第28話 バステリアの終焉②

8月1日の朝、カッシーム王国にて逃走生活中の皇帝は夜の外出から戻り、少し早めの朝食をっていた。

早朝5:30の事であった。

既に空の色は黒から暁色へと変わり、夜の終わりを告げていた。


皇帝の朝食として供されたものは、パンとスープ、スクランブルエッグ、果実と一国を統べていたものの食事としてはかなり質素なものであった。


朝食の席についているのは皇帝だけでなく今現在の彼の腹心となっている傭兵隊長、そして侍従長もついている。


「侍従長」

呼ばれた侍従長は食事の手を止め皇帝の方を向いた。

「如何なさいましたか?」


「諸国に要請した援軍の件はどうなっているか?」


「東洋世界諸国からは反応がありませんが、魔法文明国家のいくつかは条件付きですが出しても良いという返答を受けています」


「条件とはやはり魔素が産出される地域の割譲か?」


「魔素エネルギーを利用している国は全てそうですが、自然魔法のみ国は単純に東洋世界における軍事拠点の提供の要求のみが多いです」


「ふむ、よいよい。最も優先すべきは余の顔に泥を塗った蛮族共に償わせる事だからな」


「しかし、良いのです?他国を介入させて国内で再び開戦してしまっては民が傷つき、東洋世界がかつて無いほどの混乱に陥りますが」


「その程度は些細なことよ。気にするな、お前はただ開戦の準備をしていれば良い」


「解りました。それでは引き続き邁進して参ります」


「ん、期待しておる。それにしても、東の蛮族共タダでは殺さんぞ。バステリアを東洋世界ごと他国に売ってでも彼奴らをズタズタにしてやらねば気がすまん。そうは思わんか?バーミー傭兵隊長よ」

そう言って下卑た笑いをしたネロ皇帝の表情には狂気じみたものがあった。


傭兵隊長は心の中で皇帝に見切りをつけ姿をくらます算段を立てるのであった。

しかし、神は彼に逃げ出す時間を与えなかった。


「おい、何の音だ?」

腹の底に響くような重低音とともに悪魔の到来を告げるような旋律が耳に入った。


ワーグナーのワルキューレ騎行である。




「方位を確認、方位0-7-5 朝日を背に突入!

ダンスの時間だ」


低空飛行に移行し、突入体勢をとる。

みるみる内に高度が下がり、ともすれば機体が海に着きそうなくらいに見える。


装填の前にマガジンをヘルメットで軽く叩き弾詰まりを防ぐ。


ジャコン


マガジンをM16に差し込みコッキングレバーを引く。

「おい、なんでヘルメットを下に向けるんだ?」

新兵が不思議そうに聞いた。

「あぁ?タマを守る為だよ!」


隊長機からはワーグナーのワルキューレ騎行が鳴り響く。


音楽の中には戦意を高揚させるものも少なくない。この曲も間違いなくその一つだろう。


「正面に敵船舶3を発見」

皇帝が逃走に使った戦列艦が3隻、ちょうど進路上に見える。

「叩け!」


沖合に停泊していた戦列艦3隻はUH-1Yによるハイドラロケットの殴打を食らい船体が炸裂し真二つに折れ一瞬で轟沈した。


「撃て撃て撃て!」

戦列艦の轟沈が全機攻撃開始の合図となり、ヘリ達が一斉に射撃を開始した。


外れたロケット弾が生み出す水柱は機体よりも高い高度に達している。


海上から攻撃を加えながら移動し砂浜の上まで到達した。


「各機散開、LZ確保まで空から敵を叩き続けろ」


一斉に散らばったヘリの群れは各々獲物を見つけては空から一方的に叩く。


全力で射撃を始めたUH-1Yの機内は直ぐに硝煙の臭いが充満し床の上は空薬莢だらけになった。狭い機内では発砲音が鳴り響きヘッドセット無しでは会話もままならない状態である。


『眼下に歩兵の集団多数ーーー』

『サンダー4、右翼を叩けーーー』

『バーサーカ1 建造物をーーー』

隊長機では無線がひっきりなしに飛び交う。


浜の上では、突然の来襲に慌てふためく傭兵達が逃げ惑う中、対空機銃の一基が射撃を開始した。


地上から空に向けて曳光弾が連なった光の線がヘリの方に向けられるが、地表すれすれを高速で動き回るヘリに手動制御の機銃の弾はなかなか当たらない。


「バーサーカー1、ビーチの対空兵器を一掃せよ」


「了解、バーサーカー1対空兵器を優先目標とする」


バーサーカー1とコールされたAH-1Zは対空機銃付近まで移動し、機体下部にある20mm機関砲を目標に向けて放つ。

電動ノコギリの駆動音にも似た発砲音と共に毎分3000発の勢いで吐き出された弾は、対空機銃とその要員を一瞬でミンチにした。


眼下では、サブマシンガンでヘリを撃ち落そうとする者や、逃げ惑う者がそれぞれの最善を尽くそうと努力するが、どちらも無意味に次々と空から掃射を浴び倒れる。


「複数の森に逃げる人影がありますがどうしますか?」


マイクが逃走者の処遇をデニス大尉に尋ねる。


「逃げる奴は、バステリア兵だ!そして逃げない奴はよく訓練されたバステリア兵だ!」


「了解しました。追撃します」


隊長機のUH-1Yは逃げる兵の上を通過し、森の入り口でその機体を翻し、逃走者に正対する。


コックピットからは逃走者の慄く表情まではっきりと見えるくらいの距離だ。


マイクがハイドラロケットの発射ボタンを押すとロケットが打ち出され着弾と共に起こる爆風に体を引き裂かれ彼らの生が消滅する。




時を戻し、襲撃直前の洋館の中、皇帝は海上から聞こえる不気味な音に気付いた。


窓の外には水平線の向こうから顔を出す朝日しか見えない。

しかし、音は次第に大きくなる。自分意外にも聞こえているようだ。


目を凝らして太陽の中を見ると、暁色の太陽の中に斑点が20近く見える。。次第にそれの姿が大きく見えるようになるとそれが何なのかがわかった。


皇都で自分を襲ってきた飛行機械では無いか。


「敵襲だっ!!」


バーミー傭兵隊長がが叫んだ。


外では敵襲を伝える鐘を小刻みに鳴らす音が聞こえる。


「くそぉぉぉ!奴らはここまで襲ってくるかぁ!」

もう動揺を抑える余裕など無い。

高額な契約料を支払い、ムー共和国製の科学文明最高峰の装備を揃えた傭兵を雇った。彼らの装備しているライフルやサブマシンガンが皇国兵のそれとは次元が違う。これならば、どんな暗殺者が来たとしても返り討ちにしてくれるだろうと考えた。

だが、現実はどうだ。

窓の外にある光景は、自分の予想とは全く異なっていた。

自分たちの乗ってきた戦列艦が彼らの飛行機械によって一瞬で消滅した。

己の死を感じたと共に、言い表し難い程の後悔がこみ上げてきた。


彼らが機械船に乗ってきた時点で、判断を保留すべきだったと。


「皇帝!こちらへ」

メイドの1人が付いてくるように促した。


部屋にいた者たちは、部屋中に隠してあった武器、装備を身につけている。それは食事を供していたメイドも例外では無い。


メイドの6人はセミオートマチックのハンドガン、侍従長と傭兵隊長はサブマシンガンを持っている。


感傷に浸っている場合などではない。逃げなければ。


周りを武装したメイドに囲まれそこそこ広い洋館を走る。

裏口までは30秒もあればつくだろう。


走っている間にも、頭の中を様々な思考が巡る。

ニホンとアメリカ、奴らは何者なのか?一部ではムー共和国が武器を供与して戦わせているとの見方もあった。

しかし、奴らが使っている武器を見ても明らかに別物だ。ムー共和国と奴らが関係ないのは自明である。


屋敷から抜け出してすぐ、自分がいた屋敷が飛行機械の攻撃を受け吹き飛ばされている。


その威力は凄まじく、屋敷の内側でエネルギーが解放され壁も何もかもが吹き飛び原型をとどめていない。


「陛下!馬に乗って森の中まで一旦退避しましょう」


メイドが連れてきた馬に乗ろうとしたが、あの飛行機械の放つ唸りが大きくなり、視界にその姿が大きく入った。


終わった.....。

あの時、奴らについて少しでも調べていればこんな事にはならなかった。


「もう遅い」


飛行機械の中の敵兵と目が合った。いや正確には筒を覗いて自分を狙ってる敵兵の目線と自分の目線が交差した。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


次の瞬間、銃口が火を噴いた。


そしてこれが皇帝の最期の記憶となった。


皇帝の周りにいた傭兵隊長はもちろん、侍従長、メイドも銃を持っていたため、戦闘員と看做され躊躇うこと無く射殺された。


ヘリの中では戦況が無線を通じて次々と流れてくる。


『サンダー3よりサンダー1へ洋館裏の森の入り口で“ジェロニモ”を仕留めた。繰り返す。“ジェロニモ”を仕留めた。オーバー』


「良くやったサンダー3!帰ったらシルバースター勲章を申請してやろう」


目標は殺ったがまだ地上は掃討しきれていない。

そして遺体の回収もせねばならない。


「大尉!森に20近い熱源を感知。敵と思われます」


「森か...。ジャングルの中での戦いは好みでは無いな。母艦ボクサーにF-35Bによる航空支援を要請。弾種はMk77 焼夷弾を指定しろ。それまでに我々はビーチを確保する!」


「ハッ!了解しました。CASを要請します。

HQ、HQ!CASを要請ーーー」


「サンダー1よりバーサーカ全機へビーチを全力で奪取しろ!オーバー」


『了解。バーサーカー1より全機へ。ビーチを綺麗にするぞ。全弾撃ち切っても構わん。やれ!』


AH-1Zがビーチに上空に集結し全力で火力を投射する。


ビーチから射線が切れない位置にいる敵も同様にハイドラロケットと20mm機関砲の餌食となり次々と肉片と化し阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。


携帯対空ミサイルが無い戦場では、戦闘ヘリは最強の存在だ。


攻撃ヘリの全力射撃が始まってビーチが静かになるまでにものの1分もかからなかった。


『LZ確保!LZ確保!レベルはイエロー』


「よーし、全機ビーチに強行着陸然る後、ヘリは上空にて支援。歩兵は洋館跡に向けてラインアップ!」


ヘリが砂浜の上に着陸すると兵士達は手近な窪みの陰に入る。


サブマシンガンの発砲音がするが視界の効く砂浜では交戦距離が200m程になる。アイアンサイトで狙い拳銃弾をばら撒くそれでは全く届かない。


時々魔導師が火球を撃ち出すがそれは全くと言っていいほど届かない。彼らの適切な交戦距離は50m程なのだ。


地面に着弾した弾で砂煙が上がっている。まだ、地面に弾が落ちているということはまだまだ当たらないという事だ。


対して、海兵隊員の持つM16A4のレールの上には多くの隊員達は4倍率のA-Cogスコープを装着している。圧倒的に海兵隊側の弾が当たる。


「Mooove up!」


号令に合わせて少しずつラインを進める。


ジリジリと相手を追い込みつつ半包囲を形成する。


数分も射撃をしていると敵の戦線が崩壊し森の方へ逃走を始めた。


砂浜にはデニス大尉の機も降りて来て後詰と言った感じだ。


「深追いはするな!f-35がそろそろナパームを撒きに来るぞ」


F-35Bが抱えているのはMk77爆弾、正確にはナパーム弾では無いが効果は大体同じだ。


ターボジェットエンジンの轟音が空に響きわたり、F-35Bが上空に達する。


「おいでなすったな」



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