第11話 不思議な踊り

 日が昇る頃、自然と目が覚めて、大きな伸びをする。やはりベッドで寝るのは気持ちがいいな。

 スヤスヤと寝ているアイシャを起こさないように、静かに隣の部屋に行く。朝食の準備をしていると、物音に気付いたのかアイシャが起きたようだ。


「おはよう」


 朝の挨拶をして食料庫の肉を取りに行く。肉がだいぶん少なくなってきたな。手持ちの非常食も4分の1ほど。ふたり分を作るとなると何日も持たんな。


 朝食の後、どうしようかと不思議な踊りを踊りつつアイシャに聞いてみる。


「倉庫・ 中・ お肉・ もう無い・ どうすればいい?」

「※○△※! ※◇☆※◇◇※」


 今回はすぐに分かってくれたようだ。


 その後、アイシャはどうしようかと少し考えているようだったが、こちらを見て両手を広げている。ダッコのポーズだ。

 お姫様ダッコで抱き上げて隣の部屋に行き、アイシャは壁に吊してあった毛皮を全部手に取り確かめている。


 「下、下」と言っているようなので、しゃがむと下に置いてある小さな箱の中から巻き貝を取り出した。


 寝室に戻って、アイシャはベッドの枕元から小さな革の袋を取り出し、中から銀貨と銅貨のような物を数枚取り出した。

 丸い硬貨を手に取ってみると、人の顔や模様などがデザインされている。これがこの世界のお金のようだな。


「ユヅキ※☆、□□※、☆※/X*□□」

「※☆※・ △X□△※・ ※△※※☆・ ※□※☆」


 これを? 持つ? 外を? 走る??

 ん~、分からん。


 こちらを見て、両手を広げている。またダッコかな? おっと、違うようだ。ダッコではなく、今度は背中に担いでほしいようだ。

 背中を向けると首元に抱きついてきた。柔らかい胸の感触が気持ちいいぞ。


 アイシャを背負って外に出て道を少し進むと、左上の方を指差した。ここを登るのか? よく見ると、道にはなっていないが人の通った跡がある。

 登ってみると左にカーブした道に突き当たる。その道を進むと山の麓が見渡せる場所に着いた。


 湖とその近くの町がよく見える。ここは標高が低いのか前に山から見た時より大きくはっきりと見えるな。アイシャがこの曲がりくねった道の先にある町を指差す。


 そういうことか。さっきのお金などを持って町で食料を買い出しに行けばいいということだな。一旦家まで戻って、アイシャをベッドに寝かせる。

 でも待てよ、俺はしゃべれないしアイシャを連れて行くわけにもいかないだろう。


「アイシャ。俺しゃべれないよ」


 アイシャはベッドの横の机に置いていた、手のひらサイズの巻き貝を手に取ってなにかしゃべっている。


「□△※、アイシャ。※△※☆※/X*□※」


 今度は俺に巻き貝を渡す。……ん?

 アイシャが俺の手を取って耳に近づけて貝の先端を押す。


「□△※、アイシャ。※△※☆※/X*□※」


 さっきアイシャが話した言葉が、そのまま巻き貝から聞こえてくる。すげーな、これ! 録音機か? 魔法か?

 ビックリしているとアイシャがクスクスと笑って俺を見つめる。


 その後少し真剣な目をして、ベッドの脇に置いてあった俺の剣を手渡してきて、ギュッと手を握った。


 どうも町までの道は安全ではないようだ。サーベルタイガーがいたように、俺の知らない獣がいる道なのだろう。

 俺も真剣な目で頷き返す。


 だが今から町に行くとして、その間アイシャはひとりっきりだぞ。まだ立って歩くこともできない。どうしたものか……。


「そうだ、ひとりでも歩けるように松葉杖を作っておけば大丈夫だな」


 松葉杖用の木を切るため剣を持って外に出る。

 適当な枝を切り落とすが、やはりこの剣はすご過ぎる。スパッ、スパッと簡単に枝が切り落とされていく。

 ツタを使って木を組み上げ、簡易的な松葉杖を2本作った。家に戻りアイシャに松葉杖の使い方を教える。ちょっと危なっかしいが何とか使えそうだな。


 町では俺は余所者だ。怪しまれるのも嫌なのでローブを羽織り、腰に剣を差して出発の準備をする。

 鞄に必要な物を詰め込んでもらって、俺とアイシャでもう一度鞄の中を確認する。


「じゃあ、行ってくるよ」


 手を上げて笑顔を送る。ベッドの上のアイシャは少し心配そうな顔をしていたが、手を振って見送ってくれた。



 まずは家を出てまっすぐ、左手の坂を登ってっと。帰りに迷わないように、ここに木を立てておこう。近くの枝を2本切って道を塞ぐように立てておく。

 後はこの道をまっすぐ降りて行けば町だな。道は緩やかな下りでクネクネと曲がった山道だ。周りに注意しつつ歩を進めていく。


 最初に俺がいた原生林とは違い、人の手が入っているこの林は少し安心できる。左右の木々は背が高く見通しは良くないがちゃんとした道になっている。


 その道の先、曲がり角で大きな物体の影が見えた。少し近づくと3mぐらいある大きなイノシシだ。食料を探しているのか木の根元を前足で掘っている。俺の知っているイノシシとはサイズが違うぞ。


 慌てて剣を抜き構えると、こちらの物音に気付いたのか、向き直り前足で蹴るような動作をしている。こいつの牙は異常に長い、あれにやられたら一溜まりもないぞ。

 イノシシは闘牛の牛が走るような迫力で、こちらに向かって走り出した。なんて凶暴なやつだ。距離があったのに一気に詰められる。

 覚悟を決めてショートソードを握りしめると、剣がブゥ~ンと唸りをあげた。


 正面は危ない、横に飛び退き剣を横に構える。イノシシは猛スピードで俺の横を通り過ぎた。

 横に出した剣が当たってしまったのか体が後ろに持っていかれそうになるが、踏ん張り剣をぎゅっと握る。

 再度イノシシの突進を受け止めようと向き直り、剣を構え直す。その目の先にある光景を疑った。


「斬ったのか!?」


 林に突っ込んだイノシシが真っ二つになって転がっていた。

 何がどうなった! 目をつぶっていたので分からなかったが、完全に絶命しているぞ。


 肉を持ち帰れば食料にできるかと真っ二つになったイノシシの側まで近寄るが、白目をむいた顔や、まだ湯気が上がっている真っ赤な胴体の切り口が気持ち悪い。

 持ち帰るのは無理だと離れようとした足元に、大きな牙が落ちていた。この牙だけはもらっておくか。鞄の中に放り込んでさっさとその場を後にする。

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