第16話 最低限の条件

「……畑中さん。大丈夫よね?」

「ああ。時間が経てば……良くなるさ」


 心配して問いかけるハルノに、持ち前のポジティブ精神で応える。

 現在地は非常口に近い、最初に訪れた角部屋。邪魔になった長机や椅子は、全て別の部屋に移動。中央に置いたソファベッドでは畑中さんが眠り、扉を背にハルノと二人。椅子に座って、静かに容態を見守っていた。



 ***



「そんな危険な奴とは! 一緒に居られん!」


 畑中さんの容態を知った老人は、激昂して言った。そのため別の部屋への移動を、余儀なくされたのだ。

 事務室にあったソファベッドを移動させ、二人以上の監視をつける。この条件で、老人には納得してもらった。


 老人からすれば、自分を襲う可能性が高い者を……留めて置くわけだからな。

 これは最低限の条件。そして、俺たちへの配慮なのだろう。


「……寒い」


 部屋を移動してからの畑中さんは、体を震わせ何度も同じことを言っていた。

 しかし素人に行える処置はなく、できるのは対処療法だけ。そのため衣服やタオルを集め、体の上に掛けた。


 少しでも温まれば良いけど。怪我の具合も心配だし。


 腕の怪我は皮膚を裂き、骨が目視できる酷さ。間違いなく、重傷。本来ならすぐにでも、医者に診せるべきレベル。

 しかし容態が悪化している畑中さんは、すでに自力での歩行は不能。止血にタオルを巻くくらいしか、できることはなかった。


「治療には薬が必要だよな。俺が外へ行って、探してくるよ」


 現状を打破するべく、薬を探す提案。


「非常口前には屍怪が群がっているのよ。今は無理よ」


 しかし、ハルノの言う通り。出口となる非常口は、屍怪によって塞がれている。


「それでも外に出たいなら、窓を割って飛び降りるしかないね」


 冗談とも思えない表情で、夕山は言っていた。しかしそれではビルから出られても、戻ることは難しい。

 薬を入手できても、戻られねば無意味な話。現実的に考えて、外へは出られない。少なくとも、今は。まだ。


 夕山や老人の話だと、屍怪は一ヶ所に留まっているわけではないようだし。

 時間の経過で減るなら、今は待つしかない。


「僕は上に行って、様子を見てくるよ」


 一段落したところで夕山は、一人で三階へ行ってしまった。美月に啓太や老人と三人は、今は事務室で休憩中。

 何はともあれ今は、畑中さんの回復を祈るしかなかった。



 ***



「なあ。ハルノ。状況はよくわからないけど。この刀。親父さんの物だろ。なら、ハルノが持ったほうが良いんじゃないか?」


 今も預かり背負う刀は、ハルノの父親への届け物。ならば本来の所有者である、娘のハルノが持つべきだろう。

 街中には屍怪となった者が、今も徘徊。武器となる刀を持てば、多少なりとも心強いはずである。


「え!! えっえ――いいわよっ! 私は刀なんて扱えないしっ! 蓮夜が使って!!」


 しかし思いの外にも、ハルノは全力で拒絶した。


「いいのかよ。使って?」

「状況が状況だし。パパも許してくれるわよ」


 ハルノは使わないどころか、こちらに使用を促す始末。父親の物ということもあって、全く意に介していないようだ。


「駅前では一度。使っちまったけど。身を守るための戦力だからな。それならハルノの言葉に、甘えてさせてもらうよ」


 一度無断で使用したとはいえ、許可なく他人の物は使い難い。

 所有者本人でなくとも、代理人であるハルノの承認。それは振るうに一つ、免罪符。迷いがなくなったというもの。


「おーい。交代だぜ」


 見守り兼監視の、交代を告げる啓太。


「それじゃあ私は先に、休憩へ行ってくるわね」


 先に休憩予定だったハルノは事務室へ戻り、空いた席には啓太が腰を下ろした。


「あのよ。蓮夜。悪かったな。松田さんの件。判断はあれで、正しかったよ。あのままだったらオレたちも、助からなかったと思う」


 神妙な面持ちで啓太が告げたのは、駅前に残した松田さんの一件。

 啓太は助けるべきと主張し、自身は松田さんの覚悟を尊重。逃げる判断を下した。


「結果として、松田さんを見捨てたんだ。正しかったなんて、全く思えねぇよ。それに啓太の言った通り、松田さんを助ける道も……あったのかもしれない」


 全てを都合よく考えれば、救出の目もあっただろう。


「いや、現実的に考えて……難しかったんじゃね。仮に助けられても、屍怪に囲まれるもんな。どうなっても蓮夜の言った通り、ヤバかったはずじゃん」


 頭の後ろで手を組み、天井を見上げる啓太。


「あまり気に病むなよっ! 相棒っ!」


 肩をポンポンと叩く啓太は、明らかに気を遣っているようだった。


「しかしよ。これからも、こんなことが……続くのかな?」


 先の見えない状況に、啓太の不安も色濃い。


「……そうかもしれないな」


 同意し頷くと、啓太と二人。暫くの間は、沈黙するのみだった。


「それはそうと。蓮夜があの成海夕山と知り合いだったのは、驚きだったじゃん」


 一呼吸をおいて、話題を変える啓太。どうやら夕山について、興味があるようだ。


「っていうか啓太。夕山と会ったとき。明らかに様子がおかしかったよな? 何かあったのかよ?」


 啓太が夕山と会ったとき。対応は素っ気なく、敬遠しているよう見えた。

 この場にいるのは、啓太と眠る畑中さん。丁度いい機会であるし、話を聞いておきたかった。


「オレが特別ってわけじゃないぞ。有名じゃん? 成海が暴力事件を起こしたこと」


 有名と啓太に言われても、初耳の案件だった。


「暴力事件?」

「知らないのかよっ!? 成海が剣道部の部員をボコボコにして、数人を病院送りにした事件じゃん」


 問うと啓太は、全容を説明してくれた。

 転校する前の夕山は、剣道部に所属していた。実力は全国大会の個人戦を連覇するほどで、部内でも抜きん出た実力者だったと聞く。


 俺の知っている夕山は、剣道へ真摯に向き合う好青年。って、印象だったけど。

 今とは違って、当時は黒髪。まあ掴みどころがない態度や、飄々とした雰囲気は変わらないな。


「原因はなんだったんだよ?」


 暴力事件になるということは、何かしらの原因があるはず。

 大きな事件ということで、その原因が気になった。


「原因か? きっと、あれじゃね? 人間関係で揉めたとか。よくあるじゃん。そう言うの」


 しかし原因については、啓太も知らないようだ。


 部内の出来事らしいし。啓太が知らないのも、無理はないか。


「時期はいつ頃の話だよ?」


 となれば角度を変え、時系列の質問。


「去年の九月くらい。秋頃の話じゃなかったかな」


 知る範囲について、教えてくれる啓太。


「九月頃か……」


 九月の上旬までは、夕山と会っていた記憶がある。会う場所の多くは屋上で、何度か『剣道部に入らない?』と勧誘されもした。


 九月の中旬頃から、夕山は屋上に来なくなったんだよな。

 連絡しても、繋がらなかったし。


「暴力事件がきっかけで、成海は退部と停学処分。それからはヤバい奴らと、付き合っているって話じゃん。薬の売買に関与。喧嘩の目撃は多数。目を合わせただけで、殴られたって噂も聞いたな」


 啓太の落とす情報は、畏怖するに相当なもの。


 これが事実なら……敬遠したくなるのも、無理はない。


 しかし啓太の情報は、聞いた話や噂。根拠というには背景が薄く、信憑性にはいささか疑問が残った。


 まあ、噂なんて尾鰭が付くものだし。簡単に鵜呑みにしちゃダメだよな。

 本当に真実を知りたいなら、やっぱり本人に聞くべきだ。

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