番外編 南郷剛7

「先生が一人で行く気ですか?」


 話の方向性が決まったところで、問いかけてきたのは男子生徒の田北君。


「校内は危なそうだからね。伊東君を一人で残すわけにもいかないし。みんなは傍に付いてあげてくれ」


 校内には狂人が徘徊している。それに伊東君の体調も心配。

 生徒たちが付いていれば、こちらとしても安心。残る伊東君にとっても、間違いなく心強いだろう。


「わかりました」


 田北君が納得してからは、生徒会室のカーテンを外した。壁を背にして座る伊東君に、体を温められるよう掛けるためだ。

 熱があると指摘してから伊東君は、体を小刻みに震わせ始めた。体調を崩していると、自覚した影響も大きいのだろう。


「先生。やっぱり僕も付いて行きます」


 田北君は揺るがぬ瞳で、同行の意志を主張した。


「校内には、河田先生や狂人。危険な相手が、徘徊しているんだぞ?」


 今の校内は二週間前までの、安全であった場所とは違う。


「わかっています。でも、付き添いに三人も必要ないですよね。何か力になれるかもしれませんし。僕を同行させてください」


 リスクを承知した上で、田北君の主張であった。


「それなら、あたしも行きますっ!」


 次に手を上げたのは、女子生徒の一ノ瀬。

 冷静に物事を考え、判断を下した田北君。対する一ノ瀬は直感や雰囲気に沿う傾向にあり、リスクの理解など不安な点が多かった。


「わかっているのか。一ノ瀬。生徒会室を出れば、狂人に襲われるかもしれないんだぞ」

「そうだよっ! 彩加っ! 危ないよっ!」


 再び説明するリスクに、葛西も引き留めようとしている。


「わかってるよっ! でも、あたしも。みんなの役に立ちたいんですっ!」


 しかし一ノ瀬の発言は力強く、すでに覚悟を決めているようだった。


 上手く諭して、留まってもらいたかったのだが。ここまでハッキリ主張されると、それも難しそうだ。


 一緒に留まってもらいたかっただろう葛西は、言葉を聞いて黙り込んでしまった。

 リスクを承知の上で、役に立ちたいとの主張。どんな言葉で諭せば、納得してくれるだろうか。そんな都合の良い言葉は、見つかりはしなかった。


「わかった。ならば私と田北君。一ノ瀬の三人で行こう。すまないが葛西は、伊東君の様子を見ていてくれ」


 生徒会室を出るにあたり、ルールを三つ決めた。

 物音を立てず、静かに進むこと。隊列は一列隊形で。不測の事態が起きれば、すぐに生徒会室へ引き返すことだ。


「なんで僕がこんな、キテレツな格好をしなければいけないんだっ!」


 身に纏った装備に、田北君は酷く憤慨していた。

 頭に被るは、工事用の黄色いヘルメット。右手に持つのは、調理道具のフライパン。どちらもなぜか、生徒会室に残されていた物である。


「仕方がないよ。生徒会室には……それくらいしか、使えそうな物がなかったんだから」


 一ノ瀬は笑いを堪えつつ、一応は説得していた。田北君は元から学生服を着ていたため、今や芸人にでもいそうな風貌となっている。

 学年トップの田北君は、至って真面目な性格。そのため今回のようなギャップは、ある種の笑いを誘ってしまうものだ。


 やっと慣れてきたか。しかし田北君には悪いが、笑わずいるのが大変だった。


 生徒会室の隅には、T字の看板が置かれていた。新入生歓迎会で使われたもので、分解して木の棒として装備。

 一ノ瀬はテニス部ということもあって、自前のラケットを持つらしい。


「それじゃあ葛西。伊東君を頼む」

「……はい」


 見送る側の葛西は、とても不安そうであった。


「私たちが出て行ったら、鍵を閉めるんだ。戻ったらノックを三回して、声をかけるから。そしたら鍵を開けてくれ」


 指示に対して、無言で頷く葛西。人数が減るため、不安なのは無理もない。

 しかし治療をするには、何より薬が必要。それに体調を崩した伊東君を、一人で残すわけにもいかない。ここは生徒会室で残る葛西に、全てを任せるしかないだろう。


「よし。行こうか」


 出発の合図を発して、生徒会室を出る三人。保健室へ向かうため、揃って廊下を歩き出した。

 先へ進むための隊列は、最も危険ある先頭を自身。次点となる真ん中は一ノ瀬で、最後尾を田北君が続くという形。


 二人ともかなり緊張しているようだ。今までになく、顔も強張っているし。

 まあ狂人と出会す可能性があるから、無理もないが。きっと私自身も、似たような顔をしているのだろう。


 現在地はA棟三階の、生徒会室前。保健室はB棟一階の職員室隣にあり、校内において遠くに位置する。  

 しかし言っても、同じ建物内。通常なら五分程度で、辿り着ける場所だろう。


 ここの引き戸は、開いているのね。


 生徒会室から校舎を奥へと進み、隣にある教室前。見える教室の引き戸は、全開の状態となっていた。


 もし教室に狂人がいれば、いきなり出てくるかもしれないのか。


 伊東君を襲った狂人は、引き戸を開けられなかった。となれば、閉まっていれば安全。そう考えることもできる。

 しかし先ほど見たものは、一つのサンプルに過ぎない。全ての狂人が同じ行動をするとは限らず、安全の確証を得るには早計にも思えた。


 一応は教室内を、確認したほうが良いか。


 狂人の存在を危惧して、教室内を覗き込む。

 教室に置かれるのは、積まれダンボールに三角定規と備品。他に際立つ物はまるでなく、狂人の存在もなかった。


 問題はないようだね。とりあえず、第一関門を突破。


「モジャ先生。かなり心配性だよね」

「先生。もっとスムーズに行きましょう」


 教室内を覗き込む行為に、一ノ瀬と田北君は賛同的でなかった。

 そこまで慎重になる必要はない。というのが本心のようで、時間のロスも気にしたようだ。


 まぁ、少しやり過ぎなのか。

 しかし私は、心配性ではないよ。ただ、用心深いだけなんだ。

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