第62話 忍び寄る黒い巨影4

「なんでこんな所に、熊がいるのよっ!?」


 通常いるはずない熊という存在に、ハルノは混乱しつつ疑問を呈す。 

 北海道は自然が多く、熊の出現も偶にある。それでも街中の道路を堂々と走り、襲ってくるなど聞かない話であった。


「いいから急げっ! 追いつかれるぞっ!」


 北海道に生息する熊は、ヒグマ一種。本州以下に生息するツキノワグマと比較し、体長は大きく体重も重い。

 体長は二メートルを超え、体重も二百キロ以上。平均以上の個体報告も多数ある、日本最大の陸上動物である。


「超絶に速いじゃん!!」

「車並みだよっ!!」


 驚く啓太と彩加の話す通り、ヒグマの走る速度は時速五十キロ以上。車と比較して、いい勝負である。

 これに対して人間の走る速度は、時速十六キロ程度だと言われる。スピード勝負で勝てないのは、火を見るよりも明らかであった。


「早く小屋に入れっ!」


 勝てぬ勝負を挑むわけにも行かず、大神製紙工場の守衛小屋へ退避。

 コンクリート造りの守衛小屋。空間的には広くないものの、六人全員が入っても多少の余裕はあるレベル。床には割れた陶器のカップに、受付表の紙が散乱。机には血に汚れたパソコンが残され、一騒動あったのは明確だった。


「グルルルル……」


 守衛小屋に到着したヒグマは、低い唸り声を発し睨みつけている。鋭い牙を見せヨダレを垂らし、威圧しながらも立ち止まっていた。

 人間と比較しては、体長の大きいヒグマ。その大きな体をもっては、扉を通過できないからだ。


「ざまぁないじゃん! 通れないでやんの!!」


 扉前で動けずいるヒグマに、啓太は歓喜の声を上げていた。

 扉前をウロウロと徘徊し、地面の臭いを嗅ぐヒグマ。どうやら打つ手なく、侵入は叶わないようだ。


「とりあえず良かったわね。これで襲われずに、済みそうだわ」


 窮地から逃れたと確信し、安堵した様子で言うハルノ。

 しかし本当の恐怖は、ここからであった。


「ドスンッ!!」


 ヒグマは守衛小屋に対し、体当たりを始めたのだ。

 助走をつけては巨体を活かし、非常に威力ある体当たり。まさに守衛小屋の全体が、揺れているようだった。


「パラパラパラッ……」


 守衛小屋の頭上に横壁と、崩れ始めるコンクリート。


「マズくないか? これ?」


 繰り返されるヒグマの体当たりにより、壁には大きな亀裂が入り始めていた。


「ドスンッ!!」


 何度となく繰り返される、ヒグマの威力ある体当たり。


「……言ってる場合じゃないわよ」


 ハルノの表情も一転し、深刻そうな表情に。


「ドスンッ!!」


 ヒグマの繰り返される体当たりにより、守衛小屋は崩壊し始めていたのだ。


「逃げるぞっ!!」

「ドガンッ!!」


 警報を発すると同時に、破られた守衛小屋の壁。


「きゃあああああ――――ッ!!」

「うぉわああああ――――ッ!!」


 恐怖と悲鳴が交差する、守衛小屋。ヒグマの侵入を確認すると同時に、大神製紙工場の敷地内へと逃げ込んだ。



 ***



「……ハァハァ」


 落ち着け。大丈夫。今はひとまず、深呼吸だ。


 走って乱れた呼吸を、落ち着かせようと試みる。

 それでも鳴り止まぬ、心臓の鼓動。ヒグマに迫られた恐怖は、体に深く刻まれていた。


 誰も見当たらないな。なんとかして、みんなと合流しねぇと。


 ヒグマに背後を追われたため、逃げるにみんなと逸れてしまった。

 現在地はとある倉庫の搬入口。壁を背に付けてみんなを探すも、誰一人として見つかりはしない。


 屍怪がいる可能性もあるからな。

 熊はもちろんだけど。気をつけないとか。


 近くにヒグマの存在を考慮し、とりあえずは搬入口から倉庫内へ。

 棚に並べられるは、梱包された様々な商品。トイレットペーパーや、ティッシュペーパー。コピー用紙などの紙製品が、所狭しと置かれていた。


 わかってはいたけど。従業員は一人もいないな。


 倉庫の隅に停車するは、先端が二カ所突出する小型のフォークリフト。

 しかし近くに、運転手は不在。それどころか倉庫内には、誰一人としていなかった。


 ん!?


 棚の横をゆっくりと通過する、人影を視認した。

 それは逃げてきた、仲間の可能性。早々に合流できるとなれば、とても喜ばしいことであった。


「良かったぜっ! 無事だったんだな!」


 声をかけて人物は、反応して振り向く。

 グレーの作業服を着た男性。左胸のポケットには、【大神製紙】の文字。大神製紙工場の職員であると、即座に理解できた。


「アアアァァ」


 呻き声を漏らして、近寄ってくる男性。顔の周りは血だらけで、手を伸ばしてくる素振り。それは間違いなく、屍怪と化した者だった。


「マジかよっ!」


 出会い頭の遭遇となっては、回避の暇さえあらず。肩を掴まれては、噛まれぬよう抵抗をする。


「くっ……。離れろよっ!!」


 力の限りで振り解き、壁に背を打つ職員屍怪。屍怪と化した者が相手ならば、相応の対処をしなければならない。


「騒ぎになる前に、早く倒さねぇと!!」


 背負う刀を抜刀して、職員屍怪と向き合う。

 大きな音を立てれば、他の屍怪が寄ってくる可能性。大神製紙工場の敷地内には、ヒグマも徘徊しているのだ。


「ハアッ!!」


 振り上げる刃で右腕を、振り下ろす刃で左腕を飛ばす連撃。職員屍怪の攻撃力を透かさず削いでは、急所である頭に狙いを定める。


「他には……いないようだな」


 頭を貫き倒れた屍怪を横目に、周囲の状況を確認。他に脅威となる存在はなく、近くにいたのは一体のみだったようだ。

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