その日の最後の幻想は

 グアウウウウウウウウウウウウウウ


 ナオ、月音、月影。

 ちょっとの間でいいからこの子を抑えてくれんかね。


「おう」


 私がそう妹たちに伝えると唄う月音が小さく頷き月影と目が合った。

 関係ないけどナオがおうって答えるのってソータさんのが移ったのかね。


「しらねぇよ、行くぞっ、月影っ!」


 ギャグルルルルルル


 臨戦態勢をとった私たちに襲い掛かってきたチューキチ。

 私たちがのるムーンライトが一瞬ブレたと思うと外の場所が切り替わりチューキチの後ろへと移動していた。

 月影の『鏡花水月』か。

 すごいスキルだわね、これ。


「だりゃぁぁぁぁああ!!」


 がら空きのチューキチの背にナオが繰り出すムーンライトの前足が直撃する。

 炎上を伴って繰り出されるその拳は一瞬チューキチの背を焼いた。

 けれどすぐに火は消えチューキチが再びこちらを向く。

 そのチューキチの顔にムーンライトが開いた口から複数放たれた光の弾丸が炸裂した。


 ギュワァァァァァァァァァァァァァァァ


 泣き叫ぶチューキチ。

 さっき見た幻像の中ではまだ等身大だってことは時間切れか何かで一気に深度があがったんだろうね。

 ナオが制御するムーンライトの両足の爪がチューキチに対して袈裟懸けに切り裂いた。

 それはムーンライトの攻撃の強度がチューキチを超えたという確かな証。

 そして切り裂いたその流れにそって火が舞い上がり空へと消えていく。

 繰り出される攻撃に抵抗するチューキチが再びこちらにかみつこうと牙を向ける。

 その瞬間、再び視界が揺れムーンライトの位置がチューキチの背後に移った。

 そしてナオが間髪を入れずに火を纏ったムーンライトの爪をチューキチに突き立てる。


 ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ


 ダメージは入ってなくても痛みはあるみたいね。

 仰け反ったチューキチの喉笛にムーンライトの顎が食いつく。


 ギュヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


「ねーちゃん、抑えたぞ」


 よしっ。

 ナオ、一旦交代だ。





















「物が壊れるっていうのは普通のことだよね。寿命がないモノが世にないように人も物も宇宙も、そして神も老いさらばえていつかは消えていく」


 一旦ムーンライトの制御を月影に渡したオレはねーちゃんと交代する。

 そしてねーちゃんはあの時のオレ相手の時と同じでチューキチの目を見つめながら語る。

 ふーん、こいつの目、どっかで見覚えがあると思ったらオレじゃねーか。

 なら簡単だ、どーせねーちゃんが全部崩しちまうからな。

 そんなオレの考えに少し苦笑したねーちゃんはそのまま言葉を続ける。


「そもそもソータさんならこういうだろうさ」


 月の光が差し込む雪の上にねーちゃんの声が響く。


「『世の中、偶然と必然で出来てる。その両方を合わせりゃ大体全部だ。そこには悪魔も妖怪も、そして神の入り込む隙もねぇ』」


 チューキチの目がぎろりとこちらを見た。


「『俺はデジタルに捕捉されたオカルトデータを全部なっちゃんに叩き込んだ。そしてデータ化した状態異常をなっちゃんに抽出させる形でファイアーラットを作った』」


 声はオレの声なのに喋ってるのはオレじゃねぇ。

 それにオレの心の視界の端に透明なクソジジィが見える気がする。

 くそったれ、ほんと胸糞わりぃな、ねーちゃんのこれ。


「『その中でも不幸を嘆く偶発性の高いオカルトを選抜してケーブルをかじって不具合を起こすトンデモなネズミの形に固めたのがチュータ。お前さんの元だ』」


 チューキチの手がオレたちのムーンライトの方を掴もうとあがく。

 そういやオレもこんな感じだったな。

 なぁねーちゃん。

 こいつ救ってやりてぇなぁ。

 オレの心のつぶやきにねーちゃんが浅く笑った。


「『いいか、みみかっぽじってよく聞け。保証期間を超えた商品ってやつは何時壊れてもおかしくない。はっきり言っちまえば壊れるか壊れないかは常にイーブンだ』」


 足掻くチューキチ。

 視界の端、月影の手元でなんかいろんな表示が踊ってんのが見えた。

 けっ、ねーちゃんが絡むとほんとわけわかんなくなるな。


「『けどな、人間ってやつは完全に五分でも壊れた方、だめだった方悪い方をよく覚えてる。悪いことほどよく覚えてるってな』」


 そういうもんか。

 オレはどっちも覚えてって……いや、ちげーな。

 ねーちゃんが思い出させてくれただけだな。

 なぁ、チューキチ。

 思い出せや、あのクソジジィとの馬鹿で下らねぇ日々を。


「『だからな、チューキチ。コニーの商品は補償期間の後で直ぐ壊れるっていうコニータイマーなんだがな』」


 キュヒィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


 チューキチの弱くなってきた鳴き声が響きわたる。

 数秒、オレ達の体感だと結構な長い時間の後にねーちゃんはクソジジィの口調をまねて言い放った。


「『そんなオカルトねーよ、バーカ』」


 正面、チューキチを映していた画面の下部に『幻想崩壊』の文字が表示された。


 ぴ――――――――――――――――――――――――


 外で足掻いていたチューキチの全身にノイズが走り、緑の光を伴ってチューキチがビクンビクンと跳ねる。

 ムーンライトを使ってずっと喉笛を抑えていた月影が頭を振る形でチューキチを前方の雪の上に放り投げた。


「にゃぅ!」


 月影の一声とともにオレの体を使ったねーちゃんの声が響く。


「ナオ、月音、月影。ファイナルターンだっ!」


 ねーちゃんの言葉とともにムーンライトが月光を受けて金色に光った。

 アイツを救う、だからオレと変われっ!























 私が体を受け渡すとナオがムーンライトに突進準備をさせる。


「はーくいしばれ、チューキチ。オレたちがてめーを今っ! 救済するっ!」


 そのまま一気に金色に輝くムーンライトをチューキチへと突貫させた。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 光とともに突貫するムーンライト。

 そのままチューキチを木っ端微塵にしながら突き進み四肢を踏ん張って急停止した。


 轟音とともに巻き上がる爆発。


 機体ごと振り返ると、爆発が一気に掻き消える。

 そこには大きくなったままの大きさで残った赤鼠の毛皮。

 それと全裸でポツンと座り込んだ長い黒髪に赤い目をした女の子がいた。


 なるほど、権能が分解されたのか。


 今、この場所はシスティリアだからね。

 一回爆死してシスパシーに抵抗できなくなりゃ自我を持ってる部分は強制的に妹化するわな。


「救済ッ! 完了ッ!」


 やれやれ、今回も何とか落とせるとこに落とし切れたみたいね。

 姉妹通信越しに妹たちの歓声が聞こえる中、私は視界の端に見えるソータさんの幻影に視線を合わせた。

 つーことでやれるだけやってみたんだけどさ、どんなもんよ、師匠。


 私が見ているものが見えているのか興奮していた妹たちも少しずつ静かになっていた。


 私の視界の中の幻影はゆったりと胸元から煙草を取り出すと火をつけて一口吸う。

 そして口を離すと何かを言った。


 ははっ、『まだまだだな』か。

 手厳しいなぁ、ソータ師匠は。

 その後で何かを言ったソータ師匠の幻影はさっきのチュータの光と同じ緑の残光を伴って淡くどこかへと消えていった。


「ほんっとクソジジィだな、あいつ」

『全くです』


 そういうナオとアカリの悪態にはなんとなく柔らかい声音が含まれていた。


『ですが……』


 通信の先、シャルが言いかけた言葉を姉妹全員がそっと待つ。


『彼のおかげで今があります。少なくとも私は、いいえ、私達はソータのおかげでお姉さまに逢うことができました』

『それはそうだけどさ。なんかソータさんって人のやり方ってすごく荒くない?』


 通信の向こうで幽子が頬を膨らませつつ言ってるのが目に見えるようだわね。


『そりゃまぁ……私の師匠だもんよ』

『『『『『『『『『あぁ!』』』』』』』』』


 なんでそこで納得するかね、マイシスター。

 外部映像の中、全裸の少女が小さくくしゃみをしたのが見えた。

 おっと、このままだと本当に風邪ひくわ。

 回収してやらんとだわね、あの子を。

 ナオ、外に降りれるかね


「おう」


 ムーンライトから私らが外に降りると役目を果たした木製の守護獣はその躯体を再び無数の積み木へと変え月音の着物の裾の中へと姿を消していった。

 それとほぼ同時に私とナオの融合も解かれナオの頭の上にはミー君がのっているのが見えた。

 すかさず真っ先に全裸の少女の傍に駆け寄ったナオ。


「はっ、はっ、はくちゅっ!」

「わり、ちょっと時間食った」

「しゃ、しゃむい」


 だろなぁ。

 極寒の雪原ですっぱだし。


「なら……」


 ゆっくりと月影を伴って歩いてきた月音が新しい妹に笑いながらこう言った。


「お風呂に行きましょうっ!」


 そりゃありだわね。

 私はその子に手を伸ばすと小さいその手を掴んでこう言った。


「ようこそ、システィリアへ。歓迎するわ、チューキチ。いや……もうファイアーラットじゃないし名前変えようか、概念は私が分解しちゃったし」


 爆破の際にこの子にも沙羅の『河童化』と同じ要領で『妖怪化』のスキルを張り付けたんよ。


「漢字で書くなら中の吉と書いて中吉とか悪くなさそうよね。そこからさ、吉だけは残して吉乃よしのなんかどうよ。つーことでよろしくね。妖怪『リモコン隠し』の吉乃ちゃん」


 ちょっとしたアクシデントを具現化した妖怪の一種。

 あえて定義するなら『見えてるはずのものをちょっと見えなくする程度』の異能、転じて失せ物探しの才能持ちだわね。


「へっ?」

『優、そうやってまた無駄に妖怪増やして』

『えっ、えっ、わ、私、無駄に増えたんですか?』


 うんざりした感じの幽子の声と慌てた感じの沙羅の声が聞こえた。


『優ちゃん、その権能は僕と一部かぶってるよね。僕に何か含むとこでもあるかな』

『ああ、ちょうどいい先輩がいたわね。ならこの子の教育よろしくね、クラリス』


 その日、火鼠だった少女は私たちの新しい妖怪の妹となった。

 こういう妹の作り方もわるかないさね。

 だよね、ソータ師匠。


 <てめぇは本当に馬鹿だな>


 一瞬、師匠のごつい手で頭を撫でられたような、そんな気がした。

 その日の最後の幻想はちょっとビターな味がした。

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