第9話 閉ざされた空間7
シェルター内の開けた空間では、絶えず他人の目がある。それでは個人のプライバシーがあるかも、定かでない。
中には欠伸を躊躇う人や、鼻をかむのを気にする者。寝顔を見られたくない人もいるだろう。
配給で空になったダンボールは、もう使っちまったからな。
ダンボールを用いて、仕切りの作製。今はできる範囲でストレス軽減に、努めようという話になった。
水や食料を取り出し、棚に並べる作業。これは空のダンボールを増やし、新たな仕切りを作製するための準備である。
「なぁ蓮夜。そっちの調子はどうだ?」
肩に手を置き問うのは、同級生で友人の
今回の一件にあたる前。札幌駅で合流しようと、待ち合わせをしていた人物である。
「ああ。こっちも終わるぜ」
明るく茶色に染まった髪に、毛先をふんわりと遊ばせた髪型。
しかし何を置いても印象的なのは、その服装。ピンクの花が散り散りにプリントされた、緑色のアロハシャツ。無数の波模様が点在する、黒地の七分丈パンツ。
何度見ても……個性的な服装だよな。芸人でもいれば『ここは南国か!』と、ツッコミを入れられても不思議はない。
札幌駅で待ち合わせをしていたとき。この目立つ姿を発見できれば、すぐに合流できただろうな。
啓太のセンスを疑いつつ、水や食料の取り出し作業は終了。
空になったダンボールは美月やハルノに渡り、仕切りを作る避難者たちの元へ運ばれていった。
***
シェルターで二週間を過ごすか、否かという話が終わったあと。待ち合わせをしていたハルノと啓太も、シェルターに避難しており合流を果たしたのだ。
時間になっても北口に姿を見せないことから、ハルノと啓太は乗降場まで迎えにきたとの話。しかしどこを探しても見つからず、地下にいるタイミングで大きな揺れが発生。やむなくシェルターに避難したとのこと。
「私たち……蓮夜がいないか。シェルターを探し回ったんだけど。見つからなくて。本当っに! 心配してたんだよぉ」
「扉の前で話しを聞いてたら、あれ蓮夜の声じゃね? って。本当にいるからよ。マジで驚いたじゃん!」
泣きそうな顔をしてハルノは抱き着き、啓太は笑い言っていた。
昨日は配給の知らせと、怪我人の確認を行っていた。そのため探し回っていた二人とは、すれ違いになってしまったらしい。
「紹介するよ。ハルノと啓太。俺の友人なんだ」
隣の美月に、ハルノと啓太を紹介。二人には不良から助け、一緒に居る経緯を説明した。
「ほぉう。こんな可愛い子! やるじゃん! 蓮夜君!!」
にやけ面を浮かべ、横腹を突く啓太。
「あんたはねぇ。馬鹿なことを言ってるんじゃないわよ!!」
しかしその様子をハルノに目撃されては、啓太はハッキリと一喝されていた。
美月は出会って間もない二人と、打ち解けるまで時間はかかるだろう。それでもハルノに啓太と友好的なこともあって、上手く付き合っているようだった。
***
シェルターで留まるにつき、決まったルールがある。
食料の配給量調整。シャワーの水量調整。プライバシーへの配慮。この三つである。
「二週間の集団生活になるわけだから。ある程度の制約は仕方ないよな」
水や食料に余裕はある。かと言って過度に消費すれば、期日を待たずに無くなってしまうだろう。
そのため畑中さんを筆頭に、避難者たちと計画。適した配分量を計算し、配給・使用されることになった。
「そうですね。多少の制約がないと、無秩序になっても大変そうですから」
ダンボールを組み立て、仕切りを作製する美月。
ダンボールの仕切りは、プライバシーへ配慮するためのもの。高さが足りない。使い勝手が悪い。数が少ない。その他においても、不満の声はあった。
「やっと配り終えたわね」
それでもハルノが避難者へ手渡し、仕切りの配布を終えた。
二週間を乗り切るための準備。避難者全員が協力し、着実に前へ進められていった。
***
「ふあぁ~あ。しっかし、毎日よくやるじゃん」
「日課だからな。やらないと……気持ち悪いんだよ」
暇そうに座る啓太は欠伸をして言い、腕立て伏せをしたまま言葉を返す。
シェルターに入ってから七日目。余暇の時間を上手く活用するため、筋力トレーニングを行なっている。それは現在の腕立て伏せから、腹筋や自重トレーニング。数種のメニューを組み合わせたものだ。
「いくら暇だからって。本当によく続くわね」
感心半分に呆れ半分といった感じで、トレーニングを見守るハルノ。美月は読書をしつつ、時折り温かい眼差しを向けている。
「怪我をしたときは……さすがに休んだけど。それ意外は……ずっと続けてるからな。っつーか、いつから始めたかも……覚えてないくらいだし」
シェルター生活を続け、浮かび上がった問題点。その最たるものは、『暇』であった。
時間を潰すために、トランプやしりとり。しかし七日が経過した今では、飽きてやる気もせずといった具合である。
「それに……畑中さんも言ってたろ。なるべく体を……動かしたほうが良いって」
「知ってるわよ。エコノミークラス症候群の予防でしょ。畑中さんも説明してたし。軽いストレッチや体操は、毎日やってるじゃない」
全て承知の上だと言うハルノの知識は、畑中さんによる全体説明があってのもの。避難者の多くは大半の時間を、座っていたり寝ていたりと過ごしている。
畑中さんは動きの少ない避難者たちの、健康状態を危惧した。エコノミークラス症候群。長時間同じ姿勢を続けていると血流が悪くなり、血管の中に血の塊が形成。血管に詰まると、胸痛。呼吸苦と、様々な症状を現す疾患である。
「エコノミークラス症候群って、飛行機でなるイメージじゃね?」
「それは……わかるけど。問題なのは……姿勢らしいからな。だから……こうやって、筋トレをするのは……体に良いはずだぜ」
啓太の言う例えは、罹患を想像させる代表格。しかし根本的原因は、血流の悪さ。そのため飛行機に限らず、列車や車中。ここシェルター生活においても、十分に発症しえるのだ。
「でも蓮夜さんみたいに回数をこなすのは、普通にちょっと難しいと思いますよ」
「そうそう。蓮夜のそれは、普通にオーバーよ。それより何か、暇を潰せる方法はないかしら?」
苦笑いをして美月は言い、ハルノは暇潰しの案を求めていた。
時間を持て余すのが、こんなにつらいなんて。思いもしなかったな。
現代において暇を潰すとなれば、スマートフォンの操作に喫茶店での読書。他にも余暇を有意義に使う手段は、いくつも存在したことだろう。
そのため『待つ』ただそれだけが、こんなに苦痛であるとは考えてもみなかった。しかも連絡や救助はというと、依然としてないまま。松田さんは自らアプローチしようと、受話器を持ち続けている。しかし何度やっても繋がらず、変わらず音信不通の状態らしい。
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