赤い糸を結んでくれたあなたがキモオタになっているなんて思いもしなかった
@ika366
第1話:放課後
「でもさ、ヒメちゃんに女性専用車両って必要かなー?」
「ど、どういう意味かな兎在さん?」
あけすけにものを言われ、私は眉間にしわを寄せ声の主を睨む。
「ヒメちゃんはかわいいよ。その銀の髪なんか羨ましいもんっ。きらきらしてて。でもね」
言いかけて、口を手で覆った。私は相変わらず怪訝な顔で次の言葉を待つ。
「そっかー、ロリコンっているもんね。怖いよね。気をつけないとねー」
「どういう意味かな! その涙目!」
うるうるした黒の瞳が西日色に染まる。
艷やかな長い黒髪に黒い瞳、シワひとつない制服からレースのハンカチで涙を拭うその様はまるで深窓の令嬢のような兎在さん。
しかし見かけと打って変わって彼女は重度のアホをこじらせている。
そのアホっぷりは筋金入りで、このように、無自覚人のコンプレックスをずぶずぶえぐりにきたりする。自覚がない以上言われた本人も強く糾弾できず、彼女と関わる人間はやり場のないフラストレーションを抱え込むことになる。結果兎在さんは女友達が少ない。ただまあ豊満な乳のおかげと天然とも呼ぶべきキャラクター性のおかげで男子からの人気はなかなか篤いようだ。
私はちらりと教室の時計を確認する。時刻はおよそ5時5分前。長針と短針が綺麗な直線を描いていた。
ひぐらしの声と蒸し暑さが夏休みの残滓のように斎場高校を満たす。4階の最南に位置するここ、一年一組まで余すこと無く。
「そろそろ行くよ」
「ん、了解―」
私が重い腰を上げると、彼女は机の端を掴んで猫のように伸びをした。
「待ってよっか?」
「いや、いいや」
「ふーん」
彼女はなにやら詮索するような目で私を見やる。
「なにも起きないから」
「いや、いやいやいや」
「だってあのトモくんだよ? 一年生にして身長は一八〇センチで筋肉質、対してヒメちゃんはふつうにこども料金で映画見られるくらいの背丈! その身長差およそ四〇センチ、体重なんて倍くらいなんじゃない⁉ そんな二人が二人ぼっちで夕暮れの屋上を二人じめしようものなら間違いなく間違いが起きるじゃん⁉」
後半の壊滅的な文章はこの際無視しよう。
私は嘶く兎在さんの口を手で抑えると、じっと彼女の瞳を覗いて告げる。
「なにも、起きないから」
私の言葉に彼女は頬を膨らませるが、ため息とともにそれを萎ませると、彼女も立ち上がり鞄を持った。
「じゃあ、また明日」
「うん」
階段に差し掛かりひらひらと手を振る兎在さんに返事をする。彼女は手を猫のように丸めると、ジャブのように突き出す。
「ふぁいとー」
にへらと笑う彼女のゆるさにつられるように私も相好を崩す。そこでやっと緊張のあまり表情がこわばっていたことに気がつく。あるいは一連のやりとりは私の緊張を解くために? と、思ったが、多分違うだろう。そこまで考えるようなタイプではない。そういう自然体というか、有り体でいられるところが、私が兎在さんを好く理由の一つである。
「ありがと」
彼女は私の言葉に満足気な顔を浮かべると「じゃねー」と言い残しパタパタパタと小気味良く階段を駆け下りていった。
さて私は。
とりあえず時間を確認する。
五八分。まだちょっとある。屋上はこの階段を登ったところだ。
私はスマホのカメラで髪の具合を確認する。
ディスプレイには銀のセミロングにライターの炎のように淡い橙をした瞳を持った童顔の少女が映し出される。
これが私、
趣味で脱色しているわけではない。血筋というわけではない。生まれた時からこの色だったという。
私は前髪を手で軽く梳くとスマホを閉じて階段を登った。
放課後、ホームルームの直後。
『話あるから五時に屋上で』
私に漫画を貸してくれたあと、ささやくように告げた鎌瀬くんの声を聴き取れたのは私だけ。なら良かったのだが真後ろの席に座る兎在さんにも聞こえていたようだ。耳ざとい。
一体何の御用かしら。なんていくら恋愛経験のない私でも思うわけがなく。
だからこそ、屋上の扉が重い。
「ご指名に預かった聖さんだよーっと」
なんておどけながら入ってみる。ちゃかすためじゃない。緊張をごまかすためだ。
コの字をかたどった斎場高校の屋上は三つに分かれている。ここ、南館の屋上は北館同様そこまで広くなく、入り口からそのだいたいが視界に入るのだが。
「……いないじゃん」
私はぽつぽつの歩く。
夕焼けに照らされた屋上はアスファルトが熱を吸って上からも下からも暑い。照らされたというよりは包まれたと表現した方が正確かもしれない。
地方の住宅街に佇む斎場高校。空はパノラマに広がり地上の家屋も朱に染まっているからなおさらそう感じる。
「はあ」
そんな中、私は独り。中々に惨めだ。
「こっちだよ聖さん」
真後ろから声がして私は振り向く。
屋上の入り口の上。給水塔の前。そこに一人の少年が座っていた。
「ふつうに呼んで」
「姫添」
「なんでそんなところに?」
「どんな反応するのかなって思ってさ」
そう言って彼は入り口の上から飛び降りる。兎在さんの言ってた通り、鎌瀬くんは背が高く、私は見上げないと彼の顔を見られない。
彼は爽やかな笑顔を私に向ける。
「ごめんね、呼び出しちゃって」
「ううん。……部活はいいの?」
彼はハンドボール部に所属していたはずだ。私は運動部の声がするグラウンドを見やって彼に訊く。
「今日は体育館使えないから休みなんだ」
「ふうん」
グラウンドではサッカー部が汗を流している。この時間まで熱量を保てるのは率直に羨ましい。
私は、冷めている。髪を撫でる秋風のように。
私は彼に視線を戻す。
鍛えられた体躯、その割に線の細い顔、大きな手大きな口、短く切られた髪。
兎在さん曰く私にはもったいないとのこと。同感だ。
「それで要件は?」
私の簡潔な物言いに面を食らったのか目を丸くする鎌瀬くん。
彼は姿勢を整え真剣な眼差しで私を射抜く。
「好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
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