第20話 陸自の S

2020年7月10日

バステリア帝国のニホン・アメリカ対策を一手に担うローデン元帥は、軍務省の自身の執務室で仮眠をとっていた。ここ数日自宅には帰っていない。

ここ最近心労が大きく、ベッドに入っても寝つくまでに時間がかかる。この日もそうだった。夜中の4時ごろようやく微睡みはじめた。

しかし、突然の報せによって眠りは妨げられた。

ドンドンドン

執務室のドアを叩く音だ。

「メイリアです。元帥、緊急事態です。起きてください」彼女の声から、ただ事でないことが伝わってくる。

「何があったのか?」

「帝国中部に送り出した軍集団の全通信球と連絡が取れなくなりました」

!?一瞬で眠気が吹っ飛んだ。

「大臣連中や軍部の連中は知っているのか?」

「軍部が機材不良を疑っていますので、大臣や皇帝にはまだ報告が入っていません」

「奴らまだ、現実が見えとらんのか。だが、運がいい。メイリア君、ここにシュメック課長達を呼んでくれ。それと、エーリッヒ公国と繋がる通信球もだ」

「やはり、あれをやるんですか?」

「国民を救うにはもうそれしか手はない。急ぐんだメイリア君」


1分後、シュメック課長たちと、通信球を抱えたメイリアが部屋に駆け込んできた。

「掛け給え、それでは覚悟はいいな?」

揃っている面々は既に覚悟はできている という顔をしている。

「私は、ローデンだ。在エーリッヒ大使館のメーベル君聞こえるかね?」

「はい、感度良好です。この時間にかけて来られたという事は、ニホンの外務省にお繋ぎすればよろしいのですね」

通信球から聞こえる声の主は、東京を訪問したエーリッヒ公国の使節団に紛れていた監督官のものだった。

「そうだ、早速頼む」

待つ事数十秒

「元帥、繋がりました。お話を始めてください」

「私はバステリア帝国海軍元帥ローデンだ。ニホン国外務省の菅殿、応答願いたい」

『ザザッ......こちらは、日本国外務省 新世界課の菅です。御用件を伺いましょう』

「私は貴殿の誘いに乗る事を決断した」

『聡明なるローデン元帥ならきっとそうお答え頂けると信じていました。しかし、このタイミングでのご返答とは。あと、数分遅かったらこの話は無くなる所でしたよ。それでは、前線の部隊に貴殿の事は直ちに伝えましょう。目印は右肩に青いリボンです。良いですね』

「分かりました。それでは皇帝の身柄と引き換えに、約束は守って頂けますな?」

『勿論ですとも。皇帝のお迎えは今日中にそちらに着くと思います。ローデン元帥、急がれた方がいいでしょう。今すぐにでも.... プッ』

通信が切れた。

最後の一言は何を意味するのか... しかし、ローデン元帥自身が答えを出す前に答えは出た。

突然バステリアの精鋭部隊、近衛軍集団の駐屯地が爆発した。それも、一回や二回ではない。それと、一緒に竜の断末魔が聞こえる。恐らく、駐屯地の中でも竜舎を狙った攻撃だ。

「まずい、攻撃が始まったぞっ!各々必要な武器を持て。皇居に行くぞ。メイリア君、隣の部屋にいる衛兵全員を叩き起こせ。彼らは賛同者だ。一緒に連れて行く」

慌しく身支度を整え。10人の衛兵を連れて皇居に向かって、馬に乗り、馬を走らせる。

ローデン元帥が持っているのは、ムー共和国製の骨董品のリボルバー、メイリアは細身の剣 レイピア、シュメック課長とサモン課長はロングソード、衛兵達は近衛専用装備のエーリッヒ公国製の後装式ライフルだ。

暫くすると、首都全体が騒がしくなり始めた。首都が攻撃を受けた時の規定により近衛軍集団120万の内、第1、第2、第3近衛師団が街中に分散配置されるからだ。

だが、そんな中でも近衛達が軍服を着て武装しているローデン達の姿を見ても怪しく思う訳がない。


駐屯地が爆発してから15分後、朝日で薄っすらと赤く染まり出した海の方から、聞き慣れない2種類の音が聞こえてきた。

様々な形をした無数の飛行機械だ。翼が付いている方のそれは、空中に何やら白いもの...いや 兵士をばら撒き始めた。

そして、もう一つの飛行機械、本体の上で何かを回転させながら飛ぶ飛行機械はゆっくりだが明らかにこっちに向かってきている。


そうこうしている間に皇城と渡廊下で繋がっている皇居の前にたどり着いた。ローデン達14人は意を決して皇居の中に突入する。



その頃、空の上では。陸上自衛隊所属のUH-1Jのキャビンの中で、特殊作戦群の面々が出撃前の最終チェックを行っていた。

その中の指揮官である。高田一尉が追加の連絡をしていた。

「小隊長の高田だ。特戦各員に司令部からの追加の通達事項がきた。『肩に青いリボンを付けたバステリアの海軍士官と兵士がいたら、それは現地協力者だ。絶対に撃つな』だそうだ」

ローデン元帥達が外務省の菅にコンタクトした時間はギリギリだった。下手をすれば、他の兵と一緒に殺されていたかもしれない。

「それと、最後にこれは俺からだ。皇帝捕縛作戦は米軍のグリーンベレーと行う。奴らに俺たちの練度の高さを見せつけてやれ」

同じ機に乗っている隊員達は声は出さないが、気合の入った表情で肯定を示す。他の機に乗っている隊員達の顔は見えないが、同様の表情で答えているだろう事は想像するまでもない。

高田は、C41連接システムに接続している端末に目をやる。この端末には、この戦場の敵味方の位置全てが表示される。

この辺りにいるのは、高田達 特戦の一個小隊とグリーンベレーの一個小隊だけだ。

「高田一尉、目的地が見えてきました」

副機長が、正面を指しながら教えてくれた。

「どうだ、目的地付近に防衛線は見えるか?」

「特に大きな動きはありませんが、正面玄関前の広場に2、30人程度の衛兵らしき人影が見えますね」

「ではそこを、ドアガンで制圧して強行着陸しよう。他の機と米軍にも伝えてくれ」

「了解です」

「新原、合図したら撃ち始めろ」

銃座に座っている陸士長だ。

ロココ調の巨大な2階建ての皇居が近づいてきた。

ヘリに気付いた皇居の衛兵達が慌てて銃を構える。

そして、機体を傾け高度を下げドアガンで掃射し易い様に機体を向ける。

「新原、射撃開始!」

「はっ」

新原が引き金を引くと同時に62式機関銃が7.62mm弾をバステリア帝国の衛兵達に向かって、重低音と共に連続して吐き出す。

30人程度ではどうする事も出来ずなす術なくなぎ倒されて行く。

「玄関前広場クリアー!!」

直ぐに、広場からの抵抗は排除される。

「機長、広場に降ろしてくれ!」

「了解!」

直ぐに機体は、地上に降りたった。ヘリが地面に触れると同時に、乗っていた隊員達は、M4カービンを持ち、ヘリを中心に円形に広がり周囲を警戒する。

「新原、貴様らは上空から援護してくれ!」

「了解です、一尉もお気をつけて。機長、離陸してくれ」

直ぐに、高田達を運んできたヘリは上空に上がり、周囲を監視する。

「LZ確保、他の機も正面玄関前広場に着陸せよ」

次々に、陸自のUH-1Jが小隊員達を降ろして行く。

グリーンベレーの隊員達は、ラペリング降下で2階のバルコニーのいくつかに分かれて降り立った。

「突入用意、爆薬セット!」

正面玄関付近の壁際に並んで、爆風を避ける。

「セット完了!」

2階のバルコニーに目をやると、ハンドサインで準備完了を伝えてきた。

「5、4、3、2、1 爆破!」

一回では、観音開きのドアが吹き飛び、2階のバルコニーではガラスがはめ込まれたドアが吹き飛んだ。

それと同時に、泣く子も黙る特殊部隊員が無言でM4カービンを構えて雪崩れ込む。

玄関に踏み込むと、衛兵が十数名待ち構えていたが爆発で怯んでいる所を直ぐに掃討。発砲音が鳴るたびに1人倒れて行く。

『こちらサクラ1、市街地より騎馬集団が接近中。どうするか?』

皇居上空で警戒に当たっているヘリが、敵の接近を感知した。

「対処は任せた。接近をを阻止してくれ」

『了解、ハンター1、2を差し向ける 』

陸自のAH-64 アパッチが対処に向かう。

こうしている間にも、隊員達は皇居の隅々まで浸透して行く。

時折、スタングレネードの破裂音がする。

高田も隊員達の後を追い皇居内を隈なく捜索する。

『隊長、非戦闘員を数名拘束しました 』

「直ぐに行く、現在地はどこか?送れ」

『1階の回廊右側です 』

その場所へ歩いて行くが、途中で数名のバステリア兵の死体を見たが、どれも頭を撃ち抜かれている。特戦の尋常では無い強さが伺える。

そこへ行くと、メイド服を着た女性が3人集められていた。

「隊長、彼女らはどうしますか?」

「非戦闘員は玄関前の広場に集めろ。他の奴らにも伝えろ」

「はっ」

今度は別の隊員が話かけてきた。

「隊長、米軍の連中が2階の捜索は大方完了したと言っていますが」

「どうだ目標は見つかったか?」

「見つかっていないそうです」

「そうか、隅々まで捜索する様伝えてくれ」

高田は、捜索の進行状況を確認するために更に奥に向かった。

「2分隊、現在地送れ」

『こちら2分隊、現在、東側廊下玄関より60m地点の食堂とおぼしき場所にて敵に遭遇、只今これを排除中』

「分かった、応援はいるか?」

『応援は必要ありません』

「了解」

既に、2階は捜索完了。そして一階も2/3程度捜索が終わっているのに目標が出て来ない。

『こちら1分隊、隊長西側廊下玄関より50m地点の書斎と思わしき部屋まで来てください。現地協力者らしき集団と接触しました』

「分かった、直ぐに行く」

1分隊がいる場所に向かうと、上から通達されていた通り肩に青いリボンをつけた10にんのバステリア兵と2人の中年と1人の美女そして、明らかに階級が高い将校が部下たちに銃を突きつけられていた。

「銃を降ろしてやれ」

敵意がない様なので銃を降ろさせた。

「自分はこの隊の指揮を預かる高田です。失礼ですが、お名前を教えて頂きたい」

一番歳のいった高級将校らしき老人が答えた。

「私は、バステリア帝国海軍元帥のローデンだ。この計画の首謀者だ。そちらの上司にも私の名前を言えば分かるだろう」

「確認しますのでお待ち下さい」

そう言って高田は衛星電話を取り出して、指定されていた番号に電話する。かかった先は日本の外務省だ。


「今確認が取れました。先ほどの失礼はお許し下さい。それでは本題に入りましょう。皇帝は何処にいますか?」

その質問をすると彼らの顔が曇った。何かまずいことがある様だ。

「そ、それが我々も皇帝を探していたのですが。何処にも居ないのです。取り逃がしてしまいました。申し訳ない、この私はどうなってもいい。だが、私の部下たちと国民の命だけはどうか許してくれ」

「何を言ってるんですか?元より我々は一般市民を虐殺する様な野蛮な文化は持ち合わせて居ませんが。そんな事より何処に逃げたか心当たりはありませんか?」

高田の返事に彼らは、驚いた、と同時に狼狽えた表情をした。無理もない。彼らがやって来た対外戦争の全てで、一般市民をかなりの数殺しているからだ。そして、ローデン元帥達もバステリアが同じ運命に陥るものと覚悟していたからだ。そして、その為のクーデターであったのだから。

「国民は傷つけられずに済むという事ですか!?なんと、バステリアは軍事力だけでなく精神面でも劣っていたのか。情けない.....」

「そんな事より...」

高田達、その場にいた隊員はこんな反応をするローデン元帥を見て、バステリア帝国が日本の領土に乗り込んでくる事が無くて良かったと心から思った。もしそんな事になっていたら、大虐殺が起きていたことは間違いないからだ。

「そ、そうでした。噂ですが、皇居と皇城には秘密の抜け穴があるとか無いとか。少なくとも、この屋敷にいない事は確かです」

その時、高田の無線に報告が入った。

『3分隊Aチームより隊長へ。1階西側廊下70m付近の寝室とおぼしき部屋で、縦穴を発見。目標がここから逃げた可能性が大。送れ」

「高田だ。直ぐに向かう。終わり」

高田はローデン元帥の方に向き直り。

「縦穴が発見されました。みなさんそこへ向かいましょう」

寝室で隊員に案内されその縦穴があるところまで行き、それを覗き込んでみる。

「隊長、このサイズなら人、1人なら余裕で通れますね」

「あぁ、間違いない。逃げられた くそッ!」

悔しいが仕方がない。ローデン元帥達によると竜舎が爆発した瞬間に逃亡した可能性が高いらしい。

「新庄、司令部に、予備プラン二十一号の発動を要求しろ」

「はっ!HQHQ、こちらS1小隊。東京オリンピックの開会式は7月21日。繰り返す、東京オリンピックの開会式は7月21日」

『こちら新世界基地統合作戦司令部。了解した。21号戦を発動』


『こちら新世界基地統合作戦司令部より緊急電。バルカザロス全域で活動する全部隊に通達する。作戦21号を発動。繰り返す、作戦21号を発動。なお、この命令は最優先事項である。事前マニュアルに従い、直ちに行動を開始せよ』


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