小さな村の小さな女神

「それではいきますね」


 シェリーは材料を混ぜ合わせた小鉢を祭壇に置き、両手を合わせて目を瞑る。


「&$%€&\@£……」


 そしてブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。何を言ってるかは聞き取れない。


 ……しばらく唱え続けると突然パッと光が現れた。それはまるで時空の裂け目のように祭壇の上、空中に漂って虹色の光を放っている。


「いらっしゃったようですよ」


 光の塊は複雑な形を繰り返しながらだんだんと人の形を形成していく。そして完全に人の形になると光はだんだんと収まっていき、空中に人間……少女だけが残った。


 すると早速少女は目をカッと見開いてここにいる俺全員のことをじーっと見回した。


「我を呼び出したのはお前らか。呼びかけに答えてやったのだから感謝するがいい。はーっはっはっはー!!」


 少女は高らかに笑いながらゆっくり降りてきて祭壇に腰かけた。


 褐色の肌に透き通るような銀髪。そしていかにも神様っぽい半透明でワンショルダーのワンピース。これが神様なのか……。


「この方がこのクロス教会で祀っております御神様、アストロデューテ様です」


「はーっはっはっは!! そうかしこまらずともよい。我の身なりは幼な子に等しいからなあ」


 ということは実際には歳いってんのか。まあ神様だし当たり前か。


「で、我を呼び出した理由はなんだ? 何かあったから呼び出したのだろう」


 アストロデューテはその大きい切長の目を細めて俺たちを見てくる。


「はい。聖水を頂戴しようと」


「……」


 シェリーがそう言うとアストロデューテはピタリと固まる。それはまるでこれ以上なく都合の悪いことを告げられたかのような……。


「は……はっは! ちょっと用事を、野暮用を思い出してしまったので我はおいとまさせて」


「逃しませんよ」ガシャンッ


「な……?」


 その瞬間、目にも留まらぬ速さでシェリーが金属の腕輪のようなものをアストロデューテの手首に嵌めた。アストロデューテは瞳を丸くしてその腕輪を睨みつける。


「お前……何をして……!!?」


「神を現世に固定する魔法具です。アストロデューテ様が儀式嫌いということは代々伝わっておりますので」


「なっ……なっ……なっ……」


 アストロデューテは驚き怒っている様子で一言も喋れないでいる。……シスターが神様怒らせていいのかよ。


「やらん!!! やらんぞ!!! 我は絶対にあんなことは二度とやらんのだ!!!」


「駄目ですよー。迷える子羊が聖水を求めているのですから」


「嫌だ!!! だいたいあんなものを見て誰が喜ぶのだ!!!」


「信者たちはありがたがく見ていますから。信仰心の賜物です」


「あああああ!! この世界の住人ときたらなぜこうも倫理観が狂っておるのだ!!!」


 何やら揉めている様子だが……。駄々をこねているのを見るとさっきの威厳が嘘のようで、もはやただの幼女である。


 ……ん? なんかこっちを見てるような……。


「そこのお前!! お前なら分かってくれるだろう!! 私の辛さが!!!」


「えっ、俺?」


 なんで数いる中から俺を指したのかは分からないが。辛さも何も儀式の内容を知らないので何とも言えない。


「いい加減諦めてください。……じゃあジータちゃんに儀式のことを村のみんなに伝えてもらおうかな」


「了解した」


「やめろやめろぉ!! せめて人を集めるな!! 我の辱めを見せるなぁ!!!」


 アストロデューテは泣き喚いているが、ジータはそのまま教会を出ていったし、シェリーはてきぱきと何やら準備を進めていた。


「それじゃあ勇者さんにも説明しますね」


「あ、ああ」


 よくもまあこれだけ神を怒らせたまま普通に進行できるな……。


 そうして説明を受けたわけなんだが……まあオブラートに包んで言えば「エロゲ的な儀式」だったわけだ……。そりゃあアストロデューテだって儀式を毛嫌いするよ。


「絶っっっっ対!!!! 絶対に行かないからな!!!!!」


「暴れても無駄ですよ。魔法具のおかげで無力なんですから」


「こいつっっっ!!! ぶっ殺してやる!!! この村の住人全員ぶっ殺してやる!!!!」


「……ほんとに大丈夫なのかこれ」


「はい。神は信者に対して暴力を振るうことはできませんので」


 うわぁ、神の扱いひっでぇ。


「さて、外も賑やかになってきましたし儀式を始めましょうか。こちらです」


 シェリーが暴れるアストロデューテを引きずり、アナたちが木造りの十字架を運んで教会の外へ出た。教会前の階段の下には……村の人たち全員がいるんじゃないかという群勢が待ち構えていたのだった。ひえっ。

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