第7話番外編.黒(歴史の)騎士物語5

結局、そのまま吹雪に閉ざされ日没に成った…。

狭いテントの中で身体を寄せ合い寒さに耐えている。

皆、無言だ。

一日中テントの中で話すことが無くなった。

雪がテントの屋根を流れる音が響く。

魔法コンロから出る湯気を呆然と眺めている。

「魔法瓶の水が一杯に成ります。」

「そうか。薄くなる前に…誰か飲むか?」

兵の報告に鍋を管理する一等兵が訪ねる。

僕は首を振る。

この様な場合には飲みすぎて悪い事は無い…。とは教えられているが。

やはり小便が近く成るので…、外に出るのが億劫になる。

その後、遠慮がちに二三のカップを差し出す兵。

次々に注がれる。

「よし。もう欲しい者は居ないな?水を足すぞ。」

静寂の雑音の中に温かい物を啜る音が加わる。

一等兵が鍋に水を加え、魔法コンロに火力魔力を与える。

最後に削ったエンリケバーと塩が投入される。

テントの中にエンリケの香りが強くなる。

軍支給のコンロで魔法で動く。

謎の技術テクノロジーだ…。

一番先に飲み干した別の一等兵が毛布を畳み、コートを着始めた。

準備が整うと報告する。

「では、歩哨の交代を行います。」

「うん、解った。」

「耳と鼻、手足を揉むのを忘れるなよ。」

「了解しました。」

笑顔で筒型襟巻で顔を隠しフードを被った一等兵はテントの外に出た。

少々開いただけなのに、雪と風が侵入して、テント内の温度が一気に下がる。

寒さに毛布を固める…。

振るえると徐々にテントの中が温まってくるのが解る。

外はまだ風が強い様子だ…。

「うん?なんだ?」

「なんですか?」

「いや…。何か騒がしい様子だ。」

「何も聞こえ…。」

誰かが雪を踏みしめ走ってくる音が聞こえてくる。

「少尉殿!歩哨に立って居たアクリダ二等兵の姿が見えません!」

あのお調子者の二等兵だ。

「なに!各テントはカーバイトランプを着けろ。点呼を開始、人員を掌握せよ!」

急いで防寒コートを着て飛び出す。

外は暗闇で視界は白い。

テントの外にカーバイトランプが出ると一面の白い世界だ。

隣のテントにカーバイトの炎が辛うじて見える。

ランタンの光が集まっている方に進む…。

数人の兵が居る。

「歩哨に立って居た者は?」

「はい、」「自分です。」

雪だるまが2人が手を挙げた。

「状況を報告しろ。最後にアクリダ二等兵を見たのはだれだ?」

「自分はテント側に立って居ました、分散してお互いのランタンの炎を視認していました。雪が強くなり視界が無くなり…。それ以来です。」

「私は、橇の方に立って居ました。途中までアクリダ二等兵の姿を見ました。持っていたランタンの光は見えていました。視界が悪化してから見失いました、当時、視界不良でテントの旗も見えませんでした。」

「そうか…。方向は?」

腕で方向を示す兵。

「この辺りにアクリダ二等兵が立って居たはずなのですが…。」

積もった雪を掻き分け、位置に立つ兵。

新雪で痕跡は見えない…。

歩哨は周囲に三方向に配置した。

テント裏と橇、犬だ。

恐らく犬の方が敵の発見が速い。

在るのは雪饅頭だ、犬は雪の中に固まって眠っている…。

とにかく視界が悪い。

他の兵達も周囲の…橇の影やテントの周囲を捜索している。

「アクリダー!!」「どこだー二等兵!!」「返事をしろー!」

暗闇の中に兵の叫び声は、風と降り積もった雪の中へと消えてゆく。

軍曹が走って来た。

「少尉殿、アクリダ二等兵が見つかりません。捜索に犬を使う事を進言します。」

雪の中に二等兵が埋まって居るとなると…。

「そうだな…。アクリダ二等兵に一番懐いている犬を使おう。」

犬の鼻が役に立つだろう。

しかし、新雪の中では追跡できるだろうか?

「はい!寝てません!」

いきなり雪饅頭が崩れて…。

雪達磨のアクリダ二等兵が直立敬礼して雪山の中から出現した。

思わず剣に手を掛けてしまった。

「貴様!!何処に居た!!」

「え?いえ…。軍曹殿。歩哨です移動してません。」

崩れた雪饅頭の中から犬達が迷惑そうな顔で首を上げている…。(ねないこだれだ。)

「あ、コイツ!犬と一緒に眠ってやがった!!」

交代の一等兵が非難する。

「い、いえ寝てません!!」

寝起きの顔で答える二等兵…。

異常は無さそうだ。

溜息を付いて軍曹に命令する。

「軍曹、兵の健康状態を確認して点呼を取って後で報告してくれ。俺は橇の固定を確認してからテントに戻る。」

「はい!了解しました。」

敬礼して向きを変えると鬼の表情を向ける。

「こら!二~等~兵~!」

「はい!軍曹殿!」

ココは任せて良いだろう…。

橇の捕縛を確認してテントに戻る…。

軍曹が外で待っていた。

「総員20名異常無し、アクリダ二等兵は指先に軽度の凍瘡です。現在治療中。お札を使う程ではありません。」

「そうか…。良かった。」

雪の中で眠るのは生命に係る。

「犬と共に雪洞の中でした。普通死ぬんですが…。」

呆れる軍曹。

兵が無事なら問題は無い。

「恐らく連日の疲労が出たのだろう。各員、温かい物を飲んで睡眠をしっかりとれ。この雪が止むまでは動けん。」

「はっ!」

移動する軍曹の背を見送る…。

そして、テントの中に入った。

既に捜索から戻った兵が落した雪で湿っている。

テントの中はエンリケの香りで満たされている…。

「少尉殿、温かい内にぞうぞ。」

「ああ、頂こう。」

そう言えば、エンリケバーの効能は血行促進の効果もあると言う。

水分は多めに取れとの命令だ。

食料は未だ余裕がある…。

未だ慌てる時間ではない。

貴重な時間を消費している…。

クソっ!何時まで待てば良いのだ。

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