第26話 TOKYO2020
2020年7月24日 この日、ムー共和国の一行は出来たばかりの新国立競技場にいた。
シャレルが日本訪問の中で最も楽しみにしているイベントの一つがこの日開催される東京オリンピックの開会式である。
太陽は水平線に消えかけ、空は紅と黒の二色が支配していた。
手元の時計は既に午後6時45分を指している。あと15分で式は始まる。
既に会場の座席は人で埋まりきっており、式の開始を待つばかりだ。
シャレルは式が始まるまでの時間を競技場の観察に費やす事にした。
彼が座っている座席は楕円形の新国立競技場の短軸上、つまり正面のVIP席だ。そこからは競技場内すべてが見渡せる。
天井の柱から、トラックを挟んだ向こうにある座席、その奥にある通路全てだ。
そのおかげで、彼の観察は広い範囲に及んだ。
そもそも、ムー共和国にこのような規模のスタジアムはあるのか。
その答えは、“ある” だ。
だからと言って彼の中で見慣れた建築物に分類されるわけではない、シャレルにとって驚くものは十二分にあった。まず、建物全体が曲線で構成されているのだ。それは単純に競技場が楕円形という事ではない。柱や壁も曲線で構成されているのだ。
ムー共和国の建築技術ではこれを実現することは技術的な問題で不可能だ。さらに、設計段階でコンピュータによる設計支援を受けず手計算で算出するしかないムー共和国の現状では、設計するのも大変な事だ。
そして照明の多さと一つ一つの明るさだ。日没直前にも関わらず会場内は昼間のように明るい。
そして剥き出しのコンクリートは殆ど見られない。
競技場であるにも関わらずエントランスはホテルのそれのような装飾だ。
巨大な建物ながら細部までこだわり且つ全体が洗練された作りとなっている。
この国の民族性と気質がうかがえる拘りとなっている。
そうこうしているうちに、手元の時計の針は6時59を指していた。
そして、秒針が12を指して7時になると同時にトラックを照らしていた照明が落ち、オリンピック序曲が流れ始めた。
この曲は1964年の東京オリンピックの開会式でも演奏された曲だ。
再び、会場の照明がついた時、トラックは日本の歴史を伝える舞台となっていた。
最初の舞台は古事記を基にした神代の天地開闢に始まる。
舞台の中心に立つ一人が槍を突き立て搔きまわす動作をするとプロジェクションマッピングで島が現れた。
島の上に建物が立ちその周りで人が耕作を始める、数分すると寝殿造りの建物に映し代えられ、舞台の上の役者も狩衣や十二単を纏った人に変わっていった。
その後は、戦国時代から時代を進め江戸、明治維新 二度の大戦、戦後の復興、高度経済成長期そして1964年の東京オリンピックを経て2000年代のの日本までを舞台で表現した。
最後に出演者全員で“2020”の文字を書くと競技場外壁上から一斉に花火が打ち上げられた。
これで開会式序章は終わりだ。
序章が終わると、スタジアムを照らす照明が全力でトラックを照らし、トラックは昼間と全く変わらない明るさになった。
そして国歌「君が代」が流れ、ロイヤルボックスに天皇皇后両陛下が着席された。
会場に「オリンピックマーチ」が流れ始め各国代表選手団の入場が始まった。
始めはオリンピック発祥の地、ギリシャの代表である。その後はアルファベット順である。
選手団を自国の旗とオリンピックの旗を振りながら笑顔で観客を見上げながら入場している。
そしてそれを観客たちも笑顔で手を振りながら迎えている。
シャレルにとって、この光景は異様であると共に理想でもあった。
これほど多くの国が政治的対立と関係なく一堂に会してスポーツ大会を行うという事は今に弱肉強食の世界ではありえないからだ。
今この世界でこんな風に様々な文化、宗教を持った国々が何か一つの娯楽を共有することが出来れば、もう少し穏やかな世界が築けたのでは無いかと思うが、今となってはもうどうしようもないことである。
選手団入場に合わせて演奏される曲も行進曲のメドレーから再びオリンピックマーチに戻り、最後に開催国の日本代表の入場となった。
この間、シャレル達ムー共和国使節団を含む来賓や一般客は選手団に敬意を表して起立して迎えた。
選手団入場が完了すると、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長による挨拶、国際オリンピック委員会会長による挨拶そして、天皇陛下による開会宣言が行われた。
前回開催国のブラジル代表が国際オリンピック委員会会長にオリンピック旗を手渡し、それを東京都知事に引き継がれた。
オリンピック旗に引き続き、聖火ランナーがトラックを半周し聖火台に火を灯し、聖火台の前で代表による選手宣誓が行われた。
最後に放鳩、そしてブルーインパルスが人工の照明が煌々と照らす夜空に五輪を描き閉幕となった。
一行が新国立競技場を出て外務省が用意したハイヤーに乗って虎ノ門のホテルに向かう途中
使節団代表のドレイユは今日の式を振り返っていた。
今日の光景はムー共和国の外交方針に大きく影響するのだ。
今までのように、砲艦外交をやっていればいいわけではない事もよく分かった。
そして当然あまりにも経済的に強く結びつき過ぎると喰われてしまう。
「フェリエ君」
団長のドレイユは隣に座っている経済産業局から派遣された30代の男に声をかけた。
「君は先程の式典を見て何を感じた?」
フェリエは少し間を置いて
「そうですね、経産局としてはあの光景は希望の塊ですよ。無論、外交屋と軍事屋にしてみればそう単純な話では無いでしょうが。」
「ほう、それは何故だね?」
「あの式典に参加した国全てが平和かと言うとそうゆうわけでは無いようです。中には軍事的に対立している国もあるでしょう。しかし、それでもあのように交流があると言う事は当然経済的繋がりも多少なりともあるでしょう。」
「成る程、つまり君はこの世界全体が先程のように交流する流れになれば、敵対している魔術サイドの中枢とも貿易や技術のやりとりができると言いたい訳だね」
「そうです。しかし新たに転移してきた彼らと手を結べばその必要も無いでしょうがね」
「全くその通りだ。しかし彼らは“禁忌“を持っているようだ。我が国も確かに研究はしているが”禁忌“と定義されるようなレベルでは無い」
「そうでしたね、この国には無いようですけど。彼らが保有している”禁忌“の数は本当に世界を滅ぼせるようですし。運搬手段も完成されていますしね」
「あぁ、そしてもし魔術側も”禁忌“を手に入れたら大変だ。碑文通りなら次の大戦でこの世界は確実に滅びに近づく」
ドレイユの目は遠くを見ていた。
「また、本国に信じてもらえて貰えなさそうなネタが出来ましたね。」
「そうだな、だが信じて貰えなければムー共和国は終わりだ。大丈夫、本国の連中は優秀だ。バステリアのような愚は犯さないだろう」
「そうですね。信じて貰えそうに無いネタと言えば明後日からのそれぞれの分野担当が専門部署を実際に見て回るって話でしたね」
「そうだったな、外務省、防衛省、文部科学省、経済産業省、農林水産省が担当だったかな」
7月24日ムー共和国陸海空軍それぞれから派遣された大佐に当る階級の3人は自衛隊とその装備に関しての詳細な説明を受けるため、市ヶ谷の本省に招待されていた。
「おまたせしました」
そう言って三人がいる部屋に入ってきたのは、服装が異なる三人の佐官だった。三人の階級章には4本の金線が入っている。
つまり、三人とも1佐である。
三人の佐官は席に座り、挨拶は程々に本題に入った。
「それでは、予定通りお互いの概要から始めましょうか」
お互いに頷いて同意を示した。
「まずは、ムー共和国陸軍の概要について説明させて頂きます。まずはこちらを」
資料のを三束、鞄から取り出して渡した。
「まずは、一枚めくって頂き、第3項を開いて下さい」
皆がめくったのを確認すると続けた。
「ご覧の図が我が共和国陸軍の主力を担う歩兵の基本装備と、一個小隊の構成です。
全ての小隊は三台のトラックに分乗して移動します。
小隊は小銃手が25人、機関銃手が三人 そして残りの二人は作戦によって装備を変える。
一番ひだりの図が一般の歩兵です。手に持っているのはMk34歩兵小銃、後装式の小銃にになります。」
絵に描かれた歩兵はヘルメットを被り小銃用弾帯、サスペンダーを装着している。
全体的にグレーを基調としている。
WW2の標準的な歩兵のスタイルだろう。
「小銃の他にも、個人用装備では手榴弾、軽機関銃、狙撃銃、火炎放射器、バリスティクシールドなどがあります。」
バズーカなどの対戦車兵器が無い代わりに、バリスティクシールドと言った装備があるのは、当面の仮想敵国がバステリア帝国だったからだ。
敵に戦車がいないため対戦車兵器は不要である。そしてマスケット銃や矢ならば、バリスティクシールドで十分に防げる。
「次のページを開いて頂くと、大隊の編成があります。一個大隊は3個中隊から成り、内二中隊が小銃手を主力とした標準的な小隊で構成される中隊で、残りの一個中隊が重機関銃中隊で中隊全体で30挺の重機を運用しています。」
重機関銃中隊なるものがあるのもまた、バステリアの人海戦術に対抗するためだ。
「そして第10項を開いて頂くと機甲部隊の装備について記載されています。」
そこにあったのはイギリスが第一次世界大戦で投入したMkⅠ戦車のような回転砲塔を持たない乗り物の図が記載されていた。
「こちらが、我が陸軍が誇る重戦車ABV-9です。
最大装甲厚は15mmでバステリアの近衛の装備でも、ものともしません。さらに30mm砲を3門、7mm軽機関銃を6門装備します」
さながら陸上の移動要塞のようである。
「さらに、バステリアの竜騎兵に対抗するための対空型ABV-9AAもあります。こちらは車体上方に砲塔を6基装備しています。それぞれの砲塔には15mm重機関銃二挺をを装備し、分厚い弾幕で敵航空勢力を排除します」
車体上部からハリネズミのように銃身が見えるその姿は、さながら空想兵器のようである。
「第15項以降は、砲兵大隊や衛生中隊、管理中隊などそのほかの兵科、部隊についての説明となります」
「ありがとうございます。それでは次は日本国陸上自衛隊について説明させていただきます」
「それでは、スクリーンをご覧下さい。これから映し出されるものは、お手元の資料にあるものとから抜粋したものです」
「それではまず、普通科の説明からさせていただきます。」
スクリーンにフル装備の自衛官の写真が映し出される。ムー陸軍の歩兵よりも装備が多いい。
「彼ら普通科の主兵装は国産の89式自動小銃です。これは、5.56mm弾を毎分700発程度の発射速度で打ち出します。弾倉に30発入るので2秒もあれば打ち切ってしまう計算になります」
「これは、日本国の陸軍兵士全員に支給されているということですか?」
「厳密には全員ではありませんが、少なくとも実働部隊は全員これを装備しています」
ムー陸軍の大佐の眉が一瞬動いた。
「な、なるほど。失礼しました。続けて下さい」
「そして、胴体に装着しているものは防弾チョッキ3型と言い、砲弾片や拳銃弾から身を守る事が出来ます」
「そして、自動小銃以外の個人装備としては、やはり軽機関銃、狙撃銃、そして対戦車ロケット、対空誘導弾となります」
ムー空軍の大佐が手を挙げて質問した。
「対空誘導弾とはなんでしょうか?初めて聞くものですが」
スクリーンには91式地対空携行誘導弾を構えた自衛官の写真が映し出された。
「今映し出されているのが、対空誘導弾で射程は5km、一度目標をロックオンすると自動で追尾、撃墜します」
「自動で追尾.....ですか」
「それでは次は機甲科についての説明をします。とりあえずここでは戦車の説明にとどめておこうと思います」
映し出されたのは、74式、90式、10式が並んだ写真である。
ムー陸軍の物とは違い砲が一門しかついていない。ムーの面々にはすっきりしすぎて物足らなく感じるだろう。
「最新型は一番右のもので、10式戦車と呼称しています。こちらは動画があるのでご覧下さい」
部屋全体の照明を落として動画が再生される。
車長視点の動画だ。
平野に10式戦車が5両縦列で後ろの続いている。
『状況開始!』
無線越しに訓練の開始が宣告された。
「全速前進!砲塔旋回右90°!」
車長の号令とともに、エンジンが唸りを上げ瞬く間に時速70kmまで速度を上げる
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