CCOVID-24 〜猫とコロナと島と僕~
有木 としもと
第1話
(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、猫及びウイルスとは一切の関係がありません)
「予防接種はあと一週間だからな。まだ終わっていない者は、期日までに必ず接種を終えるように。自分で病院に行った場合は、きちんと記録を学校に提出するんだぞ」
はあい、というやる気の感じられない答えが教室に広がる。僕は配布されたパンフレットを無感動に眺めた。赤字ででかでかと書かれた注意文が目に飛び込んでくる。
『ワクチンには一定の危険性があります。発熱などの症状が生じた場合、直ぐに指定の病院に連絡をしてください』
今時、こんな紙のプリントを配布するのはこんな田舎の学校ぐらいだろう。街ではオンライン授業が当たり前になり、学校という建物が必要かどうかすら問われているというのに、僕たちの周辺は時代に取り残されたままだ。
はあ、と僕は机に突っ伏す。面倒くさいし注射は嫌だ。
世界中で大流行した病気はワクチンの開発により一応の収まりを見せた。しかしながら定期的な接種が必要とかで、半年に一度のペースで痛い注射を打たれる羽目になる。おかげで普段の生活が戻ったと思えば、文句も言えないけど。
今日は高校二年の終業式。明日からは春休みだ。きっとマトモに遊べるのはこれが最後で、新学期になれば受験勉強の本番シーズンが始まる。真面目な奴らはとっくにエンジンをかけているのだろうが、僕は未だにスマホのゲームをアンインストールできないままだ。
これからの将来に漠然とした不安を抱きながら、僕はぼんやりと窓の外を見る。
「おいおい、ニュースニュース」
少し離れた机で交わされる、大声の内緒話が聞こえてきた。
この島には小学校と中学校が二つ。高校はここだけ。なのでクラスメイトの経歴は大体把握できる。言ってみれば全員が幼馴染のようなものだ。そいつは島にある唯一の総合病院、その院長の息子だった。悪い奴だとは言わないが、狭い世界の特権階級であることを匂わせる態度があんまり好きになれない。
「親父から聞いたんだけどさ」
彼は実に楽しそうにその秘密を打ち明けていた。
「なんか、ヤバい病気が出たらしい」
えー、とか、やだ~、といったお決まりの女子生徒の反応。
「県に報告するとかなんとか。騒ぎになってるんだよね」
おいおいと僕は思う。COVID-19の騒ぎはこの島まで届かなかった。少なくとも、公式の感染者はほとんどいなかった。だから本格的な意味での恐ろしさを感じたことはないのだけど、それでも気楽に話せる内容じゃないと思う。なのに院長の息子は、どうもそれを女子ウケする笑い話程度に思っているらしい。
いやいや、ちょっと待て。
僕は落ち着いて考え直した。本当に笑い話なのかも。病院で仕入れた噂を大げさに言い立てて注目を集めようとしているだけなのかも知れない。それもまたありそうな話だ。 少し気にはなったが、無理に話の輪に入る気にもなれなかった。僕は教科書を鞄に詰め込み、さっさと教室を後にする。
僕が住んでいるのは、人口が一万人ほどの島だ。
絶海の孤島ではない。連絡船は十五分もあれば本州に着き、そこから電車で二十分でそこそこ大きな街に辿り着ける。だから、その。
田舎で無いとは言わないが、ド田舎とまで卑下する必要は無いと思っている。
島の仕事は主に農業と漁業。春になると桜が咲くスポットがあり、それなりに海も綺麗だ。漁港の付近には沢山の猫が居て、その手の人たちからは猫島の一つとして知られてもいる。長閑な光景と海。そして猫を求めて細々ながら観光客も来ており、必死に過疎化に抗っている。そんな島。
少し遠回りになるが、海沿いの道を歩いて帰ることにした。海に面した公園。桜と海が見える人気の場所。漁港からさして離れていないここには、よく猫が集まっている。海からの風は少し温かみを帯び、春の訪れを告げていた。のんびりと日差しを浴びる猫たちに癒されながら、僕はスマホを取り出してゲームアプリを起動する。
ログインボーナスと放置時間中に集めさせていた資源ポイントを回収し、イベントの攻略に取り掛かった。どうしても必要な時以外は課金できない身の上である僕がチャレンジできるのは一日三回が限度だ。攻略サイトの情報は昨夜のうちに確認済み。最善とされる構成を組むにはカードが足りないが、いわゆる廉価版、最強格よりワンランク下のスキルを持つメンバーでも、運が良ければ攻略できるはずだった。
一回目は惜しいところで失敗。二回目は相手にクリティカルが発生し、早々に敗退。僕はふうと息を吐いて三回目に挑戦した。最上級でないそのスキルでは、二択の博打を選ばざるを得ない。ボスキャラが全体攻撃をしてきたら僕の負け。だけど単体攻撃ならば勝ちの目がある。祈るように僕はスマホの画面を見詰めた。
「キタっ!」
予備動作の後、派手なアクションと共にボスキャラの攻撃がアニメーションされる。即死級の強力な単体攻撃は、しかしこちらのスキルに弾かれた。僕は興奮を抑えられないままコマンドを選択。パーティメンバーの連携攻撃が見事に決まりボスは陥落した。
イベント限定のレアアイテムとキャラクターカード。報酬のポイント。そしてレベルアップ。今日の成果は上々だ。余韻に浸る僕は、にゃあという声で我に返った。いつの間にか足元に寄ってきた猫が興味深げに僕を見上げている。何か良い事があったのか? とでも言いたげに。
僕は右手を伸ばして軽くその猫を撫でた。数秒それを続けたところで満足したのか、猫はぷいと余所を向き、僕の事など完全に無視して公園から去っていく。
僕は溜息をついた。
ゲームって、いいよな。
努力して、時間を掛ければそれに見合った結果が手に入る。調べれば何をすれば良いか分かり、正しい行き先を知ることができる。
それに比べてこの世界ときたら。勉強をしても成績は上がらず、将来なんて曖昧なまま。どこに向かえばいいのか見当もつかない。真っ暗闇の中を無理矢理に歩かされているようなものだ。
「まったく、現実ってクソゲーだよね」
僕は画面を閉じて立ち上がった。
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