第2話「いいや、私だよ。たしかに私の名前はシルフィーナ・ブルームマリンだ」
「――その命令は承服しかねる。
この少女がテロ首謀者だという確証がない限り、殺すことはできない」
ッ、正気か勇者よ! 君は今、明確な命令違反をしているんだぞ。
「人道には背けない。俺を勇者と呼ぶのなら、勇者らしい行動をさせてもらうぞ」
――まずい、議論している場合ではない。
魔女が目覚める! 取り返しがつかなくなる前に殺すんだ。
シルフィーナ・ブルームマリンを抹殺しろ!
「……なん、だ? その服装、帝国の人間か」
「分かるのか?」
「ああ、子供でも分かるよ。人間の国ではない、機械帝国の人間だろう?」
やめるんだ。魔女と会話をするな、取り込まれるぞ!
「いかにも。俺はテロ首謀者であるシルフィーナを殺しに来た。
君じゃ、ないよな……?」
「……いいや、私だよ。私の名前は、たしかにシルフィーナ・ブルームマリンだ」
確証は得たな? 今すぐに実行しろ!
シルフィーナ・ブルームマリンを抹殺するんだ。それが君の役割だ!
「ッ――」
良いぞ、インテグレイトを構えたな?
その非殺傷設定を解除するんだ、早く! 魔法をかけられる前に!
「……最新鋭の装備か。肝入りだな。
しかし、なぜ私が目覚める前に殺さなかった?」
「ただの女の子を殺すわけにはいかない。人道に反する」
そいつはただの女子供じゃないとは分かっているだろう?! 勇者よ!
「――ごちゃごちゃうるせえぞ、少し黙ってろ!!」
「ふむ……思考通信か。どれ、ちょっと耳鳴りがするだろうが――」
ッ――勇者よ、聞こえて……
それが最後の声だった。作戦開始からずっと続いていた司令の声が途切れた。
途切れたと同時、頭が少しすっきりしたような、そんな感覚になった。
今までかかっていた靄が晴れたような、そんな気分に。
「……ッ、君はいったい、何をしたんだ」
「私が魔女と呼ばれていることは知っているんだろう? 君の思考通信を遮断した」
……それで、司令の声が聞こえなくなったということか。
特徴的な水色の髪と瞳以外には、普通のエルフと変わらない少女に、ここまでのことができるとは。体内ナノマシンの動きを抑制したということだよな……。
「……さて、勇者と呼ばれている君はどうする?
私を殺すというのならそれも良いだろう。
仮に上手く殺して、思考通信を再開すれば君は元の部隊に戻れるはずだ」
両手を縛られたまま、不敵に微笑むシルフィーナ・ブルームマリン。
500歳を越えるエルフだと司令は言っていたが、事実なのかもしれない。
敵は狡猾な魔女。縛られていたとしても逆転の手段が、あるのか……?
「……ほう、君は私の拘束を解いてくれるのか」
「その必要はなかったのかもしれないが」
明らかに俺は不合理な行動を取った。
魔女シルフであることを認めた彼女の拘束を解いたのだ。
非殺傷設定のインテグレイトで容易く切れた。
「いいや、それは私を高く評価しすぎだよ。
私は所詮、この身内売りに捕まっていたような“か弱い女”に過ぎない」
とても“か弱い女”の振る舞いや言葉遣いとは思えないが。
「身内売りって? 君はこのテロ集団の首領だと聞いていたんだけど」
「え? テロ集団? 首領……?
私が、こいつらの首領だと聞かされているのか? 君は」
魔女シルフの問いに頷く。
10代前半にしか見えない容姿からはとてもテロ集団の首領とは思えない。
「少なくともそう聞かされているのは事実だ。
だが、どうも違うように見えた。事情を教えてくれないか?」
「――ふむ、偽りの情報を掴まされているようだが、洞察力は本物だな」
縛られていたことで乱れていた着衣を整える魔女シルフ。
その白い指先が、薄暗闇の中で静かに輝いて見える。
「まず、君が倒した3人と表で戦っている連中について。
こいつらは私の部下でなければ、テロ集団でもない。いや、広義のテロ集団ともいえるかもしれないが、少なくとも思想性はない」
彼女の証言を信じれば、魔女シルフがテロ集団の首領だという前提が崩れる。
……俺は、嘘の情報を元に任務をさせられていた、ということになるのか。
「君は、こいつらを身内売りと言っていたな」
「そうだ。忌々しいことに、こいつらはエルフの女子供を他国に売るのさ」
――なるほど、確かに犯罪集団ではあるが思想性はない。
テロ集団と呼称するのは相応しくないだろう。
司令の言っていた体内ナノマシンへの反対派という話はなんだったんだ?
「特に君たちの機械帝国は高値で買い取っているそうじゃないか。
人間以外への、体内ナノマシン投与の実験をしているんだろう?」
「……バカな。そんなこと、聞いたことがない」
一介の兵士には教えられないこともある。
魔女シルフにそう言われるよりも先にその可能性には思い至った。
俺には教えられていないだけ。そう考えた方がつじつまが合う。
「じゃあ、君は売られるために捕まっていた、ということか」
「そのようだね。どこに売りつけるつもりだったのかは知らないけど、売られるまでは安全だと分かっていたから少し休ませてもらっていた」
随分と肝の据わった少女だ。
売られるまでは安全だから休んでいたとは。人身売買組織を相手に。
「……随分と危険なことを」
「なに、これでも帝国からの暗殺部隊を躱したばかりなんだ。
疲れていたんだよ、体力が切れたら何もできない」
帝国からの暗殺部隊……?
テロ集団の首領としてではなく、彼女個人に対してということか。
「暗殺部隊って、いったいどうして……」
「――おいおい、何も知らないのかい?と言いたいところだけど、本当に知らないんだよね。私がこいつらの首領だなんて嘘を掴まされていたんだから」
優しげに微笑む魔女シルフ。
まるで彼女は、何も知らない俺を子供のように思っているみたいだ。
「――まぁ、細かい所は省くけれど機械皇帝にとって私は邪魔者なんだ。
だから殺されそうになった。
14年戦争の調停に私が動いたのが気に入らなかったらしい」
……14年、戦争?
「おいおい、君は14年戦争も知らないのかい……?」
「ああ、知らない……俺は、何も、知らない……」
スッと俺に近づき、額に手を当ててくるシルフ。
その柔らかい指先を、俺は冷たいと感じた。
「……少し体温は高いが、熱があるというわけではないようだな。
身体に不調はないか? 何か薬物を投与されたりとかは?」
「ないはずだが……」
それを聞かれて、俺の背筋に悪寒が走るのが分かった。
――記憶がないんだ。あの警戒線に立つ前までの記憶がない。
「……お前、名前は?」
「え……?」
「君の本名だ、勇者というのはコードネームか何かだろう?」
全身から冷や汗が流れるのが分かる。
……どうして、今の今まで気が付かなかった?
どうして司令のことを旧知の中のように思っていた? 見たこともない相手を。
「……分からない」
「なに……?」
「この作戦に従事する前の記憶がないんだ、俺には」
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