一人で勝つことにこだわる理由
「はぁ、はぁ……」
イルナの手を引っ張って全力疾走して、牛と戦った例の広場まで戻ってきていた。イルナはさっきまでバンバン淫魔を切り刻んでいたとは思えないほど狼狽して立ちすくんでいる。
「……大丈夫か?」
俺が訊ねても何も答えようとしない。それどころか、そのままヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「私は……助けられなかった……」
蚊の鳴くような声でそう口にする。
「だから次の方法を考えようぜ。俺と協力すれば何かできるかもしれないし……」
「駄目!!!」
俺が励まし鼓舞しようと思ったら、それに対して爆発したみたいに大声を出した。
「私が……私の手で助けられなきゃ駄目なんだ……私が……」
イルナはそう言ってワナワナと震える手を見つめる。うーん、このままじゃあ埒があかないなあ。
「これは一つ提案なんだけどさ。俺と契りを結ばないか? 別に仲間にしたいとかそういうことじゃなく、契りの能力上昇が使えるんじゃないかと思って」
というか契りをしていない時点であの強さなのだから、契ってしまったら天元突破するんじゃなかろうか。まあ俺と契るなんてイルナが許すかどうかは分からないが。……そもそも今のイルナは本調子でないし。
「……駄目だ。お前の力を借りたら私が自分の力で助けたことにならない」
「そうはいってもさ……」
「私はこの手で助けるために鍛錬を積んできたんだ! もう二度と見捨てるのはご免だから!! ……それなのに勝てないのならば、私のこの数年はなんだったのだ……」
怒ったり泣いたり情緒が不安定だが……どうやら過去になんかがあったらしいことだけは分かった。
「何があったんだよ。一体」
ストレートに聞いてみるが、トラウマになってるんなら当然ほいほいと答えるわけはなく、イルナは俯いて黙りこんでしまった。そのまま答えてくれないかと思っていたが、さすがは騎士の精神力というやつだろうか、地についた手をグッと握ってポツリポツリといきさつを語り始めた。
「私はもともと他の者たちと同じように、勇者のパーティに属していた。仲間もいた。そして淫魔討伐の旅をしていたんだ」
仲間だとか旅だとか、今のイルナからは想像もつかない。今なんか「仲間になど絶対にならない」と言い切っているくらいだからな。
「だが……今でも鮮明に覚えている……。あの忌々しい淫魔……クラーケンに遭遇したんだ」
「クラーケンって、つまりあのイカみたいな」
「圧倒的実力不足だった。誰も彼もがヤツの足に吹き飛ばされ、私も早々に装備が消えて距離を取った。勇者は死んで転送され、私以外の仲間全員がクラーケンに捕らえられた」
……まさに俺の話を聞いてるようだな。
「仲間たちは私に逃げろとしきりに叫んだ。本当はそれでも立ち向かわなきゃいけなかったんだ……だが私は、逃げた。勝てないと分かっていたから逃げ出したんだ。背中に突き刺さる仲間の悲鳴が胸を引き裂いた」
イルナは胸を苦しそうに押さえて、話を続ける。
「その後仲間たちがどうなったかは知らない。生きていたとしても合わせる顔がない。……それから私は仲間を作るのをやめた。逃げることのないよう、自分一人でどんな敵でも倒せるよう鍛錬を極めた。……その結果がこのザマだ」
イルナは自重気味にフフッと笑う。
「……あの時から何も変わってないんだ、私は。何も……」
「それは違うんじゃあないか?」
イルナの話で色々俺に刺さるものもあったが、だからと言ってここでしんみりされてても仕方ない。
「まあ自分さえ強ければ、ってのを否定はしないが、だからって俺が手伝っちゃいけない理由はないだろ」
「だがっ……これは私の問題であって……」
「今は俺の問題でもある! 助けられなかったことをぐちゃぐちゃ悔やむ暇があったらどんな手を使ってでもあいつらを助けようとするべきじゃないのか!? 一人で倒すというプライドが人の命に勝るのか!?」
「……」
「自分で言うが俺はあんたに頼んでる立場だ。だから改めて言うぜ。
あんたは強い!!!!
だからあいつらを救ってやって下さい!!!!!」
腰を90度曲げて腹から声を出す。現実世界でよくやってたから慣れたものだ。
俺の懇願に数秒返答はなかった……が、そのあとで耳に入ってきたのはクスクスと笑う声だった。
「今さら何を言ってるんだ。私が強いのは当たり前だろう」
「イルナ……」
顔を上げるとイルナは剣士らしく膝を立てて座っていて、頬の涙の跡は既に乾いているようだった。
「……すまなかったな」
「とんでもないさ」
「……じゃあもう一つだけ、頼むぞ」
「頼む?」
俺が聞き返すとイルナは切長の目を横に逸らしてもじもじした。
「契り……するんだろう?」
ほええ、これがツンデレってやつか。何はともあれこれでイルナのパワーアップはできそうだ。
さて、ではでは孤高の女騎士さんを丁寧にいただきますか。
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