僕の推しを布教したい!

不可逆性FIG

My favorite Vtuber.


「あーあー、みんなぁー! 聞こえてますかー? こんどらごら~! 異世界から魔法薬布教のために転移してきた植物系Vtuberアイドルの満燈まんどうレイコでーす! いえぃいえーぃ!」


 僕が見ている画面の中で彼女が今日も元気に喋り始めていた。

 今、世の中では密かに流行り出している次世代の職業がある。たぶん、あなたも耳にしたことくらいはあるだろうか。顔出しをしなくてもいいYouTuberとして、特徴的なキャラクターが描かれたイラストを自身のアバターにYouTube配信をするバーチャル世界のYouTuber、今ではVtuberと言い換えたほうが伝わりやすいはずだ。

 黎明期には四天王と呼ばれた偉大な先駆者が道なき道を切り開き、発展期にはVtuber専門の芸能事務所が生まれて開拓した道を整備し、今では企業勢や個人勢と呼ばれる多種多様な人たちがその道に街を築き、経済活動の交易路として活用している最中なのである。

 そんなかつてないほどのVtuber戦国時代の中で、最近僕が推しているキャラがいる。名前は『満燈レイコ』。

 植物系Vtuberアイドルを自称している彼女は人間に受肉したマンドラゴラという設定で、その名の通りマンドラゴラの別名マンドレイクをもじった名前なのだそう。個人で活動している人であり、テンション高めな子供っぽい可愛らしい声で話し、森妖精のドリアードをモチーフにしているのであろう深緑の髪とアホ毛の代わりに釣鐘状の赤い花を咲かせている、そんなキャラクターデザインだ。


「今日はね、生配信のタイトルにもあるように今から私がいた異世界に伝わる秘伝料理を作っていこうと思うよー! 今回作っていくのは、じゃじゃーん! 滋養強壮マンドラゴラカレー!! ――え、『共食いじゃないのか』って? 毎回毎回、そういうメタいこと禁止! アンタたちねー、新鮮なマンドラゴラを取り寄せるの高かったんだから、やっぱり使いませんなんて出来ないってわけ! 使わなきゃ無駄金なの、わかるでしょ!? ……草、草、草って笑ってんじゃないよアンタたち! あ、メンバー登録もスパチャもありがとね~!」


 配信画面には、動く彼女のキャラ絵と実際のキッチンを撮影している映像が流れている。にんじん、じゃがいも、たまねぎ、鶏肉などを切ったり炒めたりしながら、適度にコメントを読んで突っ込んだり雑談しながら出来上がっていく美味しそうなカレールー。そして、仕上げにと取り出したのは、まるでスーパーで買ってきたかのように発泡スチロールのトレイにラップで封されている根菜か何かのブロック片だった。

 満燈レイコの視聴者はその切り分けられたブロックを見るやいなや、お決まりのようにコメントを打ち込む。もちろん僕も、だ。


 出たw 大根(マンドラゴラ)www

 既視感しかない包装ww

 世界観の手抜きはやめてもろてwww

 草ドラゴラw

 

 そう、彼女が定期的に行う料理配信で必ずといっていいほど登場する謎の食材。満燈レイコはマンドラゴラだと主張しているが、どう見てもサイコロカットされた大根でしかない。しかし、それも配信の盛り上がるポイントのひとつとなっているのである。

 カメラに映される自称マンドラゴラ食材、それを見た視聴者たちの総ツッコミ、満燈レイコの逆ギレと嘘泣き、「言いすぎてごめんね」という意味合いで視聴者たちの謝罪スパチャ。ここまでがテンプレート化しているのだ。そして、僕もとりあえず流れに沿ってコメントに500円を乗せて彼女に届けるのだった。


「うるさいうるさーい! せっかく高価なマンドラゴラをお取り寄せしたのに、大根大根ってひどいじゃん……アンタたちねぇ、これがどれだけ有能な食材か、わかってんのッ!? 魔法薬や、錬金術には欠かせない原料なーの! ちょっぴり毒性は強いけど、上手いこと配合すれば栄養満点の食材なのに……それなのに、アンタたちは……ぅえーん、ぅえーん!! チラッ、ぅえーん!! チラッ、チラッ! ぴえーーーん!!!」


 満燈レイコは異世界から転移してきたという設定である。

 なので、現実社会のリアルな生臭い話は世情に疎いということにしてスルーすることがあった。それ自体は設定に則った上手い躱し方なのだろう。ただ、時おり誰もが日常生活では当たり前に知っていることすらわからずに、視聴者の助言で初めてそれを知るような言動もあったりするのだ。とんでもない阿呆なのか演技力の賜物なのか、はたまた本物の異世界人なのか、判断に困るミステリアスさもまた彼女の魅力でもある。


「ふう~、お腹いっぱい。マンドラゴラカレー美味しかったよー! みんなもマンドラゴラ手に入れたら是非カレーに入れてみてね! それじゃあ、これで今日の配信は終わりまーす。満燈レイコをこれからもよろしく! また明日も配信するから見に来てねー、ばいばーい! せーのっ、おつどらごら~!!」


*****


 植物系Vtuberアイドルの満燈まんどうレイコを僕が知り、推し始めてからしばらく経った頃のことだ。

 いつもどおり雑談、ゲーム実況、謎のマンドラゴラ料理などをローテーションで配信している毎日。良くも悪くも安定した面白さだけど、それゆえに新規の登録者があまり増えずに伸び悩んでいた時期に差し掛かっていた。最近はそれを打破しようとしているのだろう、今まであまりやって来なかった歌ってみた動画やコラボ配信などを今までよりも積極的にするようになり、試行錯誤しているのが誰の目から見ても明らかだった。着実に登録者数は少しずつ増えてはいるものの、8万人に到達したあたりで次の9万人突破の壁がなかなか超えられずにいる。配信では面白おかしく雑談してはいるが、ツイッターではたまに弱音を吐いたりして、翌日にはその投稿を消すということがたまにあった。

 そんな最中のことである。満燈レイコの生配信を見るために彼女のホームにアクセスすると、僕は目を疑った。あれだけ高い壁だった9万人がいつの間にか突破され、その勢いは9.8万人にまで到達しているではないか! 何があったのかまったくわからず、本当は推しアイドルの大躍進を喜ぶべきなのに、僕は呆然としてしまったのだった。

 そして、謎の興奮と高揚で気持ちが高ぶったまま、時間になり彼女の生配信が今日も始まる……。


「あーあー、みんなぁー! 聞こえてますかー? こんどらごら~! 異世界から魔法薬布教のために転移してきた植物系Vtuberアイドルの満燈レイコでーす! いえいいえーい!」


 まずはいつもの挨拶だ。最近はこの声と挨拶を聞かないと、落ち着かなくなっているのは自分でもちょっとヤバいと思う。そして、どうしてこんなにも登録者数が爆増しているのか、きっとここで語られるだろう。僕は固唾を呑んで配信を見守る。


「ねー、みんな見た!? 私の登録者数! 急に増えててビックリしたんだけど! ついに9万人突破いえーぃ! てか、10万人もいきそうじゃない、コレ? ――配信始める前にさぁ、どうしてこんな伸びたんだろうってエゴサしてたんだけど、すぐに原因わかりました! なんかね、ツイッターで何故か『マンドラゴラ』が超バズってんの! そう、マンドラゴラが! めっちゃウケるんだけど!! あ、みんなも見た? 一応、知らなかった人のためにスクショしたの見せるね~!」


 彼女の配信画面に映し出されたのは、とある人のツイート画面だった。その呟きには「本物川小説大賞」という何かの企画がツイッター上で開催されていることがわかる文面だった。そして、満燈レイコはそれがツイッターでバズることを目的としたオリジナル小説企画だということを説明する。

 そして、問題の2枚目のスクショに切り替わった。


「でね、これがバズってるツイート! 『マンドラゴラ農家のお気持ち』っていう本当の苦情っぽい短編小説なの! すごくない? めっちゃリツイートされてんの。思わず、私もコメント載せてリツイートしちゃったもん! このバズ効果で私の満燈レイコチャンネルも一緒に増えてるってわけ! アンタたちもリツイート必須だからね! いやー、私もついに有名人かぁ……え、なに『コバンザメで草』? うるさーいッ! 運も実力のうちって言うでしょ! あ、初見さんこんどらごら~、チャンネル登録よろしくね~!」


 嬉しそうにアホ毛の代わりに咲く釣鐘状の赤い花を左右に揺らしながら、笑顔で感情をめいっぱい表現する彼女。その様子に胸が熱くなった僕を含めた視聴者は思い思いにスパチャを投げ合う。その間にも『マンドラゴラ農家』はバズり続けて、その副次的効果として配信中の満燈レイコを知った人々によって登録者数もかつてない速さで増えていた。

 新人の個人勢Vtuberでは10万人いけば、有名になったと言っても過言ではないレベルなのだ。その記念すべき瞬間まで後、1000人……500人……300人……100人……。


「本当は今日、ゲーム配信しようと思ってたけど急遽10万人見守り配信になっちゃってごめんね。また近いうちに枠を取るから! あー、なんか緊張してきたー! まさか、私がこんなに大勢の人に応援されてるって想像してなかったからさあ! 今、実は私の手の平、汗でびっちょりだかんね!? あはははっ、キーボードのF5だけすごい湿ってるのマジ笑えるんだけど! あーそうそう、一応10万人超えたとき用に密かに企画してたことあるんだけど、こんなに早いと思わなかったからまだ準備段階なの。だから、もうちょっと待ってね!」


 登録者数が大台に迫ってきていた。僕も不思議と肩に力が入り、彼女と一緒に緊張してるのが客観的に見て笑える状況である。残り50人……30人……10人……!


「――そうなの、新しいこと企画しててね今さぁ……え!? 10万人突破した? ほんと!? ちょっと待って更新してくる! あっ、本当だ! やったあああああ!! みんなー、満燈レイコのチャンネルがついに10万人突破したよおおおーーーー!! ありがとおおお!! あ、やべ、ありどらごら~~~~!! アンタたち、私やったよ! 今日から満燈レイコも有名Vtuberの仲間入りだああああーーーーーー!!」


 コメント欄では賛辞の拍手やスパチャが大量に流れていた。

 本気で喜ぶ彼女の姿に、僕はこれまでのことをつい思い返して感傷的になってしまう。最初期のデビュー配信から知って応援したわけではない。けれど、少なからずそれなりに長い期間ずっと配信を見てきたので、神がかり的な爆笑シーンも、鬼畜ゲームをクリアするまでの耐久配信も、たまに話し出す彼女の心温まる本音を聞いたときも、全部引っくるめて満燈レイコの魅力だった。僕には、それがたまらなく好きだった。

 マンドラゴラの擬人化というキャラクターがなかったとしても、きっと僕は彼女の配信を好きになっていただろう。推してきて良かった。僕にとって、いや、誰にとってもそう思える記念すべき配信となったはずだ。


 お祝いムードに包まれたまま、今までの思い出なんかを語らう雑談配信に移行して、しばらくの時間が経った。名残惜しいがそろそろ終了の時間も迫っている。良い具合に彼女が話す雑談にオチがついたところで、これからの配信についてを今日の締めくくりに、と言葉を紡ぎ出していく。


「みんな今日は本当にありがとね、一生の思い出になったよ。 ――それでね、さっき10万人突破記念の配信を企画してるって言ったじゃん? その企画を発表する前に、ひとつ公表しないといけないことがあるの、聞いてくれる? 私ね、異世界から転移してきたって設定じゃない、あ、これちょっとメタいかも! まあいいや、でもこれね、実は本当の話なの! 本当に私、異世界から来たんだよ、来たっていうか行き来してるっていうか、ね! ――うん? 『しょうもない公表で草』、『企画発表はよw』、『知ってる知ってるw』……アンタたちねー、もう少し私に優しくできないわけ? はあ、わかった、わかりました! 異世界から来た美少女マンドラゴラの10万人突破企画を発表すればいいんでしょ? 耳の穴かっぽじってよく聞きなさいよね!!」


 感動と興奮の配信も最後はいつもどおりの満燈レイコらしい終わり方だった。

 きっとこれから先も彼女の登録者は伸びていくだろう。偶然、他所のマンドラゴラがバズって彼女の活動にも思わぬ影響を及ぼしたけど、たぶんそれが無かったとしても遅かれ早かれ彼女のチャンネルは大きく伸びたと思う。多少、推しアイドルという贔屓目があるにしたってこれが事実なのだから。

 アイドルは推せるときに推せ。

 いつの日にか僕はどこかで知ったこの金言を胸に、これからも満燈レイコを推していこうと密かに誓うのだった。


「たぶん一週間以内にとんでもないサプライズ商品が異世界から届くから、それの開封を生配信しようと思っててね~! しかも、奮発して新しいマイクも実は買っちゃったから同時お披露目にしようって! ふふん、すごいでしょ。私だってやるときはやるんだから! おかげでVtuber活動の予算がだいぶヤバいことになってるけど……! じゃあ、発表します! 満燈レイコの10万人突破企画は――」


 今、僕たち視聴者の心は間違いなくひとつになっていた。まだまだ世間一般では企業勢の足元にも及ばなくて、そんなに認知されていない駆け出しのアイドルだけど、これから輝かしい未来へと華麗に羽ばたいていく全てを一緒に体験できるなんて、僕たちはなんて幸せ者なんだ、と!

 ありがとう、名も知らぬ同士たちよ。

 ありがとう、これから出会う仲間たち。

 ありがとう、満燈レイコ、Vtuberになってくれて。

 そして、僕たちは今、一体感に包まれて凪いだ心のまま彼女の声にそっと耳を澄ます……。



「初めてのASMRマイクで! 王室御用達の産地直送マンドラゴラ植木鉢から!! 新鮮な高級マンドラゴラを全力で引っこ抜く超貴重な配信やるよおお~~~~~~ッッ!!!!」



〈了〉

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