第二章第59話 決着

 俺は衝撃波を盾で防ぐとエレナの細剣を断魔の聖剣で受け止めた。


「エレナ! おい! いいから落ち着け! 一体どうしたんだ! まずはここから脱出しなきゃ!」

「ウルサイ!」


 そんな俺の呼び掛けには一切応じず、むしろ何かを振り払うかのようにエレナは猛攻を仕掛けてきた。


 振り下ろし、突き、突き、突き、さらに突きのフェイントからの横薙ぎ。


 俺はそれらを全て盾で受け止めた。


 ……遅い。


 いくら食事もなしに閉じ込められていたとはいえ、遅すぎる。


「このっ!」


 俺はエレナの連撃の隙を突いて再び盾を思い切り突き出した。


 それに押されたエレナはやはり先ほどと同じように数歩後ろに下がった。


 これは、本当にエレナなのか?


 エレナの見た目をしただけの別人なんじゃないか?


 怒っているからとか、弱っているとか、いくらなんでもそういう話ではない気がする。


 そう。これは、根本的におかしいのだ。


 そもそも、エレナが本当に俺を殺すつもりであればあの剣の舞を使っているはずだ。


 だとすると……。


 最悪の仮説が脳裏に浮かぶ。


「なあ、フラウ。あのエレナは……」

『たしかにエレナなのに。でも、まるでエレナじゃないみたい……』


 やはりそうか。


 どうやらフラウも同じことを感じていたらしい。


「おい! お前は誰だ?」

「ああああああああ!」


 しかしエレナはその問いには答えず、再び先ほどと同じように絶叫すると衝撃波を放った。


「!?!?!?!!」


 その衝撃波を浴びた瞬間、突如得も知れぬ恐怖が湧き上がってきた。


「あ、あ……」


 そして言葉にもならない音が俺の喉から勝手に紡がれ、カタカタと奥歯が妙な音を立て始めた。


 こ、これは!?


「死ね!」


 エレナがすさまじい形相で俺を睨みながら突っ込んできた。


 だ、ダメだ! やられる!?


『ディーノっ! しっかりしろっ!』

「っ!?」


 フラウのおかげで何とか恐怖を振り払えた俺はとっさに体の軸をずらしたが、それでもエレナの突きを完全に躱すことはできなかった。エレナの細剣は鎧に隙間のある左腕をざっくりと突き刺す。


 鋭い痛みが左腕がから伝わってくるが、それに構わず密着したエレナの無防備な腹部に思い切り膝蹴りを叩き込んだ。


 ガキィィィィィン。


 断魔の鎧の膝当てとエレナの体を包む黒いぴっちりとした服がぶつかり、まるで金属同士がぶつかったかのような音を立てた。


「がっ、グギギ」


 エレナは素早く飛び退ったが、苦悶の表情を浮かべている。


 これは……効いているのか?


 あの服は意味不明な硬さだったが、肉体のほうにはきっちりと攻撃が通っていたような気がする。


 それとエレナの一撃をくらった左腕だが、思ったよりも随分と傷が浅いように見える。


 しかもさっきのあの叫び声からの衝撃波だ。


 あれはまるで……。


「なあ、フラウ。あれってやっぱり」

『きっとエレナは悪魔に体を……』

「乗っ取られている」

『……うん』


 そう。あの衝撃波はフリオが使っていたそれとそっくりだった。しかも、明らかに攻撃よりも受けたダメージが小さい。これはきっと断魔シリーズの装備のパッシブ能力「悪魔耐性」が効果を発揮したのだろう。


 だが、それがわかったところでどうすれば助けられるのだろうか?


『ディーノ! あたしを召喚してっ! 応援するから、デーモンハントでエレナを助けようよ!』

「え? だがエレナを斬ってしまったら」

『デーモンハントは悪魔族の魂だけを斬る対悪魔専用のアーツだよっ! エレナの体も魂も、悪魔に染まっていなければ大丈夫だから!』

「……」


 だが、もしエレナがフリオのように悪魔に魅入られていたら?


『ディーノ! エレナは大丈夫だよっ! 絶対に悪魔なんかの誘いには乗るはずないし、悪魔なんかに絶対負けないんからっ!』

「……わかった。フラウ。頼むぞ」


 フラウを召喚すると、今度は俺の左肩の上にちょこんと乗ってきた。


「うん。任せて!」

「ああ」


 フラウにそう答えてからエレナに、いや、エレナの体を乗っ取っている悪魔に向けて宣言する。


「この悪魔め! よくもエレナの体を乗っ取りやがったな! 俺がお前を斬って、エレナを助けてやる」

「!? ケケケ。ようやく気付いたか。だが、お前はこの剣姫の肉体を傷つけられるのか?」

「何?」

「この体が死んでもワタシは死なないが、この剣姫は死ぬ。その意味がわかるな? ケケケ」


 なるほど。こいつは、まだこちらの切り札に気付いていない。ならば!


「……なぜ! どうしてこんなことをした! フリオを唆したのもお前か!」

「ケケケ。その通り。全てはこの剣姫を手に入れるため」

「エレナを手に入れる? どういうことだ!」

「ケケケ。この剣姫を使えば、迷宮はさらに強くなる。剣姫の力を持つ魔物が生み出せるようになるのだ」

「剣姫の力を持つ、魔物だって?」

「そうだ。剣姫を迷宮核と融合させれば、剣姫の力を持つ迷宮が出来上がるのだ。そうすれば、迷宮から生まれる魔物は全て剣姫の力を持つことになる」

「なんだって!?」

「そして地上は剣姫の力を持つ魔物で支配されることになるのだ」

「そんなこと!」

「ケケケ。この剣姫もだいぶ静かになってきたからな。そろそろ、本気を出してやろう。剣の舞」


 ついにエレナが、いや悪魔がエレナのアーツを使った。


 エレナの前に闇の剣が二本出現する。


「ケケケ。さあ、死ね!」


 悪魔がそう言うと、闇の剣がものすごいスピードで俺のほうへと迫ってきた。


「ディーノ! がんばれっ!」

「ケケケ。そんな妖精の応援ごときで何ができるか!」


 悪魔はバカにしたようにそう言ったが、こいつは根本的に理解していない。


 妖精ごときではないし、フラウの応援はものすごい力を与えてくれるのだ。


 俺はエレナに向かって走り出すと一本の闇の剣を断魔の盾で弾き、もう一本を断魔の聖剣で叩き切った。


 どちらの闇の剣もそれだけであっさりと消滅する。


「な、何っ!?」


 エレナの顔で悪魔は驚きの表情を浮かべた。


 やはりこいつはエレナの力を使いこなせていない。


「エレナの体を無理矢理使ったところで、中身がエレナじゃなきゃあの強さは再現できないってことだ」

「ぐ、このっ! ああああああああ!」


 エレナが絶叫し、先ほどの衝撃波が飛んできた。


 避ける場所もなく俺はそれを正面からまともにくらってしまったが、先ほどのような恐怖に襲われることはなかった。


 どうやら今回は断魔の宝冠が悪魔からの状態異常を防いでくれたらしい。


「ば、バカなっ! まさかその装備は!」

「ああ、そうだ!」


 悪魔はどうやらこちらの手札に気付いたようだ。だが、もう遅い。


 このままデーモンハントを叩き込んでやる!


「止まれ! そうでなければこの剣姫の喉を突き刺してやる!」

「なっ!?」


 悪魔はあろうことか、乗っ取ったエレナ自身の首筋に細剣を突きつけた。


 俺は慌てて急ブレーキをかける。


「このっ! 悪魔が!」

「ケケケ。何とでも言え。さあ、その忌々しい剣を捨てろ。この剣姫が大切なんだろう?」

「……」


 断魔の聖剣を投げ捨てようとしたちょうどその時だった。


 俺の左肩に乗っているフラウが大声で叫んだ。


「エレナ! がんばれっ! 悪魔なんかに負けるなっ!」

「な!? が、お、お前……痛めつけ、や……ディー、ノ……あたし……斬りなさ……はや……く……」


 悪魔が、いやエレナがそう言って細剣を投げ捨ると両手を広げた。


「ディーノっ! 今だよっ!」

「あ、ああああああああ!」


 俺は無我夢中で叫ぶとエレナに対してアーツを発動する。


「デーモンハント!」

「ギャアアアアアアアアア」


 エレナを斬った生々しい手応えに俺は思わず顔をしかめ、言いようもない不安感と不快感が押し寄せてきた。


 一方のデーモンハントを受けたエレナはすさまじい叫び声を上げ、まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。


 だが、俺は見逃さなかった。


 エレナの体からどす黒い塊のようなものがずるりと出てきたところを!


 あれが、悪魔だ!


「逃がすか! デーモンハント!」


 もう一撃をその黒い塊に叩き込んだ。


 断魔の聖剣はそれをあっさりと真っ二つにするとすぐさま眩い光を放った。するとその黒い塊も、部屋の壁にびっしりとこびりついていた触手もその光を浴びてサラサラと崩れて消えていく。


 ああ、なるほど。これが、悪魔を倒すということなのか。


 やがてその光が収まるとそこは石造りの普通の小部屋へと姿を変えていたのだった。


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次回「第二章第60話 ディーノとエレナ(前編)」は通常通り、2021/06/01 (火)21:00 の更新を予定しております。

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