最強親父と勇者な息子の異世界伝説
滝田タイシン
第1話 息子と二人で異世界トリップ
「シュウ! まだゴブリンは追っ駆けて来てるのか?」
石川隆弘と息子のシュウはゴブリンの集団から逃れる為、木々が立ち並ぶ山の斜面を駆け下りている。
「ヤバイ! どんどん数が増えているぞ」
シュウが振り返って叫ぶ。
ったく、どうしてこんな事になるんだ。ほんの数十分前までは何の変哲のない日常だったのに……。
隆弘は先程までの事を思い出していた。
早朝の山道を走る車の中の空気は重かった。原因は助手席で参考書を読むシュウの所為だ。
石川愁。それが車の空気を重くしている息子の名前だ。
高校生最後の試合になるかもしれない、夏の高校野球地区予選の一回戦。早い時間の試合となり、隆弘が車で学校まで送っている。
もう走り出して十五分経過したが、シュウが乗車の時に「お願いします」と他人行儀な言い方をし、隆弘が「おう」とぶっきらぼうに返事をした以外会話が一言もない。シュウがシートに座るなり参考書を読み始めたからだ。
しかし、中学生の初デートだってもう少し会話があるぞ。そんなに俺と話をするのが煩わしいのかよ。
隆弘はシュウから放たれる、話し掛けるなと言うオーラをヒシヒシと感じ、心の中で文句を言った。
なんだかなぁ……。
地域で一番の公立の進学校に通い、野球部ではエースナンバーを背負っている。身長は百八十センチを超え、顔も俺に似てイケメンだ。よそから見れば自慢の息子に見えるのだろう。確かにこれで不満に感じて愚痴をこぼすのは自分でも贅沢だと思う。
でも、もう少し愛想良く、気楽に話せる親子関係を望むのは贅沢なのだろうか……。
いかん、いかん、こんな事ばかり考えていては。
いつも二人で車に乗っている時は心の中で愚痴ばかり。隆弘はそれに嫌気が差し自分から話し掛ける事にした。
「なあ、シュウ。今日は先発か?」
「んー知らん」
ちらりと横目で様子を伺うと、シュウは相変わらず参考書を広げ隆弘との会話には関心がなさそうだ。
「今日の相手は強いのか? 勝てそうか?」
「さあ、分からん」
「今日負けたら引退だからな。なんとか勝ちたいな」
「んーそうだね」
グワァァァァッ!!
腹立つ。むっちゃ腹立つ。こっちが下手に出て話し掛けてやっているのに、なんて返事だ。
だがこんな下らない事で喧嘩するのも大人気なさ過ぎる。
隆弘は、もう絶対に自分から話掛けんと心に誓った。
また訪れた沈黙の中で運転を続けていると、辺りが急に薄暗くなって来た。
「あれ? 雨かな……」
「マジかよ……」
さすがに天候は気になるのか、シュウもフロントガラスから見える空を見てい
た。
「あっ……なんだ、これ?」
隆弘がライトを点けるか考え始めた時、突如目の前に七色に輝く雲のような物が出現し、車を覆った。
「うわ!」
隆弘とシュウは同時に声を上げた。雲の中に入ると七色の光が飛び交い、視界が全く利かなくなったからだ。
慌ててブレーキを踏んだが、何故かスピードが落ちず止まれない。隆弘は何処を走っているのか分からず、ただ必死にブレーキを踏み続けた。
結局踏み続けたブレーキは利かず、雲を通り抜けたと思ったら、木々の立ち並ぶ森のような場所に出た。前後左右が分からないまま道を外れてしまったのか。
「シュウ! しっかり摑まれ!」
下り坂になっているようだ。ブレーキも利かず隆弘は必死にハンドルで木々を避けて車を走らせた。
右へ、左へ、何回もハンドルを切り返す。
だが隆弘の抵抗も長くは続かない。
とうとう大木を避けきれず、ドーンと言う音を立てて、正面から衝突してしまった。
「シュウ、大丈夫か?」
「ああ大丈夫……」
幸いシートベルトをしていたし、エアバッグも開いて二人とも酷い怪我にはならなかった。
隆弘は降りて周りを見回した。木々が立ち並び足場は斜面になっている。やはり道路から外れて山の中を下ってしまったのだろう。
木に激突した車を見ると、体が無事だったのが不思議なくらい大破していた。
「うわ、この車もう走れないじゃん」
「大丈夫だ。保険で何とかなるよ」
「大丈夫って試合どうするんだよ! 間に合わないよ」
確かにそうだ。
隆弘はポケットから携帯を取り出した。
「圏外かよ……」
携帯には一本のアンテナも無く、圏外を表示している。
「どうするんだよ! 父さんが余所見するからだろ」
「俺は余所見なんかして……」
シュウの後ろかなり遠くの上の斜面に大きな岩があり、そこで人影が動いたように見えた。
人影を見た事で気が付いたが、視力が恐ろしく上がっていて、遠くまではっきり見える。
「どうしたんだよ」
「いや、何から話すべきか……」
隆弘はシュウの後ろの方を指差した。
「この指の先に、木が邪魔で見えにくいかもしれんが、大きな岩が見えるか?」
シュウは隆弘の指差す方を見つめた。
「あのかなり向こうにある木の間から見える岩の事?」
「お前も見えるんだな」
「どうしたんだこれ……。父さんもあれが見えるのか? まるで望遠鏡で見ているみたいなのに……」
隆弘もシュウも近視ではないが特別視力が良い訳じゃない。あの場所まで二百メートルはありそうだが岩肌まではっきりと見える。
その時、隆弘が見た人影が今度ははっきり姿を現した。
「なんだあれ? ゴリラか」
シュウも気が付いたようだ。
「あ、あれはもしかして……」
ずんぐりとした、然程大きくないがパワー感じさせる獣毛に覆われた体。一見ゴリラに見えるが、それと違うのは明らかに武器として加工された棍棒を握り締めている事だ。
「シュウ! やばい、逃げるぞ!」
隆弘はシュウの肩を叩くと下に向って全力で走り出した。
「あれは何なんだよ? やばいのか?」
「あれはゴブリンだ。ミンチにされたくなかったら逃げろ」
隆弘は自分で口にした言葉が非現実的で何だか可笑しくなった。
七色に輝く雲、超人的な視力、漫画に出て来るモンスター。なんなんだこれは。夢の中なのか。
「ゴブリンって何よ?」
並んで走るシュウが聞いてくる。
「お前『ベレセリク』読んで無いのか? 家に全巻あっただろ」
「ああ、あれな。グロイから読んでない」
「はあ? グロイってあんな名作に何言ってんだ! 父さんはな、あれを一巻から初版で買っている事を自慢しているくらいなんだぞ!」
「なんだよ、その微妙な自慢は!」
話に夢中で気が付かなかったが、全力で走っているのに全然息切れしない。スピードも高校時代より速い。もう四捨五入すれば五十台で、ここ数年運動らしい事は何一つしていない隆弘にとっては考えられない事だ。
自分でも信じられないスピードで走る隆弘の横をシュウは楽々着いてくる。ジーパンにスニーカーの隆弘とは違い、シュウは学生ズボンに革靴なのに。
「シュウ! まだゴブリンは追っ駆けて来てるか?」
全力で走る隆弘は余裕のあるシュウに尋ねる。
「ヤバイ! どんどん数が増えているぞ」
シュウが振り返って叫ぶ。
もっとスピードを上げないと……。
「危ない!」
いきなり、シュウが隆弘のシャツを掴んで引き止めた。
隆弘の目の前には木々は無く、先は崖になっていた。シュウが止めてなければ隆弘は崖下にダイブしていただろう。
「ありがとう。助かったよ」
「礼を言うのは早いよ、父さん」
隆弘がシュウの視線の先を見ると、ゴブリンの姿が見えた。ぞろぞろと増えて行き二桁頭数は居そうだ。
隆弘は辺りを見回したが逃げられそうな方向はなかった。焦って何か武器でもないか探すと足元に拳大の石が数個転がっている。
威嚇にでもなれば良いが……。
「シュウ、これをゴブリンに投げろ」
「ええっ! こんな物じゃ倒せないだろ。それに肩を壊したらどうするんだよ」
「肩の心配している場合か。やるんだよ、近づいたら危ないと思わせられれば、向こうも引き上げるかもしれんから」
シュウは納得いかない顔付きだったが、他に手もなく、石を受け取った。
シュウはセットポジションで構え、石を一番近いゴブリン目掛けて投げ込んだ。
「ええ!!」
隆弘は思わず驚きの声を上げた。
火の出るような球と言うのだろうか。シュウの投げた石はうなりをあげて、真っ直ぐ伸びて行き、ボコっと言う音と共にゴブリンの顔に穴を開けた。
余りにスピードが速い為衝撃が広がらず、石の面積分だけゴブリンの顔面に穴を開けて突き抜けたのだ。
「お前すごいピッチャーだったんだな! こりゃあプロで何億も稼げるぞ」
「いや……何? 今の球は……」
投げたシュウの方が隆弘より不思議そうな顔をしていた。
ゴブリン達は怯んで近づく事を躊躇している。
「よし、チャンスだ、ドンドン投げ込め」
隆弘が石を拾って渡し、シュウがゴブリンに投げ付ける。コンビネーション良く何頭もゴブリンを倒したが、撤退するどころか数が増えて行くように見える。
「マジかよ……父さん、石!」
「まずい事になった……石がもうない」
「ええ!」
ゴブリン達は石が飛んでこなくなったのが分かり、警戒しながらもじわじわ近づいて来る。
崖を背にしている二人を、扇状に囲むように近づいて来るゴブリン達。意外と頭が良いようだ。
じわじわ距離が縮まり、もう五メートル程に近づいて来た。
何とか自分が囮になってゴブリンを引き付け、その間にシュウを逃がそうと隆弘が考えたその時。
「なんだ?!」
頭上が明るくなり、隆弘が上空を見上げると、シュウと同年代くらいの少女が二人舞い降りてきた。
その内の一人、修道女のような服を着た長い黒髪の少女がゴブリン達に両方の手のひらを向ける。
「|光の乱舞(ホーリーシャワー)」
掛け声と共に手のひらから無数の金色に輝く光の帯が伸びて行きゴブリン達を怯ませた。
「勇者様、私の真似をしてください」
「ええ、俺?」
もう一人の、同じく修道女風の色合いだが動き易いように改良された服を着た、金髪ショートカットの少女がシュウに話し掛けた。
シュウと金髪の少女が並んで前に立つ。
「あの……俺も一緒にした方がいいのかな」
隆弘は自分が取り残された気がして金髪の少女に尋ねた。
「おっさんは良いから邪魔しないで! さあ、勇者様いきますよ」
おっさん!
隆弘は少女の言葉に衝撃を受けた。
確かにこの娘から見ればおっさんだろうけどね……。
「大地に眠るマグマの精霊よ……」
「大地に眠るマグマの精霊よ……」
シュウは金髪の少女の横に並び両手を握り締めて前に突き出し復唱し始めた。
「我との契約に従いその力を貸したまえ……」
「我との契約に従いその力を貸したまえ……」
「|地獄の劫火(ヘルズボム)」
「|地獄の劫火(ヘルズボム)」
呪文を唱え終えた瞬間、二人の腕から炎が噴出した。シュウの腕から発せられた炎は少女の物より何倍も大きく、扇状に広がり百メートル程を一瞬の内に焼き尽くした。
あれ程いたゴブリン達も、跡形もなくなっている。
余りの光景に隆弘とシュウはその場にへたり込んでしまった。
「伝説は本当だったんだ……。訓練もしないで私より威力が桁違いに大きい……」
「本当に……これで世界は救われるわ」
少女二人は呆然とたたずんで、焼け野原を眺めている。彼女達にとってもこの光景は意外なようだ。
「あの……君達はいったい誰なの?」
隆弘の質問に少女達はハッと我に返り二人に向き直った。
「失礼しました。私はエルミーユ、この者はハンナと言います」
キリッとして知性を感じさせる顔立ちの黒髪の少女が、深くお辞儀をして自己紹介をした。それを見た、もう一人のいたずらっ子のような愛嬌ある顔立ちの金髪少女も合わせておじぎする。エルミーユと名乗った少女は、頭を上げるとシュウに向かって言った。
「勇者様、私達はあなたをお迎えに来たのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます