第18話 魔法

 夕方近くになって、外で素振りをしていた俺を、カリンが呼びに来た。カリンは今日ここに泊まっていくと身振りで伝えている。

 そして、今晩の夕食はふたりが作ってくれるらしい。


 アイシャは松葉杖でかまどのある部屋まで来ていて、カリンに手伝ってもらいながらも料理を作ってくれる。

 大丈夫かな~、とアイシャの周りをウロウロしていると、アイシャに笑われてしまった。


 かまどに火を入れようとアイシャが膝を床に突いてかがみ、指をパチンと鳴らした。すると指から炎が出てかまどに吸い込まれる。


「なんじゃこりゃ~!!」


 それを見ていた俺は腰を抜かして、尻もちをついてしまった。


「魔法か? 魔法なのか? アイシャが!!」


 俺の驚愕ぶりを見て、カリンが大笑いしていやがる。それを無視しアイシャの手を握って頼み込む。


「アイシャ! もう一度、もう一度見せてくれ!」


 ウンと頷き人差し指と親指でパチンと指を鳴らすと、炎が指先から出てしばらく飛んで消えた。

 魔法を目の前で見て感動している後ろで、カリンがまだ笑い転げている。


「お前はできるのかよ!」


 カリンに向かって、指を鳴らしてやってみろとこぶしを握る。

 カリンが目を逸らした。なんだコイツ、魔法はできないんじゃないのか。


「ハッハーン」


 と嘲るように笑ってやった。大人げないことをしてしまった。

 カリンが怒って指をパチンパチン鳴らし始めたが何も起こらない。


「ホレホレ、もっとやってみな!」


 いや、ほんと大人げない。

 真っ赤に怒ったカリンがパチンと指を鳴らす。


 ボンッ。


 頭の上で爆発が起きて黒い煙が出た。驚いたアイシャが慌ててカリンの手を両手で握る。カリンも驚いた顔でウンウンと頷いた。

 魔法の失敗か? 危く髪の毛まで燃えるところだったぞ。


 その後は何事もなかったように、ふたりで食事の用意をしてくれた。

 夕食は3人一緒に寝室で食べようと、隣の部屋からテーブルと椅子を持ち込む。

 アイシャ達のおしゃべりが止まらず、いつもより賑やかな食卓。こんな食事もいいものだと思いながらふたりを見ていたが、俺はさっきの魔法が気になって仕方がない。


 この世界に魔法があるなら、俺も使ってみたい。

 食器を片付けた後、アイシャにどうやって魔法を使っているのか身振り手振りで聞いてみる。


「アイシャ・ さっきの・ 魔法・ どうやって使う?」


 少し伝わらなかったようだ。もう一度だ! 俺は大きな動作で踊るように身振り手振りで伝える。


「アイシャ・ さっきの・ パッチン・ 魔法・ どうやって使う?」


 カリンはなぜか魔物でも見るような目で俺を見てくる。


「※○△※、☆☆※◇◇※」


 アイシャには伝わったようだ。

 ベッドに腰かけて向かい合って座る。


 アイシャは俺の胸に手を当てて、ゆっくり胸からお腹、そしてまた胸へと移動させる。今度は胸から手の先へと手を動かして撫でていく。

 なんだかくすぐったいぞ。


「分かった?」と俺の目を見てくるが、イマイチ言いたいことが分からない。


 今度は俺の手を取って自分の胸に当てる。なんだか柔らかいぞ。

 さっきみたいに体を回していき、指の先に来た時にパチンと指を鳴らす。ふ~む。何かを体の中に循環させて指先に持っていくということか?


 空手や拳法で気功と言うものがあって、気を体内に巡らせるそうだ。少し胡散臭いのだが、それと同じように気を巡らせて指先に集中すると考えれば、何となく分かるような気がする。


 少しやってみるか。

 目を瞑り、心臓から血液を循環させるように、血液ではない何か。それを体全体に回していく感じだ。

 瞑想という感覚に近いかもしれない。意識を体内だけに集中し外界から遮断する。


 膝に置いていた手をゆっくりと上げ指先に集中させパチンと指を鳴らす。すると指先に小さな炎が灯る。びっくりして手を振ると炎は少し前に進み消えてなくなった。


「うぉ~、すっげ~!」


 俺にも魔法が使えたぞ!!


 立ち上がりガッツポーズをする俺を見て、アイシャがパチパチと手を叩いて喜んでくれる。いつの間にか横で椅子に座っていたカリンが、目を見開いて驚いている。

 カリンもアイシャに教えてもらっているが、上手くいかないみたいだな。


 落ち込むカリンを見て『ハッハーン』と……いやいや、いくら何でも大人げないので止めておいた。


 アイシャの魔法講座はまだ続く。

 今度は親指と薬指でパチンと鳴らすと小さな石がヒュ~ンと飛んで砂のように砕けて消えた。


 え~、魔法って何種類もあるの? ひとりで使えるの? ええ~、呪文は?

 などとアタフタしてたら、アイシャが「やってみて」というように促してくる。

 もう一度、目を瞑り意識を体内に持っていき循環させる。指先に集中し親指と薬指でパチンと鳴らす。

 俺の指先から砂が下に落ちて消えていった。


「うぉ~!」


 また叫んでしまった。横で見ていたアイシャがクスクスと笑っている。その後、調子に乗って魔法を使っていると、急に体の力が抜けて床に膝を突く。

 どうなった? 意識ははっきりしているが、体に力が入らないぞ。


 アイシャが心配そうに俺の顔を覗き込む。カリンが肩を貸してくれてベッドに横になった。

 ふたりが何か話しているが、あまり慌てた様子ではない。大した事ではないのかもしれない。


 10分ほど休んだら起き上がれるようになったが、魔法を使いすぎるとこのようになるらしい。カリンが「気にしなくてもいいから」と慰めるように肩をパンパンと叩いてくる。

 うむ、今後は注意しないとな。アイシャやカリンの前でこんな無様は晒せない。


 夜はアイシャとカリンふたりで寝室を使うようだ。

 アイシャは「ごめんね」というようにしてたが、女の子ふたりでパジャマパーティーなのだろう。


 男の俺が邪魔するような無粋な真似はしない。隣の部屋でローブに包まって寝る。

 寝室からは楽し気な話し声や小さくクスクス笑う声が聞こえてきた。それを子守唄のように聞きながら疲れた体をゆっくり休める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る