マンドラゴラによる言語コミュニケーションは可能か
@persimmon_kakisseed
はじめに―研究の動機―
「人類も含めた動物は、同種同士で各々の独自言語とみなせるものによるコミュニケーションを取っている。ならば、植物も同様のことが考えられないか」
かつて小学校を卒業する頃、そう思ったことがある。
ファンタジーな物語の中では人も動物も昆虫も、花のような植物さえありとあらゆるものが主人公に話しかけてくる。しかし現実世界において、確かに動物や昆虫達は独自の鳴き声、さえずりや羽音、人類の可聴域外の周波数でのコミュニケーションをしばしば取るものの、植物が音声により意思疎通をすることはないとされている。
そもそも植物で鳴き声などの音声を出すものは限られている。私の知る限り存在するのは大きく分けて二種だ。
一つはバロメッツ。ひょうたんのような実が熟すと中から羊頭の種が取れることで有名で、種子が食用や植物由来の羊毛にされる。
この羊じみた種子だが野生種のみの特徴として、喋る。喋ると言っても鳴き声のような、我々には言語として理解出来ないものだ。試しに音声を分析したケースがあったそうだが、いくつかの定まったパターンは見られるものの、それにより何か行動の変化が生じたわけでもなかったという。そもそもバロメッツの種子に占める脳機能に準ずる組織そのものの比率は小数点以下数%だった。ただ同じ言葉を繰り返して罵り合っていただけなのかもしれない。
現在出回っているものは栽培種(品種改良により種子を大きくしたもの)である。これらは鳴き声を発することがない。品種改良により、栽培種は脳機能に準ずる組織が退化している。これは品種改良に至る理由の一つに収穫から逃れた野生種の種が近くの植物を食い荒らしてしまう傾向にあったからだ。文字通り「おとなしく」させるための改良であったという。現在この野生種はほぼ絶滅しており、インドにて研究用に2株が人工栽培されているのみである。故に研究テーマに上げることが困難であった。
2つ目は、私の研究テーマであるマンドラゴラである。ご存知の通り、種、実や葉、茎から根までその全身に薬効作用を持つことが知られている。しかし最も有名なものは、その根が人型を形成し、地中から引き抜くとそれが驚異的な鳴き声を上げ、周囲のものを発狂や失神、または死に至らしめることであろう。
そのような危険を承知の上で、マンドラゴラ農業は現代に存在する。その理由を探れば、鳴き声が致命傷となることからかつては聴覚障害者の職業の一つとされていた歴史が残る。現在は対マンドラゴラ専用の業務用耳栓が流通しており、ほとんどの農業従事者はこちらを使用し収穫にあたるという。
さて、お察しの通りマンドラゴラは前述のバロメッツと大きな違いがある。それは、広く現存する音声を発する唯一の植物であるということだ。上から下まで人類に有効な薬効成分を持つことから、安易に品種改良を行うことが出来ず、昔ながらの姿形を保ち続けたのである。
ここで私が考えたことがある。鳴き声を上げることはマンドラゴラの防衛行動、すなわち生存本能に因るものであるが、彼らははたしてその発声器官を用いて同種とコミュニケーションを取ることがあるのだろうか、ということだ。
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