合流! ニシキリアンズ!

 廃屋の二階に上がると板張りの大広間に大勢のニシキリアンたちがおり、各々布団に横たわっていたり、囲炉裏いろりの火をかこんで座っていたりした。とはいえ皆一様に元気がない様子で、中には眠っている人もいる。

 東根ひがしね先生の姿を確認するやいなや、数名のニシキリアンが感涙にむせび東根先生を拝みだしたのにはびっくりしたが、今はとりあえず挨拶も済ませて、ニシキリアンの人たちが押し入れから出して敷いてくれた布団(ほこりっぽくてカビくさい……)の上に座って落ち着いたところだ。


 どうやらこの集団のリーダー格らしい、先ほど門を開けてくれたおじさんが杠葉ゆずりはさんを見て言う。


「まさか冷光れいこう家のご当主が助けに来てくださるとは……冷光家と言えば代々はらい屋を営んできた家々の中でも一番の名家じゃないですか。あんなにゾンビが沢山いてどうしようかと思っていましたけど、どうにかなるかもしれませんね」


 東根先生が「まあ、没落しているがな」と即座につっこみ、杠葉さんがイラっとした顔をして、リーダーのおじさんは居心地悪そうに視線を泳がせる。

 少しの間をおいて、リーダーのおじさんが再び杠葉さんと目を合わせて話し始める。


「我々はほとんど食糧しょくりょうがないままここに来て、もう一週間も経ちます……廃村の外には川や植物なんかもありますし、食べようと思えば何かしら食べられるのかもしれませんけど、持ってきていた飲料をほんの少しずつみんなで分け合いながら飲んでいるくらいで、井戸の水にも手を出していません。専門家である先生方ならお分かりでしょうけれど、『黄泉竈食ひよもつへぐい』が怖いので……ここがおかしな空間だということには、幸いなことにすぐに気がついたものですから」


「なるほど、参考までにそうお考えになられた根拠をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」


「それなんですが、この家の一階を探索していてこれを見つけまして……」


 そう言ってリーダーのおじさんが、見るからに古そうな色せた封筒を杠葉さんへと差しだす。

 杠葉さんが受け取った封筒を確認していると、脇から東根先生が手を伸ばして封筒をかすめ取り、声を上げる。


六ツ尾むつおだと……!? ダム湖に沈んだはずの、六ツ尾集落か!?」


 イラついた表情の杠葉さんに怯えつつ、リーダーのおじさんが頷いて東根先生に言う。


「ええ、同じ住所に宛てた手紙が他にも沢山ありましたから、ここが六ツ尾集落ということで間違いないと思います。とっくに水没したはずの六ツ尾集落がどうしてこんな風に現れたのかはわかりませんが……」


「素晴らしい、あの六ツ尾事件の現場をまさかこの目で見られる日が来るとは思わなかった。そうなるとだ、ここには六ツ尾事件の真相に繋がる手がかりが眠っている可能性があるな」


「ゾンビどもが居なくて、飲み物や食べ物を用意して来られればそれを調べるのも楽しそうですけどね……」


 ねるこちゃんが首をかしげて、「オムツ事件って、いったい何のことでござるか?」と誰にともなく質問する。

 リーダーのおじさんの後ろで囲炉裏をかこんでいた三人の内の、もじゃもじゃ頭のお兄さんが「フヒッ、六ツ尾事件は――」と話し始めた途端に、もう二人が同時にもじゃもじゃ頭をバシンッと思い切り引っぱたいた。

 そして、眠っている人ともじゃもじゃ頭を除いたニシキリアン十三名の視線が東根先生に集まると、オホンとわざとらしく咳払いをして東根先生が口を開く。


「六ツ尾事件は昭和十一年の二月十一日にここ六ツ尾集落で起きた、ダム建設賛成派と反対派に割れた集落の住人たちが互いに殺し合ったという恐ろしい事件だ。生存者は雨ヶ嵜あまがさきカヤという名の当時22歳だった女性一人だけで、集落から逃げてきた彼女が隣町の駐在所に駆け込んだことで事件が発覚した。実際には六ツ尾集落はダム湖の底に沈んでいるはずというか、そもそも沈める前に建物などは取り壊したのではないかと思うのだが、どういうわけかここにはかつての姿のまま存在していて、集落の住人たちは死霊しりょうになっても獲物を探しさまよっているというわけだ」


「お、恐ろしい事件でござるな……」


「私や、ニシキリアン彼らがなぜこの事件に強い関心を抱いているかというとだ、生存者が一人しかいないという点があまりにも不自然だからだ。少なくとも一人は勝者がいるべきなのに、それもいない。最後に相打ちになったのだとしても、致命傷を免れた住人が一人もいないというのがそもそもおかしい。素人がしっちゃかめっちゃかに殺し合って、全員が確実に死ぬだろうか? 最後に残った勝者が他の全員が死んだかどうか確認して回りでもしない限り、まずありえないだろう。雨ヶ嵜カヤ以外の住人全員の遺体が確認されている以上、少なくとも雨ヶ嵜カヤは最後の勝者となった一人を殺害してから駐在所に行ったはずだと思うのだが、なぜか彼女は特に疑われなかった」


「なるほど、確かに不可解な話でござるな」


「だろう? それに加えてだ。雨ヶ嵜カヤが当時まだ若く、しかも集落で一番の美人だったという話が残っていてな。何と言うかまあ、オタク受けがいいんだ」


「身もふたもないでござるな……」


 と、呆れた顔をしつつもねるこちゃんが納得したのを見て、杠葉さんが「それでは」と話を仕切り直す。


「先ほどこの空間の出口についても当てがあると仰っていましたが、お聞かせ願えますか?」


「ああ、はい、勿論もちろんです。この廃屋が建っている高台を下りて、廃墟が沢山建ち並ぶ集落の奥の方へと進んでいきますと、突き当たりに古めかしい石段がありまして……見たところ神社か何かに続いていそうな感じの石段なんですが、それが異常に長いんですよ。雲といいますか、霧に呑まれて上の方が見えなくなっていましてね……はっきりとした根拠はないんですが、見た瞬間にこれが出口だろうなと我々は思いました。十五人、全員の意見が一致したんです。ですがその、先ほども言ったように……」


「大量の死霊が階段の上り口を塞いでいるわけですか」


「はい……見たところ六ツ尾事件の際に集落で亡くなられた、ほとんど全員分くらいの数でした。人間がそばに行くと追ってきて危険なので全部数えたわけじゃないですけど、多分、少なくとも50か60くらいはいたんじゃないかなと……あれらが映画のゾンビみたいに伝染でんせんするのかはわかりませんが、びているとはいえ鉄でできた武器を持っていますからね。石段も長い上に一段一段がかなり高そうでしたから、ただでさえ空腹と疲労で体力のない私たちがスムーズに上っていけるとも思えませんし、どうにか階段を上り始めても途中で追いつかれて殺されてしまうんじゃないかと危惧きぐしていまして……」


「ふむ、事情はわかりました。朝になって現場を見てみないことには何とも言い切れませんが、あの程度の死霊が数十いるというだけであれば、おそらくは冷光うちの式神で対処できるだろうと思います」


 予期せぬ話の流れに私は思わず「えっ?」と声を漏らすが、杠葉さんはこちらを見もしない。

 え? だって、50体以上のゾンビだぞ? いくらスイちゃんパワーが強いと言っても、体力は特に増強されていないし、一度にそんなに沢山のゾンビをやっつけられるはずがない。しかも、ゾンビたちは武器を持っているから妖力ようりょくパンチを当てるのにも苦労しそうだ。

 リーダーのおじさんが少年のように目をきらきらとさせて、杠葉さんに訊ねる。


「式神ですか! ずっと見てみたいと思っていたんです、今ここに居るんですか!?」


「ええ。この少女のような外見のあやかしが、私が知る限りもっとも強力な式神です」


 そう言って杠葉さんが私を横目で見やると、リーダーのおじさんだけでなくニシキリアンの人たちが一斉いっせいに私を見て、銘々めいめいに所感を述べる。


「これが本物の妖怪!?」

「いったいどうしてそんな若い子たちを連れているのかと思っていましたよ」

「その圧倒的にえな――ああっと、普通の容姿をしたあやかしが最強なんですか?」

「いや、地味なのは利点にもなるし、時と場合に応じて姿を変えられるのかもしれないぞ」

「初めて妖怪を見た……」

「しかし、初めて見る妖怪がこんな普通の姿っていうのはちょっと残念でもあるな」

「たしかに」


 室内のざわめきが落ち着いてくるのを待って、杠葉さんが改めて言う。


「確かに瞳の色を除けば、外見こそ普通の人間の娘と変わりありませんが……これの実力は保証します。これを使っても突破できない状況なのであれば、全国の祓い屋が集まったところでおそらく突破できないでしょう」


「そこまで……」

「冷光の当主がそこまで言うのなら安心かもな」

「見た目はこんなに普通なのにな」

「そもそも、祓い屋とか式神って本当の話だったのか……」

「馬鹿野郎、信じてなかったのか? メルマガにも書いてあっただろ?」


 などと、ニシキリアンたちがまたぞろざわめく。

 しかし、どいつもこいつも人のことを見て普通普通とうるさいな。まあ、あくまでも妖怪にしては普通の容姿だという意味で言っているだけであって(そもそも私は人間だけど!)、美少女だとも思っているのだろうが……こいつらみたいなオタクって素直に女の子の容姿を褒めたりとかってしなそうだもんな、ひねくれた態度がカッコイイとでも思い込んでいるに違いない。

 もじゃもじゃ頭がねるこちゃんと小夜ちゃん(さっきから眠たそうにしている。)を見つつ、杠葉さんにだか東根先生にだか訊ねる。


「こちらの可愛い金髪のお二人も、もしかして式神なのでござるか? フヒッ」


 え? あれ……?

 もじゃもじゃ頭はオタクなのに素直に女の子の容姿を褒めるんだな……。もしかして、さっきももじゃもじゃ頭だけは私の容姿を褒めていたのだろうか? 大勢が話していたせいか、聞き逃してしまったな。

 というか、この人もござる口調なんだな……流行っているのかな?


 東根先生が小夜ちゃんを指さして、「これは私の式神だ。私が作った生き人形を術で付喪神つくもがみにして、それと契約を結んだ」と答えると、ニシキリアンたちから「さすが御大おんたい!」「我々にはできないことです!」「一生付いていきます!」などと声が上がる。

 なんだよ、御大って……。


「こっちの金髪の子は説明が難しいのだが、妖怪などではなく、人間の武士だ。この緑色の目をした冷光の式神は人間の真似まねをして学校に通っているのだが、そこで友達になった子らしい。成り行きで同行してもらっている」


「ほう、可愛いので妖怪かと思いました」

「いやはや、妖怪が学校に通っているのですか、驚きです」

「目を惹かない地味な外見で、人間の真似をして学校に通う妖怪……しかも最強となると、何だか恐ろしいですね」

「ござる口調に鉄パイプがよく似合っているでござる、フヒッ!」


 ん? 今、もじゃもじゃ頭とは別のニシキリアンもねるこちゃんの容姿を褒めた気がしたが、気のせいか?

 いや、気のせいだよな……私だけが褒められないなんてことはないはずだぞ、さすがに。

 リーダーのおじさんが他のニシキリアンたちに静かにするようにジェスチャーで促して、改まった調子で杠葉さんに言う。


「えーそれでは、夜が明けたらまずは階段の近くまで行ってみるという感じでよろしいでしょうか?」


「ええ。皆さんの体力的にもいつ限界がきてもおかしくありませんし、急ぎましょう」


「場合によってはそのまま脱出という流れにもなりますかね?」


「勿論、可能であればそうするつもりでいます」


「そうなりますと、全員で向かった方がいいんですかね? それとも、最初は我々を抜きにして様子を見に行かれますか? その方が動きやすそうではありますけど……」


 杠葉さんは少し考えてから、私をちらりと見て言う。


「確かに少人数の方が動きやすくはありますし、全員で行ったもののすぐには脱出できないということになれば無意味に皆さんの体力を消耗させることになります。ですが、先ほどご説明した通り、今回連れてきた式神は私や東根さんが今まで目にしてきたあやかしの中でも極めて強力な大妖おおあやかしです。どのような状況であれ、これの力を用いれば打開できるという確信が私にはあります」


 リーダーのおじさんが杠葉さんの目を見て、「頼もしい限りです。わかりました、全員で向かいましょう」と深く頷く。


「では、何かあったら起こしますので、皆さんは朝までお休みになられてください。これまでも我々は昼夜を問わず二人ずつ交代で見張りを立てていたので慣れていますし、明日は大変でしょうから今晩のところはお任せください」


「申し訳ありませんが、それではお言葉に甘えさせていただきます。明日は必ず、全員で脱出しましょう」


 最後に杠葉さんが力強くそう言うと、ニシキリアンの人たちが少し安心したような表情を見せる。

 なんか、「いやいやいや、50体以上もゾンビがいるんですよ? 私そんなにやっつける自信ないですよ、無理ですって絶対に!」とか言えない雰囲気だな……。


 私はいつも通り考えるのをやめて、ぐっすりと寝た。

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