チューキチ

 ギャゥゥゥゥゥゥ


 ムーンライトの鋭利な攻撃がファイアーラットに入る。

 複数入っていく有効打とともに姉妹通信シスターサインに乗る見たこともない光景。


『これは……お姉さまが行う記憶の強制開示ですか』


 妹融合が提供する相手の深層を暴く権能が火鼠の過去を掘り出していく。


「ハルチカ、チューキチに何をした」


 崩れ落ちるファイアーラットを背に、薄暗い謁見の間に土の四聖しせい、ソータの声が響き渡る。

 赤いフレームの眼鏡と腕に身に着けたコンソールを光らせたソータが最上段に設置されたプレートを睨みつける。


「やだなぁ、そんな睨みつけなくてもいいじゃないですかね。僕はラットの名にふさわしい仕事を与えてあげたんですよ」


 かつてロマーニとして使用されていた頃は窓が開かれ気持ちの良い風と光が差し込んでいたその部屋は今は固く閉ざされ、生みの親であるソータが力で屈させたファイアーラットが後方で荒い息をしていた。

 上段、王の席のあった場所に設置された人の大きさを超える大きなプレートには日本で流行したアスキーアートの顔文字が表示され、やれやれといった感情をこれでもかというくらいあからさまに表現していた。


「実験動物、だからマウスじゃなくてラットなんじゃないんですかねぇ。所詮害獣でしょ、ネズミなんて」

「てめーがそれを言うか。社会の害獣、マスコミ」

「ははっ、あんたにゃ言われたくないね。このテロリストがっ!」


 応酬するソータとハルチカ。

 その二人の会話の中、ソータのコンソールが明滅を繰り返していた。


「ハルチカ、メティスはどうした?」

「ああ、あの時代遅れの神もどきならあんたらが遠征に行ってる間にどっか行ったよ。確か地下迷宮で実験とか言ってたんじゃないかな」

『ソータさん。王城地下、研究所を形成していた地下迷宮が無限連鎖しています。術式を見るに……』

「封印されたか」

『はい』


 さらに威圧感の増えたソータの眼光がプレートの顔文字をにらみつける。


『ソータさん。リビルトが終りました。これでチューキチの深度の上昇を半年は抑えられます』

「よし、戻れ。チューキチ!」


 ソータが手に着けたコンソール付きの小手をチューキチにかざすと緑の光となって徐々に分解されていき、その装備に吸収された。

 チューキチの回収とともに切れるかと思われた過去の幻像はそのまま続いていく。


「ほんとみじめだな、じじぃ。そんなくたばりかけの幻獣は廃棄してコピーで新しくつくりゃすむものを。だからてめーは使えねぇんだよ」

「ふんっ、お前が自分の体を廃棄塔スクラップタワーに押し込めたようにか。体もなしにてめぇはどうやって生きていくつもりだ」


 ソータの言葉にわざとらしく青筋を立てたアスキーアートを表示したハルチカ。


「あぁ? 何言ってやがる。僕はてめーらみたいに壊れた世界の体なんて必要としねーんだよ。体なんてもんは道具でしかねぇ。てめぇら愚鈍な馬鹿どもが使えねぇのとおんなじでな」

『その割にはチューキチに施したアムリタの限界投与を見るに自身の体からアムリタを引き抜く実験をしていたみたいですが』


 即時に会話に割り込んだなっちゃんにいら立ちが隠し切れないハルチカの声がかぶさる。


「黙れ泥人形」

『全知全能の風の四聖様にできないことはないんじゃなかったのでしたか。ああ、『風の噂』なしじゃなにもできないんでしたか』


 さらに煽るなっちゃん。


「ほんとまぬけな泥人形だな。あんなもの僕の動かせるものの中では上っ面、僕の本領は……」

『「ジズ」』


 ハルチカの言葉を遮って割り込んだソータとなっちゃん。

 一瞬、表示が消えたプレートに感情が追い付いていないのか、標準の笑顔マークが再表示された。


「なにいってんだ、そんなわけないだろう。ジズなんて怪獣見たこと……」

「ジズが怪獣だといつ言った?」


 黙り込んだハルチカ。


『面白いくらいにかかりましたね、地雷に』

「よし、脱出するぞ。なっちゃん」


 身をひるがえしたソータにプレートが激高した声をかける。


「逃げるっ!? はっ、笑わせてくれるっ! レビィアタンが海だったようにジズはこの世界の大気そのもの、お前らの傍の酸素をちょいと下げればお前らなんていちころだっ! 大霊界にいながら全世界の情報と生死が自在に扱えるこの僕こそが新世界の神っ! ははっ、ざまーみろ、この情弱どもがっ! 情報と空を使える僕こそがこの世界最強だってことを身をもって知るんだなっ!」


 異常なテンションでしゃべりつつづけるハルチカ。


「そうか、よかったな。ならやってみろよ」


 ぽつりとつぶやいたソータは懐から紙巻のタバコを一本取りだすと腕に身に着けたガジェットに近づけた。

 キーボードの端から出た火をタバコに着けると彼はそのままゆったりとタバコを吸い始める。

 プレートの表示が一瞬目が点に変わり再び怒りの顔文字へと切り替わる。


「は? はぁぁ!? そこは命乞いするとこだろうがっ? 頭にウニでも詰まってんのか、この耄碌もうろくじじぃ!」

『ソータさんがやってみろと言っているんです。実行してみてはどうですか』


 切り捨てるようななっちゃんとソータの言葉に強がりと見たのかハルチカの顔文字が薄ら笑いを浮かべるものになった。


「はっ! なら望み通り殺してやる。せいぜいもがき苦しんで後悔するんだなっ!」

「おう、がんばれ」


 そう一言言った後、ソータはゆったりとタバコを吸った。


「けっ、てめぇの顔もとっくに見飽きた。もがき苦しんで死ね、このくそじじぃっ!」


 響き渡るハルチカの声。

 そしてソータが吸う紙巻きタバコの紫煙が広間にゆったりと流れていく。


「どうした。殺すんじゃなかったのか」


 口から煙をはいたソータがハルチカを煽る。


「何故だ、何故だっ! おい、僕の声に応えろ、ジズっ!」


 タバコを楽しむソータに激怒のこもった声でジズを呼ぶハルチカ。


「てめぇ、ジズに何しやがった!」

「何もしちゃいねーよ。俺たちはな」

「はぁ!? ならどうして僕の契約怪獣が応答しないっ! こんなバカな話があってたまるものかっ!」


 短くなるまでタバコを吸ったソータは懐から出した吸い殻入れで火を消すとそのまま吸い殻を中に入れた。


『風の四聖ハルチカ。ジズをそもそも何だと思っていたのですか』

「な、なにって大怪獣の一体……」


 答えかけたハルチカの言葉をなっちゃんとソータが再びかき消す。


『「この情弱が」』


 感情に引っ張られたプレートの表示が目が点の顔文字を表示する。


『この言葉をかぶせる形ってなかなか楽しいですね。優が好んで使っていたのもわかります』

「まーな。あのな、ハルチカ。ジズっていう大怪獣自体は確かに存在する。それが通常状態だとこの世界の大気だと思われてるのもな。だが実態は違う」

「なん……だと……」


 一拍の間をおいてソータが言葉を継ぐ。


「ジズってのはメティスの一番新しい躯体だ。てめぇが体を経由して契約したのはメティス本体だ。まぁ、こっちに来た時には契約を発効させておいたからおめーが知らないのも当然なんだけどな」

「くそっ! だったらあのくそばばぁを」


 ハルチカが喋りかけると同時に旧ロマーニ王城が爆音とともに大きく揺れた。


『「タイムアップ」』


 各所で起こる爆発と揺れる王城、崩れ始めた天井や床を挟んで二組の四聖が向かい合う。


「メティスはこのまま物理でも封印させてもらう。それにカリスが今使ってる体はお前の龍札と一緒にメビウスイーグルの中で冬眠してんだろ。だったらてめぇもろともカリスを『大霊界』に封印する」

「ふざっ、ふざけるな! 僕は最強の風の四聖だぞっ!」

『頑張ってください、カッコ最強』

「そうだな、お前が最強で異論はない。がんばれ、ハルチカ。体は飾りなんだろ、偉い人にはそれがわかんないんだったよな」

「このくそじじぃ! 昔のことをねちねちと根に持ちやがって。けっ! どーせてめぇのことだからシャルマーと合流でも考えてるんだろ、なら最後に邪魔してやるっ!」


 激怒するハルチカは配下の工作員『風の噂』に一斉指示を出した。

 それはシャルマー・ロマーニ七世の殺害指示。


「お、火の馬鹿に付いてるアイツが一番近いな。けけけっ、これであの魔導馬鹿も仕舞だ。ギリギリだったが強制通達が通った、この指示は僕でも取り消せない。そして僕には無限の時間がある。有限のてめーらの負けだ、ざまーみろ、この爆弾魔っ! あの物理馬鹿と一緒にくたばりやがれっ!」


 それを聞いたソータの口の端がにやりと持ち上がった。


『ソータさん、ファイナルフラグ成立しました。ソーシャルマインセット完了。六ヵ月と十三日、六時間後にあの子が招来されます』

「やっとか。クッソ手間かかったな、あのバカ呼ぶのに」

『本当そうですね。あの子、ねじれ過ぎてて招来条件が複雑でした』


 崩れ落ちる旧ロマーニ城の謁見の間。


「なにを言ってやがる?」

「お前の知らないことだよ、情報通のハルチカ」


 笑っていた顔文字が再び憤怒に彩られる。


「くそっ、くそっ、くそっ! どうしてこうなった。僕の計画は完璧だったはずだっ! この馬鹿どもが支配する世界で一番情報を握ってるのは僕だっ!」

「だろうな」

「ならなぜこんなくそじじぃが僕の知らないことを知ってるっ! ふざけるな、僕はメディアを支配する風の四聖っ! 大霊界を抑えきれればSGMだって僕の自在になる。こんな下等世界の屑に僕が情報で騙されるなんてことがあっていいはずないっ!」


 崩れゆく王城の中、ソータは二本目のタバコを懐から取り出そうとした。


『ソータさん、さすがにもう持ちません。チューキチのケアも必要ですし』

「それもそうか。あとな、ハルチカ」


 絶え間ない罵倒を並べるハルチカにソータが声をかける。


「てめーを地雷にかけたのは俺たちじゃねぇ。チューキチ、それとメティスだ。やりすぎたんだよ、てめーは。それとな……」


 黙り込んだハルチカ。


「物理なめんなよ、カストリ雑誌記者」

「うっせぇ、薄汚いビルのくそじじぃ」


 聖人と称された二人が最後まで罵りあう。


「「クタバレ、ばーかっ!」」


 期せずして重なった二人の声。

 それとともにかつて栄華を誇った旧ロマーニの王城は跡形もなく崩れ去った。

 後にすべてを馬鹿弟子に託したソータは知らない。

 彼女を呼ぶために犠牲となった火鼠の子をその馬鹿が救おうとしていることを。

 世界を壊す極大の地雷はすべてを巻き込みソータたちの想定しなかった未来を引き寄せていた。

 そして今、ムーンライトとチューキチが月光の下で相まみえる。


「ソーシャルマインだってさ。どうするよ、ナオ」

「しるか。全部燃やして救済する、オレたちがするのはそれで全部だ。ちがうか、ねーちゃん」

「ははっ、違いない!」


 その日、彼らが仕込んだ地雷は爆炎と猫、座敷童を伴って世界を揺らしていた。

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