第16話 歯磨き

 アイシャもかなり元気になってきたようだ。一緒に朝食を摂っている時も楽しそうにおしゃべりをしている。


「△※※☆※。ユヅキ※☆□□※、カリン☆※△☆※△」


 カリンという単語も出てくるから、友達の事を俺に紹介してくれているんだろう。楽しそうで、こっちもつい笑顔になってしまう。


 朝食を終えた後、アイシャが松葉杖を突いて入り口の方に歩いていった。転びそうで、見ていてハラハラする。すぐ支えられるように横や後ろに付いて俺も一緒に歩く。

 水を欲しそうにしていたので、コップに水を入れると、流し台のところで棚に置かれた箱から木の棒を取り出した。


 あ~、歯磨きか。あんな木の棒でするのか。痛くないのかな。

 終わったようなので、コップを渡すと、「クチュクチュ、ペッ」と、していた。


「俺も、俺も」


 そう言うと棚から新しい木の棒と小ぶりのナイフを手にして、寝室へ向かう。ベッドの上で、その木の棒を器用に切って俺用の歯ブラシを作ってくれた。

 こうか、と棒を口に入れてアイシャに見せる。ウンウンと頷いて、歯ブラシになにか振りかける動作をした。あ~、歯磨き粉もあるのか。


 流し台正面の棚には、白い粒状の粉があったので歯ブラシにふりかけて歯を磨いてみた。これは塩だな。前の世界でも塩入りの歯磨き粉はあったし、あまり違和感はないな。カリンの店でも仕入れたが、塩は安価に手に入るようだ。

 歯ブラシも柔らかい木の皮の裏側を使ってるようで、思ったより痛くない。こんな日用品は自分で作るんだなと感心する。



 お昼前、アイシャが俺のサバイバルナイフを持ってきてほしいと身振り手振りで伝えてくる。

 寝室に行くと、アイシャがこっちを見て両手を広げる。

 これは……『オンブ』だな。正解だった。ダッコと手の広げ方が微妙に違うのだ。 俺は違いの分かる男である。


 アイシャを背負い食料庫の一番奥、昨日沈めたイノシシの肉のところまで行く。言われるままロープをたぐり寄せイノシシの肉を、床に座るアイシャの近くまで持ってきた。


 ここでイノシシ肉を処理するようだ。アイシャが指示を出して俺がナイフで切っていく。まずは皮を剥ぐところからである。イノシシの足先の皮を輪切りに傷を入れた後、縦に1本切れ目を入れる。

 切れ目から皮と肉の間にナイフを入れていき皮を剥いでいく。ナイフは切れすぎるぐらい切れるので楽だが、少し本体の肉も傷つけているな。初めてだし許してほしい。

 

 皮を剥ぐと、鳥や豚に比べて赤味がかった色の肉の塊になる。アイシャが肉を吟味して、ここからここと、指示した場所で肉を切り分ける。

 アイシャは慣れているのだろうが、パックに入った肉しか知らない俺は、太い骨や肉の大きさやらにビビリまくりだ。


 切り分けた肉と皮を持って食料庫の入り口に戻る。塩を付けた後、各部位の肉を吊るすようだが、それは背中のアイシャがやってくれた。

 背中で動かれると、柔らかな胸が色んなところに当たって、そのね……。少し困ってしまう。


 ここは洞窟の中で、手前の部屋よりも気温が低い。肉の保存にはいい場所なのだろう。前に吊るされていた肉も今は骨だけになっているが、乾燥していたが腐る事もなかった。


 昼はイノシシの肉をたっぷり入れた、おじやを作るか。買ってきた葉野菜も入れてみよう。肉は食べやすいように小さく切って煮込んで、いつもの非常食と調理用の塩で味付けする。


 イノシシ肉は臭みがあるかと思ったが、新鮮で下処理も良かったのか気にならないな。味見すると少し硬い肉だったが、味がしっかり出ていて中々に美味い。

 アイシャも満足してくれたようで完食してくれた。

 ご飯の後、アイシャにはベッドでゆっくり寝てもらおう。怪我にはそれが一番だ。



 寝室を出た俺は、部屋の壁際に立て掛けてあったショートソードを手に椅子に座る。サーベルタイガーの時も大イノシシの時も、こいつのお陰で命拾いした。


 だが、こんな偶然が続くわけない。この世界で生きるなら、剣に慣れて使いこなす必要がある。鍛錬をした方がいいだろうと、俺は剣を持って外に出る。昔、習っていた剣道の素振りをショートソードでやってみよう。


 片刃の剣なので感覚としては竹刀と同じだが、相当に重い。練習用の木刀よりも重いか。まあ、この方が鍛えられるな。

 剣を正面に構えて振りかぶり、1、2、1、2と掛け声を掛け、前後に足を運びながら剣を振る。剣道の練習など久しぶりだが体が覚えているようで、剣を振るたびに馴染んできた。


 とはいえ、鈍った体にはきつい。このぶんだと明日は筋肉痛だな。まあ、日課にして続けていけば、この剣も自由に扱えるようになるだろう。



 夕食の後は、アイシャに頼んで言葉を教えてもらう。ベッドの横に座り、まずは簡単なことから教えてもらおう。


「数字を教えてくれないか?」


 指を立てて。


「イチ・ニイ・サン」


 と聞くと、分かってくれたようで、


「!!・””・##」


 と答えてくれた。フムフムなるほど。


「シイ・ゴ・ロク」

「$$・%%・&&」


 この世界でも数字は10進数のようだ。これは当たり前のようだが、たまたま人間の指が5本だったからそうなるだけで、4本指なら8進数となり7の次が10となっていたはずだ。


 アイシャもそうだが、この世界では10本指の獣人が多いのだろう。


 それと百以上の単位は無いそうだ。日常100まであれば事足りるということか。やはり異世界は興味深いな~。

 夜の勉強会(いやらしい意味ではないぞ)は、このあたりにして今日は寝るとするか。今夜もこのベッドでゆっくり寝られる。幸せ、シアワセ……。

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