第10話 外の世界へ
シェルターに入ってから十日目。
「もう……限界だ。出してくれえぇえ! 外に出してくれえぇええ!!」
いつものように暇を持て余し過ごしていると、無精髭を生やした男性が立ち上がり叫んだ。
「落ち着いてください! どうしたんですかっ!?」
鉄扉を叩き始める男性に、事情を問う畑中さん。騒動に気づいた松田さんと、集まった避難者たちにより制止。
男性は暴れ抵抗を続けるも、腹這いに倒され押さえつけられた。
「もう限界なんだよっ!! おれはあぁああ!! おれはあああああ――――ッ!!」
男性の精神は、限界にきていたのだ。
この閉ざされた空間で過ごし、十日。娯楽や嗜好品といったものは少なく、ただただ我慢の日々。
シェルターでの生活は、正直。かなり苦痛だからな。
精神的に不安定になってしまうのも、理解できないわけじゃない。
男性はシェルター生活における十日間を、一人で過ごしているようだった。そこに見知った顔がなければ、会話をする相手もろくにいない。
俺がもし……この空間で一人きりだったら、この二週間。肉体的にも精神的にも、今よりもっと大変だったかもしれないな。
周りに同じ境遇の友人や仲間が居て、互いの存在を励みに過ごしている。
それが一つ心の支えとなり、耐えられているのではないか。胸の内では、そんな気がしていた。
***
シェルターに入ってから十四日。この閉ざされた空間での生活も、ついに二週間が経過した。
結局のところ連絡や救助はなく、水や食料も僅かしか無い状況まで追い込まれた。避難者の肉体的・精神的疲労は色濃く、中には限界が近いのではと思われる者も多い。
「二週間。かなりつらかったな」
シェルター生活の後半は、前半と比べ圧倒的に厳しい展開となった。
大声で叫び奇声を発する人や、些細な言い争いから喧嘩に発展する者など。争い事や揉め事も多く起こった。しかしここに居る百二十二人は、二週間のシェルター生活を乗り切ったのだ。
「外へ出るのに躊躇う人は、誰一人としていないでしょうね」
ハルノの発言を体現するよう、避難者たちはシェルター鉄扉前に集まった。
シェルター生活において、最大の功労者とも言える畑中さん。期待と不安に胸踊らせる避難者たちを前に、先頭に歩み出ると全員を見るよう振り返った。
「二週間が経過した外は、何がどうなっているか! わかりません! 僕と松田さんで先頭を行きますから、みなさんは後に続いてください!」
二週間を過ごしたシェルター生活では、畑中さんを中心に物事を決定。争い事や揉め事にも対処した。
そのため畑中さんを中心とした連帯感が生まれ、信頼を盾に反論する者の姿は一人もない。
やっと外に出られるんだ。間違いなく、何か変化はあるだろうけど。
今は何を置いても、外に出ないと始まらない。
畑中さんのすぐ後ろで待つ、自身を含む美月にハルノに啓太。加えてシェルターに避難した全員は、鉄扉が開かれるのを今か今と待ちわびていた。
「ドスンッ!」
松田さんが開錠すると、開かれていく鉄扉。長らく過ごしたシェルターに別れを告げ、ついに外の世界へと踏み出した。
***
外の世界。と言っても、ただの札幌駅地下二階。
そんな地下二階には、照明の光は皆無。暗闇に包まれては、数メートル先すら見えない状況だった。
「ほとんど何も見えないですね」
「明かりを点けたほうが良さそうだね」
前方すら確認し難い状況となっては、畑中さんは懐中電灯を点灯。ポワンと白い光が発せられ、周囲の状況が明らかになる。
足元に散らばるは、大小様々な瓦礫。揺れの被害を受けてか。どうやら天井は、崩落しかけているようだ。
今にして思えば、天井が崩落して鉄扉が開かず。仮に開いてもその瞬間に瓦礫が雪崩込んで、生き埋めになる可能性もあったんだ。
その点はそうならず、幸運だったという他ないな。
「問題なさそうな数値ですか」
「地上に出たら、もう一度。測定をして見ましょう」
測定器を持ち、放射線量を測る松田さん。結果を確認しても、畑中さんに安堵した様子はなかった。
地上を目指し、地下一階。上の方が、揺れも大きかったためか。床に転がる瓦礫は大きくなり、破片の数も間違いなく増加していた。
地下一階は、地下鉄が走っているらしいけど。俺としては利用したことも、訪れたこともないからな。
正直なところ、内観は全くわからねぇ。
見知らぬ景色に目を奪われつつも、通り過ぎて一階。
暫く歩き進めると、商品が残る売店。しかし本来ならいるだろう店員の姿はなく、構内にも人影なく静寂。あまりに静かで、不気味に感じるくらいだった。
本当に誰もいないな。みんな……どこへ行ったんだ?
内心疑問を抱きながらも、外を目指しひたすら前へ。
改札先の主要通路は明るく、太陽の光が差し込んでいるようだった。
「これはオレのもんだっ!!」
背後から響く、威圧感ある男の声。
「ボトボトボト」
何が落下する音。振り向くと売店前では、壮絶な商品争奪戦が勃発していた。
「私が触ったんだから! これは私の物よっ!」
商品のお菓子を抱え、自分の物だと主張する女性。
シェルター生活では限られた物しか無く、我慢を強要される日々が続いていた。耐えていたことが、要因になってか。欲に対する抑えが効かない、反発が起きているようだ。
外に出れば、食料だって普通にあるだろ。こんな所で、醜い争いをする必要なんてねぇのに。
背後で争う人たちより、外の状況が気になった。
先行組は改札を過ぎ、駅の主要通路へ。南口方面から降り注ぐ、自然の光。太陽の光は全身に染み渡り、体は喜びに震えた。
やべぇ。太陽光が……こんなに気持ち良いものだったなんて。
生まれて、初めて知ったぜ。
「……おい。蓮夜。こっちを見ろよ」
後ろから肩を叩いたのは、浮かない顔をした啓太。何かあるのか。反対側を見ろと、指を差している。
「……んだよ。これ」
顔を向けた瞬間。久方ぶりに太陽の光を受け、喜び舞い上がったこと。それは全て糠喜びであったと、心の奥底から痛感した。
右手に位置する北口方面は、巨大な瓦礫で塞がれている。頭上を見上げれば青空が見え、天井が崩落したのだと理解できた。
「どうして……。こんなことになってんだよ」
目を疑いたくなる光景に、困惑。それは自身に限らず、主要通路に出た全員に言えることだった。
「立ち止まっているわけにも、行きませんから。先へ進みましょう」
外へ出ようと、促す畑中さん。我に立ち返っては、光ある南口を目指す。
南口方面の通路も、大小様々な瓦礫が散らばる状況。そのため足元には、かなり注意を払わなければならなかった。
「かなり変わった形じゃね? このオブジェ」
啓太が視線を向ける先には、四角に類似する形をした白のオブジェ。全体はどこか歪んでいて、中心は円形に切り抜かれている。
「芸術品だからね。ここはよく、待ち合わせに使われる場所でもあるんだ」
白のオブジェについて、説明をする畑中さん。待ち合わせ場所ということは、この場を起点に。多くの人が、札幌の街へ足を向けたことだろう。
そんな白のオブジェを横目に、やっとの思いで札幌駅を脱出。二週間のときを経て、外の世界へと戻った。
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