柚子の宿

しゅう

第1話

 先に宿に着いたノリは、することもなく、ひとり部屋から外をながめている。 ここは山陰の温泉宿。ノリが四十になったお祝いをこの宿でしようというジュンの提案で、ノリはジュンと待ち合わせている。

 ジュンとノリは5年前にネットで知り合った既婚者同士だ。二人はメールを重ね会うようになり、今に至っている。

 暗闇に白いものが落ちるのが見えた。

「雪」ノリは、ぽつりと言う。やがて雪片は、はっきりと見えるように降ってきた。 ノリはチラッと、スマホで時間を見た。

しばらくして、 「お連れ様がお見えになりました」声がして襖か開く。

 ジュンが立っていて、

「よっ、元気だった。待ったかな」と、部屋に入ってきた。

「ちょっとね。ねえ、ここ高くないかな。お部屋に露天風呂が付いてるし」 ノリは、お茶をいれ一つジュンの前に置く。

「まあね、部屋に露天があるから、しょうがないよ」

「半分出そうか」

「えっ、気に済むようにすればいいさ」ジュンは、軽く笑う。

「失礼します」と声がして、宿の人が顔を出した。

「お食事は、下の大広間でお願いいたします。6時から8時の間にお願いします」

「6時から8時ね」ノリがジュンに顔を向ける。

「分かった。その前にひと風呂浴びよう」

「ええ」

「お酒は、特別なご希望はありますか」

「1本お願いします。清酒、ぬる燗で良い」

「はい、ぬる燗でとっくりで1本。ーーこちらへご記入お願いします」宿の人は宿帳を差し出した。

ジュンは自分の名をさっと書き、ノリに回す。彼女は、ジュンをちらっと見て、ジュンの横にノリコとだけ書き、少し笑う。ジュンもニヤッとした。宿帳を受け取ると、

「今日は、お風呂に柚子をご用意しました。柚子風呂をお楽しみ下さい」と宿の人は去った。

「柚子湯だってさ、さっ、入ろう」ジュンは立ち上がり、その場で服を脱ぎ始める。

「先に入ってきて、私あとで良い」ノリは少々、渋い顔を見せる。

「何言ってんだ。一緒に入るように露天がある部屋を取ったんじゃないか。一緒に雪見風呂を楽しもうよ。それとも俺と風呂は嫌か」

「そんな事ないけど」ノリは下を向く。

「じゃ、先に浸かって待っている」ジュンは、裸になり素早く風呂に移った。

ノリが裸になり、タオルで前を隠しながら露天に行くと、ジュンは

「ここへどうぞ」自分の横に座るように手招いた。

湯船には5,6個の柚子が浮かんでいる。黒い水面に漂う黄色が目立つ。大粒の雪が絶え間なく、暗い闇から落ちてきている。

「私、雪見風呂って初めて」ノリは嬉しそうに声を上げた。

「良かったろう。もうちょっと側においで」ジュンはノリの方を抱き寄せる。

自然と2人の肩が触れ合う。すると突然、ジュンは

「そうだっ」風呂から上がると、ちょっと部屋に戻りすぐに帰ってきた。

手には小さなペットボトル。

「なにそれ」ノリが声をかけると、

「焼酎だよ」ジュンは蓋を取り、掛け流しの湯を少し入れ、柚子の皮をむき

果汁をそこに搾り、ひと口飲み

「いけるよ。どう」彼はノリにペットボトルを差し出す。

「私はいいわ。飲み過ぎないでね」ノリは焼酎を遠ざける。

うん、ジュンは軽くノリの肩に触りながら、

「僕さ、ノリちゃんに出会えて……ありがとう」.

 ノリにキスをし、そして

「のりちゃんは、どう思ってる、僕に出会ったこと」

「そうねえーー、今ふたりで雪見風呂を楽しんでいるって事かしら」

 ノリは微笑しジュンもつられて笑う。

雪は闇絶え間なく降り続き、湯に触れるとすぐに消えた。

ノリとジュンは、空から落ちる幸福を黙って見続けている

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柚子の宿 しゅう @paosyuuu

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