第二章第60話 ディーノとエレナ(前編)

 最後の MP ポーションを飲んで回復すると、床に横たわるエレナの隣に腰を下ろした。


 たしかに断魔の聖剣はエレナを斬った。斬ったはずでその時の生々しい感覚もこの手に残っているにもかかわらず、エレナの体には傷一つない。悪魔が作り出したであろうあの黒い服も消えていて、何日か前に別れたあの時の服装に戻っている。


「なあ、フラウ。エレナは大丈夫かな?」

『うん。きっと大丈夫だよ。だって、エレナは悪魔に体を乗っ取られてもずっと、ずっとがんばってくれてたんだよ?』


 それはそうだ。もしあの悪魔がエレナの力を完璧に使いこなしていたら、と考えるとゾッとする。


「でも、俺。エレナを斬ったんだよな……。その時の肉を斬った感覚がさ。まだこの手に残ってて……」

『……ディーノ』

「それに、フリオはデーモンハントで元の姿に戻ったけどさ。まだ意識が戻ってないじゃないか。エレナがもしそんなことになったら……」

『きっと、きっとエレナなら大丈夫だよ。デーモンハントは悪魔の魂を斬るアーツだもの』

「だがフリオは!」

『あいつは、悪魔の誘惑に負けて自分から悪魔の力を受け入れちゃったから……。多分、フリオの魂にもきっと悪魔の力が染みついてたんだと思うの。でも、エレナは違ったでしょ?』


 それは……そうだ。もしもエレナがフリオのように悪魔の誘惑に乗っていたならば、俺では逆立ちをしたって勝てなかっただろう。それに、悪魔の言っていたあの計画が実行されていたらそれこそサバンテの街が滅亡していたかもしれない。


『だからね。最後まで負けずにずっとがんばってくれてたエレナの綺麗な魂を断魔の聖剣が傷つけるはずないよ。ね?』

「あ、ああ。それはそうだけど……」


 理屈ではわかるけれど、やはり心配なものは心配なのだ。


「う……」

「エレナ!?」


 うめき声を上げたエレナがゆっくり目を開けた。


「あ……れ? どう、して……? あたし、悪魔に負けて……それから……あれ?」

「エレナ! エレナなんだな? 大丈夫か?」

「ディー……ノ? あ、やっぱり夢ね……。こんなところに来れるはずないもの……」


 う。まあ、そういう評価をされていることは知っていたが……。


 こうして面と向かって言われるとなんとも複雑な気分だ。


 まあ、それでもいい。きちんとエレナであることが確認できたのだから。


 それに、この様子だと悪魔に体を乗っ取られていたときのことは覚えていなそうだ。


「エレナ。お前を苦しめていた悪魔は俺とフラウで倒した。だからもう安心してくれ。あとはここから脱出するだけだ」


 しかしエレナは何とも胡散臭いものを見るかのような表情で俺を見てくる。


「……もしかして、あんた。あの悪魔が化けてる? そうよね。ディーノが悪魔を倒せるわけないもの。ディーノは弱っちいんだから!」


 エレナはそう言って何とか起き上がろうとしているが、どうやら力が入らないのか上手く起き上がれていない。


『ディーノっ! あたしを召喚してよっ!』

「あ、そうだったな。フラウも話をしたいよな」

「あ……フラウ!」


 召喚されたフラウを見てエレナは一瞬困惑の表情を浮かべ、それからようやく笑顔になった。


「フラウがいるってことはこれ、本物なわけ?」

「そうだよっ! エレナを助けたくて、全財産をなげうってガチャを引いたんだよっ! ディーノの愛だねっ!」

「お、おい! フラウ! そんな話は今!」

「えへへー」


 フラウはてへぺろと言わんばかりに後頭部を掻きながら可愛らしく舌を出した。


 まったく。この天然妖精は。


 一方のエレナはというと顔を真っ赤にしていた。


「な、なあ。エレナ?」

「……あ、うん。えっと、その……ありがと」

「あ、ああ」


 エレナが、感謝の言葉だと!?


 俺が驚愕しているとエレナはさらに言葉を続ける。


「そ、それとね」

「ああ」


 そう言ったきり、エレナは沈黙してしまった。


「……」

「……」

「あのね?」


 その何とも言えない微妙な空気を破ったのはエレナだった。


「何だ?」

「その、今まで、ごめんなさい」

「え?」

「あたし、ディーノのことずっと殴ったりして。ごめんなさい」

「???」


 い、一体何が起こっているんだ?


 突然エレナが謝るなんて!


 しかも、涙まで流している!?


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「あ、いや。エレナ」


 あまりの事態に一瞬フリーズしてしまったが、この間とは違ってどうやら本気でエレナは謝っているようだ。


「良いから、そんなこと。俺、別に怒ってないからさ。謝ってくれてありがとう」

「……うん」


 エレナはそう言って鼻をすすった。


 どうしよう。こんな殊勝なエレナにどうやって接したらいいのかわからないぞ。


『まったく。ディーノったらホントに鈍いんだからー。いい? 泣いている女の子は、優しく抱き寄せてねっ。それから優しい王子様のキスをあげるんだよっ』

「なっ!? フラウ!?」


 いつの間にか召喚状態を解除していたフラウが爆弾発言をしてきた。


『えへっ。ちょっと周りを見てくるね~』

「え? あ、おい! フラウ!」


 そう言うとフラウは俺が呼び止めるのも聞かずに出口のほうへと飛び去ってしまった。


「ディーノ? フラウがどうしたの?」

「なんか、周りの様子を確認してくるって」

「そう……」


 エレナはそう呟くと、また少しの間黙り込んだ。そしてまたエレナのほうから口を開いた。


「ねえ、ディーノ」

「ん?」

「あのね。どうしても話したいことがあるの」


 そう言ったエレナの表情はとても真剣なものだった。


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次回「第二章第61話 ディーノとエレナ(後編)」の更新は通常通り、2021/06/03 (木) 21:00 を予定しております。

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