クリスマスノトクベツヘン
FUJIHIROSHI
この少女に奇跡を
十二月下旬、空はどこまでも青く、紅葉シーズンも終わり町は一気にクリスマスムードだ。
しかし、その華やかなムードには、あまりにも似つかわしくない少女が一人、町をさまよっていた。
午後九時を回っているというのに。
薄汚れた格好で、裸足だというのに。
寒いと、か細くつぶやき、少女はビルとビルの間のゴミの散らかる狭間に身を隠した。
鬼に救われ、児童養護施設に入所したのだが、そこでもまた性的な暴力や身体的な暴力を受け、この夜逃げ出した。
座り込む清歌は、目の前に落ちていたライターを拾うとスイッチを押した。その
「本当だ。少し暖かい」
清歌はまだ、母親が優しかった頃に読んでもらった〈マッチ売りの少女〉を思い出していた。
見つめる火がぼやけていく……。
不意に、その視界に入る足。
顔を上げた清歌は青ざめた。みーつけた。と、施設職員の男が目を見開く。
少女は抱え上げられ、車に押し込ませた。
さらわれた清歌が連れて行かれたのは児童養護施設ではなく、山の中腹にある廃墟。以前はホテルだったようだが、荒れ果てて壁は落書きだらけだ。
エントランスに、すでに三人、仲間の男たちがいる。
「何だよ
男の一人が言った。俺のお気に入り、と施設職員の泰孝は歯を剥き出して笑う。
また増えやがった。どうなってんだよ今日は。と別の男が頭を掻き『考えるからその部屋に入れておけ』古く、所々傷んでいるドアを指差した。
後ろ手に縛られた清歌がその部屋に入るなり、怒声が響く。
「あんたら、こんな小さい子までさらったの? 変態! 馬鹿ども」
清歌は驚き身をすくめた。
「ああ、ごめんね。大きな声出しちゃったね。ほら、こっちにおいで」
そう言った女は、やはり後ろ手に縛られ、足も縛られて体育座りをしていた。
シュッと顎の細い、ふんわりとした丸みのあるショートカットの女。眉山に角度のないキリッと眉に、丸みのある目だが、こげ茶色の瞳が目力を強くしている。小鼻で薄い唇。普段から鍛えているのであろう、細身だがメリハリのある体型。
この女、一見可愛らしいが、男たちを罵る姿は異様だ。清歌も引いている。男に恨みでもあるのだろう。そう、子供の頃から、男運どころかすべてにおいて運がないのだ。
今もこうして、バイトに向かう途中にコンビニ強盗に巻き込まれ、誘拐されている。
以前のような体型なら、さらわれなかったと思うのだが。
「ん? 何だと?」
「おねえちゃんも捕まっちゃったの? きよかと同じだ」
「え? んー? そうなの。捕まっちゃった。きよかちゃんて言うんだね。おねえちゃんは八千代。
つくづく運のない女だ。『うるっさいわ』。
「え?」
「ううん、こっちの話——清歌ちゃん、裸足なの? 具合は大丈夫?」
この部屋にはランプが一つ。薄暗い中、八千代はようやく清歌の状態に気がついた。異様に痩せていて頬にアザもある。痛々しい姿。
あいつら、まさか、こんな小さい子に酷いことしたんじゃないだろうな。八千代の怒りは増していく。
「ここから一緒に逃げよう、清香ちゃん。後ろ向きでおねえちゃんのロープ解けるかな?」
この男たちには計画性がない。その行動は、出たとこ勝負の行き当たりばったりだ。
今も二人を誘拐したことで言い争っている。
「ハルくん来ちまうぜ」
「だからさぁ、もう二人とも殺しちゃおうか?」
「ダメだよ。清香ちゃんは駄目。俺が連れて帰るよ」
「じゃあ何でここに連れてきたんだよ、アホ。バレちまうだろ」
まるでまとまりがない。
男たちの一人がナイフを手に、清歌たちのいる部屋のドアノブに手をかける。
ドアの向こうには、自由になった清歌と八千代が待ち構えている。
軋む音を立てながらドアが開く。
逆側のドアノブを思い切り八千代が引く。バランスを崩しながら部屋に入って来た男の手からナイフを蹴り飛ばし、一本背負い。
一人、二人、三人——。『な、何だお前——』くるりと反転し、後ろ蹴り。男の腹に、八千代の踵が突き刺さる。
あっという間に四人の男を倒した。
「清香ちゃん、逃げて」
清歌を外に逃がした八千代はかがんで男たちを縛り始めた。
「きゃあ」
八千代はとっさに声の方へ振り返った——もう一人いた? いや、もう一人来たのだ。
清歌が大柄な金髪の男に捕まっている。
男は『たいした女だな』と、ヘラヘラと笑う。強気な女を服従させるのが好きなんだよと、八千代を見下ろす男の手は、清歌の首を握っている。その右手に力を入れれば、清歌は二秒と持たないだろう。
「大人しくヤラれろ。まずは、服を脱いでもらおうかな」
男は右手に力を入れる真似をする。
八千代が上着に手をかけた。まずい。服を脱ぐのはまずい。一年半、武道を学び必死に鍛えてダイエットをしたが、未だに伸び切った腹の皮が残っている。ダラリと残っているのだ!
「うるさいわっっ! 今ギャグパートじゃないっつーの。物語が違うのに、何でまたこのナレーターなのかな」
…………。
「黙って脱げ——」言いかけた金髪男の首が直角に曲がった。
そのまま金髪男は崩れ落ちた。
「ふうーやれやれ、鬼の残り香につられて来てみれば、何だこれ?」
突然現れた男はそう言って、金髪男を殴った木の棒を放り捨てた。
白を基調としたその格好に、切長の目。その男に清歌は『あ、あ、ありがとう』震えて言った。
「いや、近くにいたもんでね。よくわからないが、助けられたのなら良かった。出どころは君か。しかし……もう鬼は憑いてないようだな」
「あなたは?」
八千代は警戒している。
「あー、城上だ。
怪しいもんじゃない。とため息混じりに言い、続ける。日本中を旅していてね。ちょっと……通りかかっただけさ。と周りを見回していた。
「怖かったね。もう大丈夫だからね」
八千代は膝をつき、清歌を優しく抱きしめた。
頭をなでられる気持ち良さと、抱きしめられた暖かさで、清歌は震える。
清歌も八千代を抱きしめ返す。『ああ、あ、あ、あ、あ』清歌の大粒の涙が八千代の肩を濡らしている。
「この子、相当悪いもんに絡まれてるな。もう遅いが、ここで会ったのも何かの縁だ。俺が祓っといてやるよ」
桜紗が清歌の額に手を当て『ちてや』と小さく言った。
『え? 何? 何?』と清歌を抱きしめながら首だけを桜紗に向けて八千代が『それは、鬼が何とか言ってたやつ? 悪い運とかを消せるんですか?』と興味津々で見た。
「まあね。ただ、鬼のそれは悪いもんじゃない。この子を苦しめているのは身内の思念だ。だが、君の運の無さは別物だな。持って生まれたもの。どうにもならないね」
ああ、そう。と八千代は肩を落とすが、『母親が守ってくれているから、それで済んでるんだよ』と桜紗はつけ加えた。
「え? お母さん? 私の?」
「それよりも、その子をどうにかした方が良いんじゃないか?」
「あ、そ、そうだね」
清歌の頬をなで、八千代はニコリと笑う。
「顔色が良くなってる。もう大丈夫だからね。一緒に帰ろう」
清歌は——『うん!』と、明るく元気に笑った。
——ことり、と手からライターが落ちた。
ビルとビルの狭間で清歌は胎児のように体を丸めて横たわっている。
夢だったのか——。
いや、夢ではない——。
目をつむったまま動かない清歌の、少し干からびた唇が嬉しそうに微笑んでいる。
「可哀想に——」
最期に清歌は優しく温かな女の声が聞こえた気がした……。
いま、小さな命の灯が消えた……。
おしまい
クリスマスノトクベツヘン FUJIHIROSHI @FUJIHIROSI
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