第二章第47話 悪魔の罠

「エレナ! やったねっ!」

「ええ……。これが、聖なる力……なのね」

「そうだよっ! あたしたち妖精の応援はね。エレナがもともと使える力を引き出してあげることができるの!」

「そうなの? でもあたし、何だってすぐにできたのに、聖なる力だけは何回やってもダメで……」


 エレナはそう言って悔しそうに俯いた。


「でも今できたんだから、エレナもきっとできるようになるはずだよっ!」

「フラウ……ありがと」


 表情を少しだけ崩したエレナは左肩に乗っているフラウにそっと頬を寄せる。


「学園の先生にね。できないのはあたしの心の問題だって言われてたの。だから、もしかしたらフラウの言うとおりなのかもしれないわね」

「うんっ!」


 フラウはそう言うと頭をエレナの頬にぐりぐりと擦り寄せた。


「ちょっと。くすぐったいわよ」」

「えへへーっ」


 そうして二人は楽し気に笑い合う。


「おーい! エレナ! フラウ!」


 そんな二人にディーノが駆け寄ってきた。


「あ! ディーノ! どうよ! あたしとフラウが協力すればベヒーモス? だっけ? あんな魔物なんて相手じゃないのよ」


 エレナはディーノのほうへと向き直ると両手を腰に当て、胸を張って自信満々な表情を浮かべる。


「あーっ! エレナったら素直じゃない~」

「う、う、うるさいわね」


 フラウが小声でかかうとエレナも小声でそう返したのだった。


◆◇◆


 俺はエレナとフラウのところへと急いで駆け寄っていく。


 エレナの態度は相変わらずだが、フラウが一緒に戦ってくれたおかげであの恐ろしいベヒーモスをあっさりと倒してしまったのだ。


 これは素直にすごいと思う。


 エレナに称賛の言葉を掛けようとした丁度その時だった。ほんの十メートルくらい先にいるエレナとフラウの足元に突然複雑な光り輝く紋様が現れた。



「お、おい! エレナ! フラウ! 足元!」

「え?」

「あ!」


 エレナとフラウがそれに気づいた瞬間、紋様は強い光を放つ。


「エレナ! フラウ!」

「ディーノ! え? 何これ? ディ」


 突然エレナの声が聞こえなくなり、やがて強い光も消える。


 そこには先ほどまでいつもの偉そうな態度で自信満々に語っていたエレナの姿も、隣で常に俺のことを応援してくれていたフラウの姿もなく、巨大な魔石だけが残されていたのだった。


「え? フラウ! エレナ! おい! どこ行ったんだよ! おい! おーい!」


 俺は慌てて二人の名前を呼ぶが返事はない。


「ディーノ君! 今の光は何だい? それにエレナちゃんは?」

「それが、いきなり変な紋様が床に現れたかと思ったら二人が光に包まれて! それでそのまま消えてしまったんです!」

「紋様? 消えた?」

「ねぇ、ディーノくん。一体どうなったの? あの魔物は?」


 俺たちの会話に通路のほうから戻ってきたルイシーナさんが加わってくる。


「あの魔物はエレナとフラウが力を合わせて倒してくれました。ただ、そのあとに変な紋様が現れて光って。それで消えたんです」

「紋様?」


 そう言ってルイシーナさんは魔石の近くまで歩いていった。


「あ、もしかしてそこのそれかな? あー、これは……」


 ルイシーナさんは床を調べながらそう言ったきり言葉を濁す。


「ルイシーナ。何かわかるかい?」

「多分なんだけど、これ。転移の魔法陣よ」

「転移?」

「そう。強力な力を持つ者にしか扱うことのできないとされる魔法ね。魔法陣自体はわりと有名で記録は残っているんだけど、誰一人として使える人がいないって有名な魔法なのよ」

「そんなものが……」

「使えるとしたら、それこそ悪魔とかじゃないかしら」

「……つまり、迷宮攻略の要のエレナちゃんを」

「そんな! フラウは? それにエレナは? 二人は今どこにいるんですか?」


 俺は気が動転してルイシーナさんに詰め寄ってしまったが、カリストさんがたしなめてくれた。


「ディーノ君。落ち着くんだ。大切な幼馴染と妖精がいなくなって焦る気持ちはよく分かるよ。でも、こういう時こそ落ち着かなきゃいけない。今、できることは何かあるかい?」

「できること……? あ! そうだ! フラウを召喚すれば!」

「それができたとしても、もしそうしたらエレナちゃんが一人になってしまうよ。落ち着くんだ。どこに転移させられたのかは分からないけれど、それがもし迷宮の奥深くだったらそれがどれだけ辛いことがディーノ君は知っているだろう?」

「あ! ……すみません」


 俺は、最低なことを考えてしまった。


 迷宮の中に閉じ込められたとき、トーニャちゃんや『蒼銀の牙』の四人とフラウがいてもあれだけ辛かったのだ。


 そんなところにエレナを一人にするような選択肢を思いついてしまうなんて!


 自己嫌悪に自分で自分を思い切り殴ってやりたい気分だ。


「ディーノくん。多分、私たちはこの迷宮をまだ甘く見ていたんだわ。悪魔に魅入られたあのフリオを倒してもう解決はすぐだと思い込んでいたけれど、そもそもの元凶である悪魔はその姿を現していなかったんだもの」

「その通りだね。そしてこれまでのことを考えると悪魔はかなり狡猾な奴のようだね」

「はい」

「ということは……うん。冷静に考えてエレナちゃんたちが転移させられたのは、この迷宮にとって最大の脅威であるエレナちゃんを始末するためだろう。となると、転移先は確実にエレナちゃんを始末できる場所だろうね」


 エレナを始末する、と言われてなぜかはわからないが妙に胸がざわついてしまう。


「気持ちわかるけれど、落ち着くんだ」

「……はい」

「話を続けるよ。ルイシーナ。その転移魔法陣というのは、どういうところに人を移動させられるんだい?」

「魔法陣同士を繋げるっていう話しだったわ。だから魔法陣を描ける床のある場所で、さらに転移してきた人がその場に居ることが出来なければいけないって習ったわね。つまり、空の高いところとか地面の中というのは無理なはずよ」

「なるほど。ということは可能性は二つ。一つはこの迷宮の中でエレナちゃんを閉じ込める、もう一つはここからはるか遠い場所へと飛ばして攻略できないようにする、といったところかな」

「でも、転移させる距離が長ければ長いほどたくさんの魔力が必要になるって習ったわ」

「じゃあ、エレナちゃんはこの迷宮の中にいる可能性が高いね」

「! だったら! 早く二人を助けに行かないと! 食料が!」

「そうだね。でも、まずはその魔石を回収してリカルドを安全な場所に連れていかないとね」

「あ……はい」


 俺がそう答えた次の瞬間、MPが切れたのを感じる。


 くそっ。 俺が……もっと強ければ……。


==============

次回更新は通常通り、2021/05/08 (土) 21:00 を予定しております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る