第17話 温かい食事
「蓮夜さん。交代の時間ですよ」
背後の扉が開くと、今度は美月が交代を告げた。
「もうそんな時間か。なら、あとは頼むぜ」
美月と啓太に、この場を任す。休憩の番となれば再び、事務室へ向うことにする。
窓際に立つ老人は、外の景色を眺めていた。そして先に休憩となったハルノは、ソファに座って雑誌を読んでいる。
「あ。蓮夜も戻ってきたのね。もうみんな食べ終えているけど。蓮夜も食べるでしょ? どっちがいい?」
ハルノが両手に持ち問うのは、カップ麺の味噌味と醤油味。
「どっちでも構わねぇよ。好き嫌いとかないし」
「そう言うのが、一番困るのよ。どちらか片方! はっきり選んで!」
選択権を放棄しては、納得しないとハルノ。二者択一を迫る、より強い催促となった。
「うーん。なら醤油で」
「了解。すぐにお湯を沸かすわね」
カップ麺の醤油味を持ち、ハルノは給湯室へ向かっていった。
現在は停電下である。そのため湯を沸かすにも、IHヒーターや電気ポット。電気を必要とする手段は、全て使えない。
カセットコンロがあって良かったよな。お湯も作れるし。
「お主ら。これから先。どうする気じゃ?」
背を向けたまま、静かに問う老人。
畑中さんは、動けぬ状況。これから先の話など、最初から決まっていた。
「外の屍怪がいなくなったら、薬を探しに行こうと思います。怪我をしている畑中さんを置いて、移動するわけにも行きませんから」
二週間を外で過ごした夕山や老人は、噛まれた者に助かる術はないと言っていた。
しかし悲観的な話を、易々と受け入れられず。簡単に割り切れるほど、人間できてもいなかった。
話を聞いた限りだと、治療は難しいのかもしれない。
だけど。それでも。簡単に……諦められるかよ。
「そうか」
拳を強く握り応えるも、老人は外を眺めたままだった。
***
「ヤバいっ! 美味すぎるっ!!」
温かい食事は、実に二週間ぶり。
「そんなに慌てなくても。誰も奪いはしないわよ」
食事の光景を見て、ハルノは微笑んでいた。
シェルター生活における食事も、決して不味かったわけではない。しかし冷たいものがメインで、ご飯にせよ。缶詰にせよ。温かいものは、全くなかった。
「わかってるんだけど。箸が止まらねぇよ」
カップ麺と、即席の食事。それでも麺をすすると、天使が踊るよう口内は歓喜。スープを飲むと、衝撃に胃は震えた。
現在も困難の渦中にある。しかし食事に没頭する時間は、幸せを身に染みて感じる時となった。
「久しぶりの温かい食事は、マジで美味かったな。あっという間に完食しちまったぜ」
温かい食事に、とても満足。食後の休憩と、リラックスタイムになった。
夕山はまだ、戻ってないんだな。
「ちょっと上に行って、様子を見てくるよ」
戻らぬ夕山の動向と、非常口前に群がる屍怪。両者の様子が気になった。
「私も一緒に行こうかしら」
同行の意志を示すハルノ。しかし三階には、夕山もいる。
夕山には他者と違う、異質なオーラを感じる。それに啓太から聞いた、一件。対面し会話するなら、関係性ある一人が良いと思った。
「俺一人で問題ない。ハルノはもう少し、休んでいろよ」
一人で行くことを、決断。ハルノも了承し、三階へ足を向けた。
***
三階の内装や間取りは、二階と酷似。一本真っ直ぐな廊下に、壁はベージュ色で床は白のタイル。
違いと言えば、二階で事務室だった場所も教室。三階は全て、学習スペースになっているようだった。
夕山がいるのは、多分。非常口前の様子が見える、角部屋だよな。
屍怪が群がっているのは、出口となる非常口前。
となれば様子が見える角部屋を、陣取るのが妥当に思えた。
「なんだ。蓮夜か。気配がしたから、誰かと思ったよ」
予想した通り角部屋には、鉄パイプを持った夕山がいた。
鉄パイプを向け、身構える夕山。どうやら人が近づく気配を察知し、警戒をしていたようだ。
「何か用?」
突然の来訪に、夕山は首を傾げている。
「様子がどうなっているか。気になったから、見にきたんだ」
「それなら、ここから見てみなよ」
端的に用件を告げると、窓際へ導く夕山。
「今すぐに出て行っても、ピラニアのいる川に飛び込むようなものだよ」
夕山が視線を向ける非常口前には、今も屍怪が五・六体。扉を開けろと、群がっている。
それにビル前の青空駐車場にも、数十体の屍怪。目的なく徘徊しては、当てもなく彷徨い続けていた。
「たしかに。今すぐ出て行くのは、難しそうだな」
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