる中も、ヒグマは動じず屍怪を食べ続けている。人間に感染するのは周知の事ながら、他の生物に感染しないという保障はない。
噛まれた上に、食うという所業。ヒグマが感染するに、十分な状況であった。
「蓮夜もみんなを探していたんでしょ? もしかして先にある、高い建物を目指してた?」
問うハルノの視線の先にあるのは、五階建ての事業所。
「ああ。高い所の方が、いろいろと見渡せるだろ」
「相変わらず単純よね。蓮夜ならそう動くと思っていたわ」
自信満々に言うハルノの話によると、最初のターゲットは自身に絞られていたらしい。
事業所へ向かう、道中での合流。思考パターンと行動パターンを読み、来ると結論しての移動ということだ。
「とりあえず先へ行きましょうか。熊に見つかったら、面白くないもの」
ハルノの提案を受け、瞬時に移動を開始。ヒグマに見つからないよう迂回し、事業所となる五階建ての建物を目指す。
「開かないな」
到着してはドアノブを回すも、施錠されており扉は開かない。
「こっちも無理そうね」
ハルノは窓を確認しているようだが、どうやら入ることは難しいようだ。
「歩いて探すしかないみたいね。時間もかかりそうだし、手分けして探しましょうか」
ハルノが提案したのは、個々に分かれての捜索。
「大丈夫かよ? 敷地内には、熊に屍怪。どっちも徘徊しているんだぞ」
大神製紙工場には脅威がおり、危険であるのは明白。それ故に個々で動けば、リスクは著しく増加。
しかしみんなを探すに、手分けは有効な手段。一長一短の選択であった。
「なぁに? 心配してくれているの? 私なら大丈夫よ! 敷地内に長く留まり続けるほうが、間違いなく危険よ。早くみんなを見つけて、脱出をしましょう」
ハルノは笑顔を見せ、余裕ある素振りだった。窮地においても怯みなき対応は、実に心強いものである。
「わかった。なら合流する場所を決めようぜ。江別を抜けるためには、橋を通らないとダメだろ。敷地内が危ないって話なら、橋を集合場所にするのはどうだ?」
大神製紙工場の隣に、橋は位置する。近くてリスクも軽減できるとなれば、適当な場所と考えての提案だ。
「問題ないわ。時計がないから体感になるけど。見つからなくても、三十分程度で合流しましょう」
ハルノの提案を受諾し、逸れた仲間たちを探しに動く。
敷地内にはヒグマに屍怪と言う、二つの脅威が存在している。逸れた仲間たちを探すに、迅速な行動が求められていた。
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