第二章第20話 引っ越し
「ところで、ディーノさん。もうDランクになられたのですし、『断魔』という二つ名もあるのですからそろそろお引っ越しをなさったほうがよろしいのではありませんか?」
「それはそうなんですが……」
「ディーノさん、泥棒に入られたのですよね? ディーノさんはもう有名になったのですからしっかり自己防衛をしてください」
「まあ、その。分かってはいるんですが……」
俺がそう言うとセリアさんは少し呆れたような表情で大きくため息をついた。
「もう。フラウちゃんはあんなにしっかりしているのに。ディーノさんがこんなことではフラウちゃんが可哀想です。いつ泥棒に入られるかわからない場所でフラウちゃんを寝かせるおつもりですか?」
「いや、それは。その、フラウは他の人には見え――」
「いくら見えなくても、フラウちゃんはあんなに小さな女の子なんですよ? 泥棒が入ってくるような場所で寝かせるなんて可哀想だとは思わないんですか?」
「そ、それは……」
ど、どうしよう。それはそれで一理あるかもしれない。
いや、だが俺はほとんどの期間は家にいないのだ。だから家になんかお金を掛けても【精霊花の蜜】を引くための軍資金が減るだけだろう。
『ディーノったら怒られてる~♪』
そんな俺の葛藤をよそに、フラウは楽しそうに俺の周りを飛び回りながらからかってくる。
く、くそう。この姿を見たらセリアさんだってフラウだけがしっかりしていて俺がだらしないなんて印象にはならないはずなのに。
「ディーノさん! 聞いていますか?」
「あ! は、はいっ!」
セリアさんが俺のことをジト目で見てくる。
「ディーノさん。まさかとは思いますが、もしかして『あのスキルを使うためのお金が減る』なんてことを考えているんじゃないでしょうね?」
うっ。なんでそんなに鋭いんだ?
「そ、そ、そ、そんなことは……」
「考えていたんですね?」
「……はい」
あまりの迫力に俺はつい認めてしまった。
美人が怒るとものすごく怖いという噂を聞いたことはあったが、まさかそれを身をもって体験することになるとは。とてもではないが、俺ごときで抗えるような生半可なものではなかった。
「もう。そんなことではフラウちゃんが可哀想ですよ?」
「で、でも……」
「でも、何ですか?」
「ほ、ほら。俺、ほとんど家にいないじゃないですか。だから、家にお金を掛けるのはもったいないなぁって……」
俺がしどろもどろになりながら何とか答えると、セリアさんはまた大きくため息をついた。
「そういうことでしたら、今のお家を引き払って宿暮らしになさってはいかがですか? 当ギルドには、そういった冒険者の方ために有料で貸倉庫のサービスをご提供しているのはご存じですよね?」
「え? そんなサービスがあったんですか?」
「え? ご存じなかったんですか?」
「はい」
「そうでしたか。それは失礼しました。『蒼銀の牙』の皆さんと親しくされていたようでしたからてっきりご存知かと思っていました。『蒼銀の牙』の皆さんもご利用なさっているんですよ」
「え? そうだったんですか……」
「はい。ええと、それではご説明いたしますね」
それからセリアさんは貸倉庫サービスの説明をしてくれた。それによると、小さなロッカーから大きな部屋まで様々な大きさの貸倉庫を月額 5 マレからで借りられるらしい。
鍵は魔力式になっており、俺の持っているこのギルドタグが鍵の代わりになるのだそうだ。しかも所有者の魂の情報も同時に使用しているため、他人がギルドタグを盗んでも開けられないらしい。
なるほど。これは便利だ。
「すみません。Dランク以上のほとんど全ての冒険者の方にご利用いただいているサービスでしたので、てっきりご存じかと……」
「いえ。俺もまさかこんな便利なサービスがあるとは思っていませんでした。カリストさんにもどうしているのかなんて尋ねたこともありませんでした」
「いえ。私もご案内をしておらず申し訳ございませんでした」
先ほどまでの雰囲気はどこへやら、俺たちは二人で謝り合っている。
「じゃあ俺も宿暮らしにして、荷物はここの倉庫へ預けることにします」
「はい。どのタイプになさいますか?」
「そうですね。この月に 50 マレのものにします」
「かしこまりました。今月分は日割り計算となります。それから、月の途中での解約には手数料として 10 マレを申し受けておりますのでご注意ください」
「はい」
俺は書類にサインすると料金を支払う。
「確かにお受け取りいたしました。夕方には使えるようになりますから、本日よりお預けになりたい品物がございましたらその頃にお越しください」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ」
こうして挨拶を交わして席を立つと、セリアさんが話しかけてきた。
「あの……」
「どうしました?」
「ディーノさん。フラウちゃんはまだいるんですよね?」
「はい。ここにいますよ」
セリアさんがそう言ってきたので俺はフラウを指さす。するとその場所に向かってセリアさんがにっこりと微笑んだ。
「それじゃあね。フラウちゃん」
『うん。まったねー!』
フラウはブンブンと手を振って身振りでもバイバイと伝えようとしている。
「またね、だそうです。それから、ここで大きく手を振ってますよ」
「まぁっ。またね」
俺が指さした場所に笑顔を向けたセリアさんはそう言って小さく手を振る。
そんなセリアさんのいるカウンターを後にし、俺は家を引き払うために自宅へと向かって歩き始めたのだった。
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