(約1600文字) その四 取り巻く気球


「ギャハハハハ! ったぜ! 俺の勝ちだ! ギャハハハハ!」

 すべてをバカにするように魔人が哄笑する。しかし男は気付いていない……自分の身体が帰還の光に包まれていないのを。

 空中に浮かぶ魔人のそばに何かが現れた。手りゅう弾だった。いくつもの。

「……⁉」

 とっさに横に高速移動することで、それらの爆発から逃れる。どこから投げられたのか、下を見ると、ショットガンのようなものを持った者たちが何人もいた。

 彼らが持っているのは擲弾発射器……いわゆるグレネードランチャーだ。とはいえ文明レベルが禁酒法時代前後の都市なので、かなり古い型式ではあるが。

 いや、魔人にとってそこは重要ではない。男にとってなによりも想定外なのは、やつらを操っている親玉を殺したはずなのに、いまだに『攻撃』してきている、ということだ。

 彼らが次弾を装填して構える。

「「「「デストリエルさまにあだなす者に制裁を!!!!」」」」

 とにかく、いまはこいつらを何とかしなくては。

「クソが! メンドクセー!」

 魔人は手のひら大の石を生成して、グレネードランチャーの発射口へと風で飛ばす。暴発。

 そしてノイズ。

『私をクソヤロー呼ばわりするなんて、いい度胸してるわね。絶対に許さないから』

 やはり生きていた。いったいどうやって、あの隕石の雨を防いだのか。どこに隠れて、命令しているのか。いやそれ以上に……。魔人の頭に最大の疑問が浮かび上がる。

(俺の声が聞こえている……だと……ッ⁉)


――


 いったん放送を切り、魔人に聞こえないように金髪ツインテの少女はつぶやく。

「まさか、隕石を落とすなんてね……少しだけ見くびってたわ」

 あごに手を当てて考え込む。

(魔人とか言ってたわね……だからデストリエルさまの権能が効かなかった……? それだけとは思えないわ……よっぽど反抗心が強いやつなのね……)

 天使や神をまったくおそれず、あまつさえ殺そうとさえ思っている。それがあの極悪魔人。

(バリアが破られるとは思えないけど……念には念を入れておいた方が良さそうね……)

 少女が放送設備のスイッチを入れた。

『全身全霊を持って、そいつを抹殺しなさい』


――


 空中に浮かぶ魔人へと、猛禽類たちが飛び掛かっていく。高速移動で爆発を逃れると、次にはスナイパーたちの狙撃が降りかかった。それらもかわすと、グレネードの雨。

「ハッ! もうテメーラは見飽きてんだよ!」

 より上空へと昇り、爆発を避け、石と風で鳥使いやスナイパー、グレネードたちを葬っていく。と、そのとき……頭上に自分以外のたくさんの物体……いや、乗り物があることに気付いた。

 熱気球。

 魔人がスナイパーたちに目を奪われている間に、建物の屋上からそれら気球を飛ばしていたのだった。

 いくつもの熱気球から、何人もの人間が飛び降りてくる。皆一様に軍用ナイフや両刃の長剣といった凶器を手にしていた。それらを男へと振るう。

「ハッ!」

 しかし地上ならばまだしも、ここは空中だ。空中に浮かび続けることのできる魔人に引き比べて、マフィアたちは落ちることしかできない。凶器の攻撃も一人一振り、多くても二振り程度。簡単にすべて避けられる。

「ギャハハ、アバヨ! バカども!」

 いったい何のために落ちてきたのか。なすすべなくパラシュートを広げて、眼下に落下していくマフィアたちを男はあざ笑う……不意に、自分の身体――背中に何かがぶつかる衝撃。そして重さ。

「……アア?」

 首を回すと、目の前に顔があった。ゴーグルをつけた、マフィアの顔。パラシュートは着けていない。

 マフィアたちの狙いはこれだった。先発隊が人の雨と武器で魔人の視界と注意をそらし、その死角から本命が仕留める。

 魔人の背にかぶさるマフィアがニッと笑う。その全身には大量のダイナマイトが巻き付けられていた。

「……⁉ ……クソ、がアアアアああああ!!!!」

 避けることも防ぐこともできない大爆発が、今度こそ魔人を飲み込んだ。



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