見捨てられた俺に与えられたのは未来を選ぶ力~最適な答えを選ぶことで上級クエストも安定攻略できそうなんだが~

上高地河童

プロローグ

第1話 捨てられても、目覚める

俺の名はタクト・クリアス。


冒険者であった父に憧れ幼いころから剣の腕を磨き、18になった今ついに念願の冒険者ギルドに加入をし、それも数か月になろうかというところだが


「おい! おせぇぞ! さっさと片付けろ!」


「お、おう!」


苛立ち交じりの怒声になるべく強気に返す。


後方から迫りくるのは下級のゾンビであるが如何せん数が多い。


広範囲の魔法の一つでも使えれば話は違うのだろうが生憎俺にはそんな力はなく、地道に一体ずつ手にした剣で斬っていくしかないのだがその速さよりもゾンビ共の進行速度は僅かに早く徐々に距離を詰められている。


「はぁ!」


鋼の剣を横薙ぎに一閃。


それでようやくゾンビ一体の首が宙に舞い、残った体がぐずぐずと崩れて溶けていく。


「くそっ! 早くこっちを手伝え!」

「す、すまん……」


その成果に対して再びかけられる戦士の声には変わらず怒りの色があり、つい今度は弱気な答えになってしまう。


しかし怒りを感じるのも無理はない。


ゾンビと向かい合う俺と背中を預ける形となっている仲間の戦士、魔法使い、僧侶の3人の前方には涎を垂らしながら低く唸り声を上げる獣が数えること数十。


人間の身体など容易く引き裂くであろう牙を剥きだしに敵意を露わにするのはこの森に潜んでいた魔狼の群れ。


「ただの魔狼退治だと思ってたのに! ゾンビ共のテリトリーの近くだなんて聞いてない!」


飛び掛かってくる魔狼の牙を手にした杖で何とか弾くようにしながら僧侶の女が忌々し気に叫ぶ。


小銭稼ぎと思って引き受けた魔獣退治クエスト。


多少の危険はあったものの問題なく達成できると思っていたのだがまさか対象外のゾンビ達までが集まってきてしまい挟み撃ちにされる形でそれを撃退することとなってしまった。


「『発火ファイア』!」


魔狼と対峙していた魔法使いの男が詠唱と共に杖を振るうとボウッ、という音と共に小さな爆発が起こる。


『Gaaa!!』


その爆炎に包まれ魔狼の数匹が苦し気に呻く。


だが――


『Guuuuuuuuuuu!!』


「くっ、魔力を使いすぎたか……」


火を振り払うように首を振る魔狼に魔法使いの男が苦々しく呟く。


この戦いが始まってから攻撃に補助にと奮闘していた彼には恐らくもう力が残っていないのだろう。


今の爆炎も本来の威力からすればかなり小規模のものに見えた。


「ぼさっと見てんじゃねぇ! さっさとそいつらを始末しろォ!」

「すっ、すまん……」


などと、ぼんやりとそれを眺めていると眉間に皺を寄せ魔法使いが金切り声を上げるので再び小さく謝罪をして意識を前方に戻す。


“お前はまずゾンビ共を片付けろ!”


という戦士の指示のもと俺一人で後方から迫るゾンビを足止めしつつ、残りの3人で魔狼を撃退していく戦略を急遽組んだが結果としてはうまく機能はしていない。


それは想像以上に魔狼たちの数が多く、次から次へと湧いてくるから、ということと――


「うおりゃ!」


俺がゾンビ一体を倒すのにあまりにも時間をかけてしまっているからだ。


「はぁ……はぁ……」

「まずいな……」

「このままだと私たち全滅よ……」


戦線は少しずつ、しかし確実に詰められている。


「よしっ……」


そこで闘士は一度意を決したかのようにそう呟くと、


「……タクト、後は頼む」

「――えっ?」


続けられた言葉の意味を飲み込むその前に、どんっ、とふいに身体を押され、たまらず地に前のめりに倒れてしまった。


「悪く思うなっ! 剣士見習いだからって大したスキルもねぇのにパーティーに入れてやっただけありがたく思え!」

「――なっ」


思わず顔に付いた土を払おうとしたところ、聞こえてきたのは戦士の言葉と伏した俺の横を駆けていくいくつかの足音。


「見捨てるんじゃねぇからな! 直ぐに助けを呼んできてやるよ!」

「せ、精々それまで何とか持ちこたえなさい!」


地面に倒れたまま視線だけを上げると見えたのは前方に集まっていたゾンビ達を力づくで薙ぎ払っていく戦士と魔法使いと僧侶の背中。


その姿とその言葉が何を意味しているのかは流石に俺でも理解できた。


「――まっ……おい! 待ってくれ!」


慌てて立ち上がろうとするがそうしている間にも3人の背中はみるみる小さく遠くなっていく。


俊敏な魔狼と違いゾンビの動きは緩慢で3人がかりなら疲労していても何とか突破できたようだ――などと呑気なことを言っている場合ではない。


「……待ってくれ」


手を伸ばすがその先に既に3人の姿はなく、彼らが切り開いた道もぞろぞろと再び集まってきたゾンビの群れが埋めていく。


――囮にされた。


否、“助けを呼ぶ”、“持ちこたえろ”などと言っていたが仮にそれが本当だとしても一体どうやって?


魔狼とゾンビの集団。


4人でも苦戦をしていたこいつらを相手に俺一人で持ちこたえる?


「は……はは」


伸ばしていた腕から力が抜けるとともに自然と乾いた笑いが漏れる。


そんなことは無茶に決まっている。


そしてそれは消えていった3人だってわかっていたはずのこと。


即ち俺は囮や時間稼ぎにされたのではなく。


「……捨てられたっていうのか」


ぽつりと呟くが当然それには肯定も否定も返ってくることはない。


何しろ周囲にいるのは言葉も交わせない魔物たちだけ。


これがもし盗賊や何かであれば哀れ仲間に捨てられた俺に同情の一つもしてくれたのかもしれないがそんなことなど期待するだけ無駄である。


「――俺、死ぬのか」


その言葉が自分の意識とは裏腹に口から出た時ふっ、と心の中が軽くなるのを感じた。


それが恐怖、絶望による諦観のためか或いは追い詰められたが故の心境の変化かなどわからないまま、


『Guaaaaaaaa!!』


ドンッ、と未だ立ち上がれずにいた俺の背中に魔狼のその全体重を乗せた突撃が浴びせられその重量に敢え無く再び地に叩きつけられる。


「がっ!」


衝撃に肺から息が漏れるが背中に乗った魔狼の身体が転がって逃げることも許さない。


何とか顔だけを横に向けると月光にその鋭い牙とぎらぎらとした目が妖しく煌めくのが見える。


「――あぁ」


その姿に漏れたのはそんな声だけ。


喚こうとも泣こうともこの先数秒後の結果が変わることはない。


耳に聞こえるのはザッザッ、とじわじわ歩み寄ってくるゾンビ達の足音とダッ、と素早く集まってくる魔狼達の気配。


『Gaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』


そしていよいよ俺の命を奪おうと首元目掛けてその口を開け襲い掛かる唸り声。


そして――


――そして


ピィーーーーン


脳に直接響いたかのような小気味の良い音。


「――え?」



――条件達成によるスキル獲得を通知――

新規獲得スキル:『選択視セレクト:スキルランクEX』

新規獲得スキル:『真偽眼ジャッジ:スキルランクEX』

以上2種のスキルを獲得したことを通知



「――何、だ」


甲高い鐘のような音と共に何かを告げる声が一体何であったのかを理解する前に、世界の全てが停止していた。


「――何だ」


何が自分の身に起きているのかはわからない。


ただ目に映るのは石のように停止した魔狼の口と、


選択視セレクト

Ⅰ:前方へ回避(効果なし)

Ⅱ:声を上げ威嚇(効果なし)

Ⅲ:待機(効果あり)


「――これは」


その口と俺の間、その空中に浮かぶように現れたそんな文字だった。

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